13話 ともえ

ともえの名前はお父さんがつけてくれた。


ともえはもともと漢字で巴だったらしい。


だが、そのあとにひらがなになった。


お父さんがいうには、

ともえが大人になって

、というワケのわからない理由で、

ひらがなになったらしい。


何かが欠落した頭の中に、

スマホの電子音がひびいてくる。


連絡用アプリを開くと、

お母さんからのメッセージだった。


『お花の教室決まったから』


下にスクロールすると、

住所と教室のリンクが貼られていた。


ともえはお母さんに、

絵文字たっぷりで返信をする。


お母さんからレンラクがきてウレシイナァ。


ルンルンと鼻歌をうたってみる。


とろとろと温かいものが、

胸の中でいっぱいになる。


ああ、キモチイイナァ。


お花の教室で生けた花は、

寮母さんに頼んで、学習室に飾らせてもらうことにした。


「まぁまぁ。キレイなお花ね。

古郡山さんはすばらしい習い事をしているのね」


「はい。

勉強の息抜きにもなって楽しいですっ。

少しでもみなさんに楽しんで頂きたくて」


「すばらしいわぁ」


お母さんのおかげで、

寮母さんにも喜んでもらえた。


ともえはトテモウレシイ。


東陽明での勉強も

順調そのものである。


授業について行くのが大変だという前情報もあったが、

ともえにとっては丁度いいスピードだった。


課題もすぐに終わる程度の量だ。

予習をしすぎて授業が退屈なくらいである。


ともえは椅子を引いて背伸びをした。


やることもないので、

放課後は女子寮の部屋にいることが多かった。


ともえは

目をぐるりとした。


同室の以西 美郷の机に、

本が置いてあるのが見つける。


なんの本だろう。


近づいてみると、

表紙には剣道入門、と書かれていた。


そういえば、

彼女は剣道部の特待生だと聞いたことがある。


すごいなぁ。


学費を親に出してもらっている自分と違い、

以西 美郷はで大金を支払っているのだ。


彼女と自分では、雲泥の差がある。


目を開けていられないほどのまぶしい羨望が、

ともえを本に触れさせた。


本はたいへんヨレヨレだった。


ともえもたくさん勉強をしてきたが、

一冊の本をここまで使い込んだことはなかっただろう。


この本は、

以西 美郷が1つのことを極めた証拠だ。


いろいろな習い事をツマミ食いしてきた

ともえとはワケが違う。



ともえはいったい何なのだろう。



考えていると

ともえは、あれれー? となった。


表紙をめくろうとしたとき、

部屋のドアが開いた。


以西 美郷が帰って来たのだ。


ともえはすでに自分の席にいる。


こういう動作ばかりが、上手くなっていく。

胸のとろとろだけが、ともえの中で成長していく。

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