私の憧れの人がつまらない大人になっていた話

ひぶうさぎ

私の憧れの人がつまらない大人になっていた話

「雨宮……さん?」


 目の前にいる女性が私に声を掛けてくる。

 それは私の高校時代の憧れた人。

 私と同じ女性なのに格好良くて、だけど可愛くて運動もできた凄い人。


 まさか、同窓会で再会する事になるとは。

 同窓会の連絡を受け取った時はそんな事少しも考えてなかったのに。







 私が同窓会の連絡を受け取ったのは今日からちょうど一ヶ月前の日。

 仕事終わりでゴロゴロしていた時だ。


 何も思い出のなかった中学時代のクラスメイトからのものかと思ったが、どうやらそれなりに楽しんだ高校の時のクラスメイトからだった。

 しかも学校生活の中で一番楽しかったであろう2年の頃のクラスメイトからだ。

 その時の私は久しぶりにワクワクしていた。

 きっと表情も綻んでいただろう。




 それで私はこの同窓会を楽しみにして来た。

 周りを見渡せばお調子者だった男子が高校時代のテンションではしゃいでいる。

 迷惑といえば迷惑なのだけど、彼らを見ると高校時代を思い出して懐かしい気分になれた。

 何度か彼らに混じって馬鹿騒ぎしたのはあの頃のいい思い出だ。


「雨宮! 昔みたいに水掛け合うか!?」


 ……阿呆みたいな発言が聞こえた気がするが無視しておく。

 流石に居酒屋で水掛けなんてしようとは思えない。


 勿論、全員が全員彼らのように昔と変わらないテンションではしゃいでいるわけもなく一部の人たちは少人数で集まって大人しく酒を飲んでいる。

 まあかくいう私も隅っこで酒をちびちび飲んでいるだけなのだが。




 しばらくすると、遅刻組がちらほらとやって来るようになった。

 クラスメイト同士で結婚した奴らがついさっき来たのだが、今だに彼氏彼女ができた事のない者たちの嫉妬の目に晒されていた。

 一応ちゃんと祝福はされていたというのだけは補足しておく。


 そして開始から一時間ほど経った時、『彼女』はやってきた。

 高校の時と変わらず、格好いいのに可愛らしい、そんな彼女が。


「えっと……?」


 急に場が静まり返り、彼女が困惑の声を上げる。

 それはそうだろう、皆彼女が来るとは思っていなかったのだから。

 その証拠に私を含め今まで誰も彼女の事を話題に出していないのだ。


 場がなんとなく気まずい雰囲気に支配される。

 しかし、こういう時にに役に立つのがムードメーカーのあの男子。

 おちゃらけた言動を見せる事で場の空気を和ましてくれる。

 ムードメーカーは意外と大切だということを改めて理解した。


 今だに困惑する表情を見せる彼女だったが、なんとなく理解したのか苦笑しつつ隅の方、つまり私の方へと移動してきた。



 そして、ここでやっと冒頭に繋がる。




 何故彼女がここ、いやこんな所にいるのか。

 彼女から話しかけられた時、私の頭はそんな思考に覆い尽くされた。


 固まった私を案じるような声を掛けられたが、私はその声に生返事で返す。

 声になんの感情もこもっていないことに気づいたのか、彼女が何か言いたそうな顔をする。

 たが、その口からはなんの言葉も出てこなかった。


 しかし、彼女が何故私なんかのことを知っているのか。

 先ほどの騒いでいる男子、中村達と何度か職員室行きになった事はあるが、そんな悪名ばかり轟くクラスメイトの事を気にするのか?


 それに、今の彼女は普通の会社員のようなスーツを着ている。

 てっきり私が知らない別次元の仕事をしているかと思ったのに、本当に会社員ならば私と対して変わらないじゃないか。




 ……迷っても仕方がない。

 私は意を決して彼女に向かって質問した。


「坂上さん、今仕事って何してる?」


 彼女、坂上さんはいきなり仕事を聞いてきた私に再び困惑の表情を見せる。 

 けれど、坂上さんは特に気にしない様子で自分の職業を答えてくれた。


 坂上さんが勤めている企業、それは結構な大企業だった。

 一般人からすれば十分、いや十分すぎるほどのネームバリューを誇る企業だ。

 けれど、同時に私は確かに落胆した。

 今の坂上さんは、私が憧れた雲の上の人じゃない。

 私と同じく社会で普通に働いているのかと。


 どうして? 坂上さんならもっと良い所に行っていてもおかしくないのに。

 でも、私は坂上さんとこれといった関係があるわけじゃない。

 勝手に神格化して勝手に失望しただけだ。

 なんて傲慢で自分勝手なんだろう。

 はぁ、自分が嫌になる。


 再び私たちの間に静寂が訪れる。

 周りでは中村たちが相変わらずはっちゃけているのに、だ。


 そんな中、唐突に坂上さんが口を開いた。


「……雨宮さんはいま何処で働いているの?」


 なぜ私みたいな人間の職業を気にするのかは分からないが、ちゃんと答える。

 坂上さんの所と比べると少し格は落ちるが、まあまあ有名な企業だ。

 問題児だった私にしては良いところに行けたと我ながら思っている。


 坂上さんも問題児がそんなところに行けたなと驚いているのではないか、と前を見た。

 しかし、坂上さんは私の予想に反して先ほど私が浮かべていたであろう失望の表情を見せていた。


 何故?




 同窓会ももうすぐ終わり。

 あの会話以降、私達の間に会話が生まれる事はなかった。

 けれど、私の頭の中には坂上さんが見せた表情が焼き付いて離れない。


 まさか、私に何か期待していたのだろうか?

 期待していたとして、問題児として通っていた私に何を期待することがあるのだろうか?


 殆どのメンバーは既に帰りの支度を終えている。

 私も帰ろうと思えば直ぐに帰ることができる。


 だけど、どうしても今は帰ろうという気持ちにならない。

 坂上に直接聞きたい。

 私に対して何を思っていたのか知りたい。




 そして、気づくと私は坂上さんに声をかけていた。


「「あの、ちょっとこの後話しませんか?」」


 ……被った。







 そうして同窓会会場の近くにあった喫茶店に来た私たちはコーヒーを飲んでいた。

 まさか坂上さんも私に声をかけようとしていたとは。

 今日は本当に驚きの連続だ。


 早く話をしたいが、どうやって切り出せば良いのかわからない。

 しかも坂上さんは私が憧れていた人だ。

 どうも話すとなるとソワソワしてしまう。


 私がそんなくだらない迷いを抱えている時、坂上さんが話を切り出した。


「えっと、雨宮さんは私とクラスメイトだったよね」

「……はい」

「実は私ね、雨宮さんにちょっとだけ憧れてたんだ」

「……え?」


 ちょっと待ってほしい。

 坂上さんが私に憧れていた?

 本当に? 本当に?


 嘘だと信じたい。

 でも、彼女は真面目な顔をして話している。

 多分、本当なのだろう。


 なら私も言わないと。


「坂上さん……実は私は坂上さんに憧れてたんです」

「え?」


 互いに固まった。

 再び、静寂が訪れる。


 私は坂上さんの顔を、坂上さんは私の顔を見た。

 数秒顔を見合わせた後……私は笑った。

 坂上さんも笑っていた。


 私は坂上さんに、坂上さんは私に。

 どちらも憧れていたもの同士だったのだ。


 ああ、可笑しくて仕方がない。




 それから、私達は笑い続けていた。

 周りから怪訝な目を向けられるが、笑いは止まってくれない。


 多分、坂上さんはの私に憧れてたんだろう。

 私から見たら完璧で非の打ち所がなかった坂上さんも一人の人間だったのだ。


 本当に可笑しい。

 私も坂上さんも憧れの人『普通』になってしまったのが嫌だったのだ。

 まさか互いに憧れてただなんて知らずに。







 互いに憧れの人がつまらない大人になっていた。

 私達の話に名前をつけるなら、そんな感じなんだろう。


 私は坂上さんと別れた帰り道でそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の憧れの人がつまらない大人になっていた話 ひぶうさぎ @tomato_p

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ