カルカッソン防衛戦

第30話 カルカッソン

カルカッソン――城塞都市の歴史

そこは、かつて血と炎に塗れた戦場だった。


この地には、かつて数えきれぬほどの魔物が跋扈し、人々の命を弄ぶ暗黒の時代があった。人間たちは幾度となく抗い、幾度となく敗れ去った。城壁は崩れ、村々は焼かれ、誰もが絶望した。


だが、それでも人類は諦めなかった。


何世代にもわたる戦いの末、幾万もの屍を積み上げ、ようやく人間たちは魔物をこの地から押し返した。そして、奪い取った大地の上に、不落の城塞を築き上げた。


それが、カルカッソンの始まりである。


城壁の内側に広がる都市は、時とともに発展を遂げた。交易が盛んになり、商人が集い、魔大陸でも有数の賑わいを見せる都市へと変貌を遂げた。


だが、平和が続くにつれ、人々はかつての恐怖を忘れていった。


今や魔物といえば、ダンジョンから生まれる管理された存在。


冒険者たちは、計画的にダンジョンを攻略し、一定の周期で発生する魔物を狩ることを生業とするようになった。"魔物"とは討伐して金を得る対象であり、命を脅かす存在ではなくなった。


しかし――


本当の魔物は、そんなものではない。


自然の魔物は狡猾で残虐である。そして牙を研ぎ、爪を研ぎ、その時を待っているのだ。


人々が平和に慣れ、油断し、魔物を侮るほどに、その日が近づいていることを、彼らはまだ知らない――。



主人公 キース


「女将さん、いつもの二つで!」


「あいよ!」


宿に併設された食堂で、僕たちはいつものように朝食を注文した。


「お待ち遠様!」


勢いよくテーブルに置かれた食事に手を合わせ、早速食べ始める。

黒パン、ミルク、オーク肉の厚切り。

カルカッソンでは珍しくもない朝食だが、森で一年以上、木の実や魚ばかりを食べていた僕にとってはご馳走だった。


空になった皿を見て満足しつつ、オークさんと話す。


「ここに来て一年で二億エーンも稼ぐなんて思わなかったよ。」


「あと、一年ダナ。」


そうだねー、と頷きつつ、これまでを振り返る。

この都市に来て冒険者となり、ダンジョンに行き、ダンジョンに行き、ダンジョンに行き……。

よく考えたらダンジョンにしか行っていない。五日間ダンジョンで金を稼ぎ、二日休憩する。そのサイクルをひたすら回していた。

しかも、ダンジョン探索中は寝ていない。

ブラック企業も真っ青だ。


「さて、そろそろ時間だな。オークさん、僕は冒険者ギルドで依頼を探すから、ダンジョンの準備をしておいて。」


「ワカッタ。依頼の金もバカにならナイ。」


確かに、前回の依頼は一千万エーンもした。

オークキングの睾丸が欲しいという馬鹿げた依頼だったが……。

オークさんも同族のよしみか少し悲しそうにしていた。いや、今日もうまそうに同族を食っていたし関係ないか。


そんなことを考えながら、僕は宿を出る。



「うーん……」


僕は依頼板とにらめっこをする。


依頼主がごねるもの、階級に合っていないもの、単純に労力に見合わないもの……。

そんな依頼を避けながら優良案件を探すのは、なかなか一筋縄ではいかない。


これはダメ、あれもダメ、こっちは文章が怪しい……。

慎重に地雷を回避しながら探すが、なかなか見つからない。

ドロップ品を売ることで稼ぐのも悪くないが、やはり高額報酬の依頼には惹かれる。

オークの睾丸でさえ千万円になったんだ。

もっと甘い蜜を吸いたい。

そう願うものの、現実は無情だった。


仕方なく諦め、ギルドを出ようとしたその時——。


「よう、ボコ。」


「誰がボコじゃ!」


思わず突っ込みつつ、後ろを振り返る。


この都市では、新しく来た冒険者に対する風当たりが強い。

ボス狩りや宝箱のリスポーンなどの稼ぎを、新人に取られるのを嫌うためだ。

僕たちも最初の頃は警戒され、蔑称として「ボコ」と呼ばれていた。

「デコボココンビ」の略称らしいが、5級までなったことで他の冒険者にも認められ今ではすっかり二つ名として定着してしまった。


僕としては、もっとかっこいい二つ名が欲しい。

だが、オークさんが気に入っているので、仕方なく認めている。


さて、声をかけてきた人物は——。


ボサボサの髪に、手入れのされていない髭。

ニヤッと笑った口元からのぞく黄ばんだ歯。

関わりたくないタイプの男だが、僕はこのおっさんを知っている。


「なんだよ、おっさん。こっちは忙しいんだよ。」


「忙しいとか言ってるが、どうせダンジョンに行くだけだろ? ダンジョン狂いめ。」


ケタケタと笑うおっさんに苛立ちが募り、本題を急かす。


「で、何の用だよ。用がないなら行くぞ。」


「待て待て、そんな急いでいたら長生きできんぞ。大人というのはなぁ——」


長話になりそうだったので帰ろうとすると、おっさんは慌てて本題を話し始めた。


「まぁ、悪い話じゃない。『終わりの森』を一週間調査するだけだ。」


「……僕たちが、あの森から来たことを知ってての依頼か?」


「ちょっと小耳に挟んでな。ちょうどいいと思って声をかけた。」


「報酬は?」


「一人あたり三千万エーン。もしくは、多種族大陸への渡航券だ。」


——渡航券。

二億エーンと合わせれば、すぐに中央大陸へ行ける。


「依頼主は?」


「聞いて驚け。カルカッソン議会からだ。」


カルカッソンは議会制。

つまり、この都市の最上層の組織からの依頼ということだ。

報酬の支払いに問題はなさそうだが——本当に信じていいのか?


そもそも、僕たちのような冒険者を雇う理由は?

考えれば考えるほど、不安が募る。


「ひとまず、オークさんと相談する。」


おっさんと後日会う約束をして、急いで宿へ帰った。



宿へ帰り、オークさんに一通り説明した。


「「ウソ発見器」は使っタ?」


「もちろん。嘘はなかった。」


「ウソ発見器」。


それは先日の誕生日に「ガチャ」で手に入れたレアスキルだ。

売買の時や依頼主との面会時に非常に重宝している。


「ソウか。その男は具体的にドンナ人物ダ?」


「ローニン。浮浪者みたいな見た目と、その名前から『浪人』って二つ名で呼ばれてる。」


特に腰に差してある刀が浪人って感じがしてかっこいい。

以前聞いた話によるとカーガワ国の武器らしい。エーンといい、刀といい絶対に転生者が絡んでいる。

オークさんを助けたハルカさんも転生者っぽいしカーガワ国に行くのもありかもしれない。

そんな事を考えつつ話を続ける。


「ソロで活動していて、4級の実力者。特にダンジョン60階層を単独で攻略したんだって。」


「ソレはすごいナ。」


オークさんは思わずといった感じで驚く。

まぁ、無理もない。

僕たちだって60階層にいった事があるが二人がかりでも倒せなかった。


オークさんは少し考えてから、口を開いた。


「受けル。報酬も魅力的ダ。それに、あの時ノようなヒリつく戦イがシタイ。」


思い返せばこの都市に来てから僕たちの成長は停滞していたのかもしれない。

あの森のような常に危険と隣り合わせではなく、のうのうと生きる日々。

僕自身もこの現状に退屈していた。オークさんみたいに戦闘狂ではないが、あの森に行くことを想像して楽しんでいる自分がいる。


「……そうだね。オークさん、森に戻ろう!」


「オぅ!」


この決断を、僕は後に後悔することになる。

——なぜ、もっと慎重にならなかったのか、と。


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