第23話

「『じゃが芋のサラド』って、結構大変でやんすねぇ」


 さちの料理作りを手伝っていた一つ目小僧が、ふぅとため息をついた。


「一つ目ちゃん、疲れちゃった? ごめんね」

「ごちそうになってばかりでは申し訳ないでやんすから。でもこれは材料をそれぞれ用意するだけでも、なかなか面倒でやんすね」


 料理をしたことのない一つ目小僧は、野菜を刻んだり、潰したり、ボイルド・マヨネーズ・ソースを別に作ったりと、作業が分担されることに慣れていないようだ。


「作り方は難しくないけど、細々と用意しないといけないものね」

「あとは潰したじゃが芋と刻んだ野菜に、マヨネーズソースとやらを合わせれば、できあがりでやんすね」

「そうよ。混ざり具合をみながら、少しずつ混ぜていくの」

「そしたら、できあがり?」

「ええ。味見して塩と胡椒をふったら、できあがりよ」

「やっと休めるでやんすねぇ」

「一つ目ちゃんは休んでいて。私はあとはコロッケとスープを作るから」

「ええっ! ま、まだ作るでやんすか?」


 よほど驚いたのか、一つしかない大きな目がこぼれ落ちそうだ。


「コロッケはぬらりひょん様や一つ目ちゃん、油すましさんに初めて食べていただいた思い出の料理だもの。喜んでもらえるなら、私はいくらでもお作りするわ」

「さち姐さん……」


 休むことなく、さちは次のコロッケとスープ作りにとりかかる。


「わかりやした。おいらも手伝うでやんす。じゃがいもを潰すのは、おいらに任せてくだせぇ!」

「ありがとう、一つ目ちゃん」


 じゃがいも料理のフルコースであったが、さちは思いを込めて料理を作っていく。それが大切な方へ気持ちを伝える、たったひとつの方法だと、さちは思うからだ。





「おやびん、今日はごちそうでやんすよ!」


 すべての料理ができあがったところで、一つ目小僧がぬらりひょんを呼びに行くと、いつの間にか油すましも来ていた。


「あれ、油すましの旦那も来ていたでやんすか。美味いものの匂いに敏感でやんすねぇ」

「おまえに言われたくないぞ、一つ目小僧。美味いものに目がないのはおまえだろう?」

「おいらはちゃ~んと、さち姐さんの手伝いをしやしたから! ごちそうを食べる権利がありますぜ」

「ふん、何をえらそうに」


 一つ目小僧と油すましが言い合いをしている横で、ぬらりひょんはきょろきょろと周囲を見渡している。


「ところで、一つ目。さちはどこへ行ったのだ?」

「さち姐さんなら、おりんさんに呼ばれてますぜ。なんでもさち姐さんを、『おめかし』させるって』

「おめかし?」


 一つ目小僧が軽く頷いた時だった。


「はーい、お待たせでーす」


 おりんの軽やかな声が響いた。おりんはにこやかに笑いながら、ぬらりひょんの元へ近づいてくる。


「おりん、さちはどこへ連れていった?」

「さちなら、ここにいますよ」

「ここ? どこだ?」


 おりんはちらりと横を見る。さちはすぐ隣の部屋にいるらしい。


「ほら、恥ずかしがってないで出ておいでよ。隠れてたら、ぬらりひょん様にごちそうをお出しできないだろ?」

「で、でも」

「ああ、もう! しょうがない子だねぇ。ほら、さっさと出ておいで!」

「あっ!」


 おりんは隣の部屋に顔をつっこむと、隠れて出てこないさちの腕を引っ張った。おずおずと姿を見せたさちが顔をあげた瞬間、おりん以外の者は息をのんだ。


「さち、おまえ……」


 ぬらりひょんはそこまで呟くのがやっとだった。


 ようやく姿を見せたさちは、これまでのさちとはまるで違っていた。

 いままでのさちは、動きやすい簡素な着物に、髪は紐で結わえただけという、九桜院家で働いていた頃と変わらない服装だった。それで困ったことはないし、他の着物を求めたこともなかった。華やかな着物を、自分ごときが求めてはいけないとさえ思っていた。


 今、ぬらりひょんの目の前にいるさちは、可憐で美しかった。信じられないほどに。

 あでやかな真紅の着物がよく似合っている。髪もおろし、着物と同じ色のリボンで結わえていた。化粧もしているようで、おしろいの香りがほのかに感じられ、唇はさくら色だ。少女の愛らしさと女性のあでやかさを合わせ持ち、胸に秘める熱い想いが、さちの美しさを華麗に彩る。


 その場にいる全員が、言葉を失っていた。それほどにさちは美しかったのだ。素朴な少女でしかなかったさちが、恋によって美しさを開花させ、しとやかな大人の女へと成長しつつあった。


「あ、あの、ぬらりひょん様……? 私、そんなに変ですか……?」


 頬を赤く染め、おずおずと尋ねる。


「ん? あ、ああ。そ、そんなことはないぞ、よく似合っている」


 呆けた顔でさちを見つめていたぬらりひょんだったが、さちの問いに慌てて返事をした。


「本当ですか?」


 頬に手を当てたさちは花が咲くがごとく、優雅に微笑んだ。

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