【本編完結】男前護衛と王子と、ときどき精霊王。

いとう縁凛

第1話 エデルの正義

(1)1.1 武技大会殿堂入り


「三連覇はさせねえ!」


 エデルに大男が殴りかかる。大振りなその攻撃を避けたエデルは、大男の右腕を掴んで正面から突っ込んできた小男に投げつけた。


 大男と小男の罵り合いを背中で聞き、禿頭男の蹴り上げを躱したその勢いで、体を回転させて禿頭男の背中を蹴る。


 大男と小男から挟み撃ちされるような立ち位置になったが、大男の方へ走り、殴りかかってきた大男の右腕を引く。そして体勢を崩した大男の背中に手をつき、駆け寄ってきた小男を蹴り飛ばした。

 腕を軸に回転し、復活した禿頭男にもつま先を顔に当てる。


 馬のように足場にしていた大男が動く気配を感じ、背中を踏みつけて高く飛ぶ。闘技場から見える太陽の位置を計算し、大男の視界を潰す。

 長い滞空時間は、反撃させる時機を奪った。エデルは回転しながら大男の左肩に踵を落とす。苦悶の表情を浮かべてふらついた大男の顔に、回し蹴りを入れた。


 大男はふわりと爪先を上げ、ゆっくりと倒れていく。どしん、と倒れて土煙が上がった。


 一時の間、闘技場内がしいんと静まりかえる。

 そして。


「……き、決まったー!! 第二十三回武技大会の優勝者は、エルだ!! 三年前彗星のごとく現れたエルが、史上初の三連覇達成!! エルはこれで殿堂入りだ! おめでとうエル!! 素晴らしいぞエル!! 感動をありがとう!!」


 場内にエルコールがされる中、エデルは最後に倒した大男の元へ行く。小男と禿頭男は、すでに担架で運ばれている。


 片膝を立てて座っていた大男は、エデルの手を借りずに立ち上がった。そして、近づいたエデルとは話さずに闘技場の裏へ進む。


 武技大会は殺生と魔法と武器の使用が禁止されている。己の鍛えた身体だけが武器だ。一対三で戦う決勝戦の対戦相手は、強敵だった。

 エデルは、去って行った大男に深々と頭を下げる。

 対戦相手に敬意を示すその姿勢は、闘技場内の熱をさらに上げた。


「仮面の君ー!!」「楽しませてもらったぞ、エル!!」「仮面の君ー! 素敵ですわー!!」


 エデルは声援に応えるように、拳を高く突き上げる。そんなエデルに、また場内が湧く。


 例年であれば、大会の後援者が賞金を持ってやって来る。その時間に備えて、エデルは姿勢を正して待つ。


 三人と戦ったにも関わらず、大会用の灰黄色の服に土埃はついていない。頭上でまとめている焦げ茶色の長い髪も乱れていないし、目元を隠す白い仮面の下に見えるはしばみ色の瞳にも疲労感は見えない。


 エデルはなぜか、素顔のままでいると周囲で揉め事が多発する。だから仮面を着け始めた。武技大会や剣術大会、その他様々な大会は、出場権利はあるのに女性が出場しない。だからエデルは、男性らと対等に戦うにもちょうど良いとして、白い仮面を着け続けている。今ではもう、エデルの顔の一部と言っても過言ではない。エルという大会用の名前も、性別をわからなくするために使用している。


 仮面は両目尻にある黒子ほくろは隠せるが、よく通った鼻筋や右口角の下にある黒子は際立ってしまうということに、エデルは気づいていない。逆に、それで良いのかもしれない。仮面の下の榛色の瞳が闘技場内を見渡しても、その瞳と視線が交わった人以外は正常な精神でいられるから。


 もしエデルが、意図的に素顔のまま視線を向けたら。きっと、多くの人々が頬を赤らめて倒れてしまうだろう。

 エデルの視界の端で、数人の観客が運ばれているのが見えた。


(今年は、まだ来ないのだろうか)


 闘技場内の熱が、少し落ち着いてきた。しかし未だに、後援者が来ない。


「えっ? あー、了解。ここでエルに伝達事項だ。殿堂入りを果たした今回は、特別室で賞金を渡すそうだ。係員の先導に従ってくれ」


 司会者からの指示を受け、エデルは闘技場の裏へ行く。


 係員に案内された特別室には、二人の男性がいた。


「エル殿。どうぞこちらに」


 エデルが入室するや否や、彫りの深い顔に笑みを浮かべて席へ案内する、長めの金髪に目が行く細めの男性。その長い金髪は首の後ろでくくっている。


 そして、不機嫌そうにふんぞり返っている男性。こちらは白金色の髪と青い瞳で中性的な容姿をしている。まるで「物語上の王子様」を全部混ぜたようなきらきらしい服装の男性は、顔が光っていた。物語上では、自分の運命の相手は他と違うと表記されていると聞く。話し相手としてエデルをよく招いてくれるレベッカは、その運命の相手を捜しているらしい。


 特別室の机には、去年と同様に紙に包まれた賞金が置かれていた。


(……賞金を受け取って、はいさようなら、という訳にはいかなそうだ)


 エデルは案内された椅子に座る。


「お初にお目にかかります、エル殿。私はこちらの方の補佐を務めております。私のことはノーマンとお呼び下さい」

「了解した。それではノーマン。何かわたしに話があるみたいだが、できれば手短にお願いする。八つ離れた弟が、今日十歳の誕生日を迎えるんだ。家で待ってくれている弟の所へ早く帰ってあげたい」

「お誕生日! それはそれは、おめでとうございます。武技大会三連覇のエル殿ですから、さぞ弟君も誇り高いでしょう」

「わたしは、手短にとお願いしたはずだ。アルヴィーの誕生日を祝ってもらえるのはありがたいが、本題に入ってもらえないだろうか」

「これは失礼いたしました。では早速ですが、エル殿。こちらのお方はどう見えていますか」

「どうって……白金色の髪で青い瞳をしている。顔が光っているし、目立つ容姿だと思うが」


 エデルが答えると、ノーマンは満足そうに頷いた。


「採用です!! どうでしょう、アレクシス殿下。エル殿であれば実力もありますし、信用できると思います」

「……お前が言うからこの場にいるが、おれは護衛なんていらない」


 ノーマンが殿下と呼んだ。しかしエデルは、その身分よりもアレクシスの表情が気になった。


(見たところ、わたしと同じくらいか少し下の年に見える。しかし……)


 アレクシスは、まるで全てを諦めているような顔をしている。なぜその若さでそのような顔をするのか。


 アレクシスの表情は気になるが、護衛される本人が不要と言うのだ。もう話は終わりだろう。


「わたしは弟が待つ家に帰らせてもらう」

「そんなっ、エル殿! もう少し話をっ……」


 机に置かれていた賞金を取り、大会に出場する選手の控え室へ行く。服装にこだわらないエデルは、弟のアルヴィーが作ってくれた格好をする。

 肌触りの良いズボンに足を通し、首元まである秋物のプルオーバーを着てボレロも着る。ボレロだけは黒だ。こうすることで白い服だけではぼやけてしまう印象を引き締めるらしい。


(そうだ。アルヴィーの誕生日には、新しい服飾材料を贈ろう)


 弟の喜ぶ顔を想像しながら、エデルは闘技場を出た。


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