お似合いの二人

夕山晴

第1話


わたくしは全ての人の憧れの人にならなくてはならない。

エドガー第一王子殿下の婚約者、そして未来の王妃として、非の打ちどころがない淑女であるよう育てられた。


その美貌はもちろんのこと、手入れのされた真っ直ぐ梳かれた金髪や陶器のような真っ白い肌は同性から見ても理想的なようで、老若男女問わず受けも良い。


「ジュリアンヌ様の近くを通りましたら、とてもいい匂いがしましたのよ」

「お優しくて、落としたハンカチを拾っていただきまして」

「あれほど美しい女性は見たことがない。殿下だからこそ並び立てるってもんだ」

「殿下もとてもできた方ですからね。美男美女、お似合いというわけだ」


人とすれ違えば聞こえる声は完全スルー。凛とした姿を崩すわけにはいかなかった。


そっと物陰に入ると、両手で顔を覆った。小さく身震いする。


「きゃあ! 聞きまして? 聞きまして? 私と殿下がお似合いですって! うう、私だって殿下の挙動に堂々と一喜一憂したり、日々の殿下の素敵な様子を皆様にお伝えしたりしたい。どんな宝石だって殿下には見劣りしますし、どんな衣装も殿下本来の美しさを飾り立てることなんてできない。殿下が歩けば道端に花が咲き、殿下の声で鳥が歌う。殿下の素晴らしさ、唯一無二のお姿を言葉にしたい。できることなら共有したい。わたくしもあそこに混ざって一緒に語り合いたいですわぁぁ」


日々の鬱憤を吐き出すように、物陰で殿下への愛を吐く。

時々やってしまう奇行だが、これまで嗜められたことはない。

だから少し警戒心が薄れてしまっていたのだろう。背後でガタリと音がした。


「誰……!?」


振り向けば、一番聞かれたくない相手がそこにいた。


——エドガー殿下——!


「ジュリアンヌ……?」


彼の顔は訝しむように眉を顰めていて、気持ちはもはや有罪判決獄中行き。

バレた?

いえ、いずれこの国の王妃となる私にできないことはない。やるしかないのよ。


「これはギャップ萌えと言いますか、普段完璧な人物が少し抜けているところも見せることでより親しみやすさを感じられるという技術で」


淑女の顔を取り戻しつつ真面目な顔で言い切った。

が、エドガー殿下は聞いてはくれなかった。これまでに見たことのない絶望感を滲ませて、先ほどの自分同様、顔を覆う。


「いや待て。俺を褒めるような言葉を聞いたな。本当にあのジュリアンヌか? 褒め言葉を百聞いても顔色ひとつ変えない女だぞ。自分を褒められても喜びはしないし、俺を簡単に褒めるようなこともしない。ジュリアンヌの魅力は、あの鋭利な眼差しだぞ。それで見据えられるのが快感なんじゃないか。冷たい視線にはゾクゾクする。今いち本質を分かっていない偽物だな、練度が低いにも程がある。それでジュリアンヌ命の俺が騙されるものか」

「ん?」


クールな美男子エドガー殿下が、私を熱く語っている? しかも本来の私とはかけ離れた内容で。


戸惑ったのは私だけではないようだ。


「いや? よく見るとやはり……ジュリアンヌ、君なのか?」

「そうですわ。殿下もやはり、本物のようですね」


目の前の現実は到底受け入れられないものの、長年一緒にいた間柄。

本人に間違いない。


たっぷり数秒見つめ合った後、同時に口を開いた。


「「これは、解釈違い——!」」


言うなり頭を抱え、同時に項垂れた二人。息はぴったりだ。




いずれ、この上なくお似合いの二人だと全国民から祝福されることになるのだが、この時の私は知る由もなく、エドガー殿下にとってもきっと予想外な出来事だったに違いない。

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お似合いの二人 夕山晴 @yuharu0209

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