第2話 報酬
翌朝、目覚めると頭が重い。ベッドの横の机にはスモークが置いてある。俺はそれを手に取り、深く吸い込んだ。肺に染み渡る煙が意識をはっきりとさせていく。
キッチンに向かうと妻が静かに朝食を準備していた。俺がスモークを吸いながら席に着くと、妻が鋭い目を向ける。
「またそれを使ってるの?」
俺は彼女の視線を避けながら答えた。
「仕事をするためには仕方がない」
妻は手を止め、小さく息を吐いた。
「先生と関わってから、あなたは変わったわ」
「気にしすぎだ」
妻は静かに言った。
「セラフィムがどれだけ危険か、あなたが一番よく知っているはずでしょう?」
俺は何も答えずにスマートデバイスの通知を確認した。先生からの短い指示が表示されている。
『昼時に指定の番号に電話しろ。詳細は後だ』
妻には悪いがセラフィムはやめられない。AIと接続するにはセラフィムが必要で、耐え難い依存性があった。仕事を始めるにはまず一本打つ。よいしょ。あー、あー!!! あーーーこれだ。
いまの現場の話。隣の男がどんどん壊れていくのがかわいそうだと思った。進捗会議では土日の稼働による挽回をいつも口にしている。休憩中、学生のようにパンと即席麺を大量に机に並べて、ひたすらパチンコの演出を集めた動画をYouTubeで見ていた。
プロジェクトはひどい。設計はほとんど完全に破綻していて、無事に作り終えたところでまともに動くとは思えない。シンギュラリティ以前に立案された時代遅れの業務システムだ。朝5時に起きて、運動をして、7時過ぎには働いている。先生に連絡をしたのは、今思えば助けが欲しかったからだと思う。
休憩中、先生から指定された番号に電話をかけた。相手は中国語で話しかけてきた。俺は答える。
「我是尊达。收到高桥老师的指示后打了电话」
超知能AIのおかけで電話くらいならできるが、相手は俺の名前を聞いて日本語に切り替えてきた。
「GoogleのAIは使うな」
「わかりました」
「お前にはレベル2のクリアランスが与えられる」
「はあ、ありがとうございます」
「仕事が終わってからでいい。池袋まで来い」
わかりましたと答えたときには電話は切れていた。
仕事を終えて、軽い頭痛を感じながら、電車の揺れに身を任せていた。池袋に向かう電車はすいていて、列車には俺以外に4人しか乗ってなかった。そのうち1人は座ることなくドアに向かって立っておりなにかを唱えていた。
池袋駅に着いた俺は連絡をしようとデバイスを起動したが、デバイスは反応しなかった。焦っていると
「住田、だな」
「はい」
「ついて来い」
しばらく歩き、古いというよりも汚いビルに案内された。俺以外にも何人か集められていたが暗くて様子がつかめない。先生の弟子だろうか。部屋の照明がつけられ、先生が入室した。
「君たちに役割を与える。顧客のところに行って、コンサルティングをしてもらう。無能者を適応させるんだ。質問は?」
隣の男が発言した。仕事があるから明日は行けないという。先生は軽く頷いたあと、仕事が終わってから夜に行けと答えた。男の動揺が場に伝わるのを感じたが、俺はつとめて無視した。
「先生、お金はいただけますか? いまの仕事をやめてフルタイムで働きたいんです」
別の人間が質問した。先生が合図を出すと弟子の男が入室し、スーパーのポリ袋に入った札束のかたまりを置いて行った。先生は札束をふたつずつ俺たちに渡した。合法の仕事ですかと質問するのをやめにして、俺は先生から金を受け取った。
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