(2)1.2 初めての魔物討伐


 大会の後は、いつも闘技場の外は多くの人がごった返す。今日も例に漏れず、老若男女の人々がいた。


 エデルが歩くと、一瞬だけ人の波が近づく。しかしすぐに、先頭にいたと思われる人物がどこかへ行ってしまう。そしてエデルが足を進めると、人の波がぱっくりと分かれる。その動きはまるで、統率が取れている一国の軍隊のようだ。


 人の波より少し背の高いエデルは、大会後にいつも感想をくれるレベッカの元へ行く。今日も藍の髪に白の髪飾りがよく似合っている。

 レベッカと馬車に乗った。


「すまない、今日は……」

「弟君の誕生日ですわね。承知しておりますわ。城前通りは何やら騒ぎがあったようです。なので今日は、違う道からご自宅までお送りしますわ」

「いつもありがとう。助かるよ」

「いいえ、これぐらいはさせて下さいまし。本日の大会も、素晴らしすぎて手が止まりませんでしたわ」


 レベッカがちらりと後ろの馬車を見た。そこには、エデルが描かれた下書きがたくさん置かれているのだろう。


 レベッカは絵を描いている。絵のモデルになってほしいと懇願され、了承してから三年。趣味だった絵は仕事になっているらしく、定期的にモデル料に上乗せされた金額をもらっている。


 馬車の中でレベッカからの絶賛を聞いていると、発車していた馬車が急停止した。体勢を崩したレベッカを支える。


「どうしたのかしら」

「すみません、お嬢様。どうやらこちらの道も進めないようです」


 レベッカと御者の話を聞きつつ、馬車の窓から様子を窺う。


(兵士……? 何かあったのだろうか)


 何人もの兵士が、通行人に話を聞いたり路地へ入ったりしている。兵士の動きを見た街の人達が、何か事件かと集まっていた。


「エル様。申し訳ありませんが、本日はここまでのようですわ」

「問題ない。ここまで送ってくれてありがとう。外に出たら危険かもしれない。どうかレベッカは、騒ぎが落ち着くまで馬車から出ないで」


 頷いたレベッカを見て、エデルは馬車から降りた。


 何かあったのは明白だろう。しかし、これ以上アルヴィーを待たせるわけにはいかなかった。

 エデルは建物が密集して入り組んでいる路地に入る。


 エデルが住んでいるのは、闘技場から東へ十区画ほど離れている場所だ。馬車でも三区画分しか進めなかった。


(早くアルヴィーの手料理が食べたい)


 三連覇を獲ってくると伝えてある。きっと自分の誕生日を祝うものよりも、エデルを祝う料理を作ってくれているだろう。

 煮込み料理だろうか。揚げ煮された野菜、煮染めた芋。お祝いと言って煮こごりを作ってくれているかもしれない。


(ふかふかのパンに、香ばしい肉……。アルヴィーが作るものは何でも美味しい。今から楽しみだ)


 エデルが家に向かって路地を走っていると、「ウキー」と猿のような鳴き声がした。そして上空の方に、何かの気配がある。


(……猿? 貴族の誰かの愛玩動物だろうか。それに、この気配はなんだ?)


 アルヴィーが待つ家に帰宅を急ぐのは当然のこと。しかし普段は聞かない猿の声が、エデルの足を止める。向かう先の方から聞こえているようだ。


「ウキウッキ」「ウキキ」


 弾むように鳴く猿は、どうやら一匹ではないようだ。そんなこともあるかもしれないと思いながら、家路を急ぐ。


 エデルは、七階建ての屋根裏部屋付きの部屋を借りている。その建物に向かう途中。目と鼻の先ぐらいの場所で、紫色の猿達を目撃した。

 大きな袋を四匹で運んでいる。手足の長い紫の猿達は、長い尾を袋に巻きつけていた。


(……嫌な予感しかしない)


 薄い生地なのか、袋の中の光源がぼんやりと周囲を照らしている。猿達が持つことによってわかる形は、人のように見えた。

 光る人間には、覚えがある。


(兵士達は何をしているんだ!?)


 闘技場の周辺や、少し広い道には兵士がいた。路地に入って行く兵士も見かけたが、この辺りにはいないようだ。


(兵士を捜しに行く時間はないか)


 視界に映っている七階建ての建物に詫びを入れ、猿達を追う。一刻も早くアルヴィーの元へ帰りたかったが、人攫いを見逃すわけにはいかない。

 猿達が向かう進路を予測して先回りした。


「ウキ!?」「ウキキ!?」


 猿達は戸惑うように足を止めた。しかし尾を巻きつけている袋は離さない。


「!」


 察知していた気配が近くなった。上空を見る。すると、何かが落ちてきた。エデルの目の前にあった五階建ての建物が、ぱらぱらと音を立てながら真っ二つに崩れる。その先に、アルヴィーが待つ建物が見えた。視界が広がっている。


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。しかしすぐに、瓦礫の下敷きになっている人々を救出するために動く。


 物音を聞きつけて駆けつけてきた兵士達に怪我人を渡す。そして瓦礫の中の小山に立つ巨大な何か――紫色の巨大な猿を警戒した。


「うおおおおおおおっ!!」


 咆哮を上げた巨大な猿は、興奮しているかのようにポコポコと胸を叩く。その振動は空気を揺らし、周囲の建物の窓を割る。壁にも亀裂ができた。


(アルヴィーがケガをするかもしれない。早めに対処しなくては!)


 兵士達も街の人達も、巨大な猿の咆哮に耐えられなかったようだ。泡を吹いて気絶している。


「お前ら! ここは俺に任せて先に行け!!」

「ウキ!」「ウキキ!」


 ボス猿の指示を受けた子分猿達は、ボス猿着地による衝撃で落としていた大きな袋を持ち直す。


「待てっ」

「行かせない、ぜ☆」


 子分猿達を追いかけようとしたエデルの前に、ボス猿が立ち塞がる。そして攻撃の前の準備なのか、腕を上げたり下げたりして何度も体勢を変えた。


「邪魔だ!!」

「ドゥフォッ!!」


 ボス猿が攻撃をしてこなかったため、背中の筋肉を見せつけるような体勢になったボス猿の頭を蹴り飛ばした。建物の一階部分に激突したボス猿は、そのまま倒れている。

 エデルはすぐに、子分猿達を追う。


「っ! 待て!!」


 子分猿達が、大きな袋を壁の中に押しこんでいた。否、白金色に歪む何かの中へ入れようとしている。もちろん、袋の中の人物に心当たりがある以上、その動きを阻止するのみ。


 エデルは一瞬で子分猿達との距離を詰め、伸していく。最後の一匹も倒し、大きな袋を引っ張り出す。

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