第26話 第一部 最終話+エピローグ

 以上が、加藤麻衣の死と小島雪、小島夜子、小島昼子の行方不明の真相だ。


 先輩の秘書の藤本さんが僕に見せた写真にあった鈴木芹香や大塚恋子、名古屋真由美、宮内立夏といった死亡者・行方不明者も、妹と僕が事故死に見せかけたり行方不明を装う形でその命を奪った。


 先輩や藤本さんは、僕がこの女の子たちの死に関係していると確信している。

 全員が「嘲ル者」として最後の仕事をした日に僕と現場を共にしており、その後事故死したり行方不明になっていたからだ。


 だが、どうやら藤本さんは、僕が彼女たちの死に関与していると確信するだけの情報を他にも持っているようだった。


「あなたとこの子たちのスマホにインストールされている『嘲ル者』のアプリのGPSのログを調べさせてもらったの。仕事を終えた後、あなたが被害者と事故現場まで行動を共にしていたことがわかったわ。行方不明の子たちも、彼女たちのスマホがしばらくあなたの住むアパートにあったことがわかっているわ」


 あまりに初歩的すぎるミスをしていたことに僕は笑ってしまった。

 そんなことで足がつき、藤本さんとそのバックにいる先輩に追い詰められているなんて、本当に間の抜けた話だった。どうやら僕は妹と違い、犯罪者としての才能はなかったようだ。


 だけど、何も問題はない。

 警察を呼ばれようが、ここで店員のふりをしている元ヤクザたちに殺されようが、何の問題もなかった。

 僕のバックアップはすでに用意されているからだ。


 写真を見せられただけだったが、まだ高校生の少年だった。


 妹は僕の新しい体として、十年前と同じ高校一年生の少年を選んだのだ。僕は二十歳の体を持つ妹にお兄ちゃんと呼ばれることになるのかと思ったが、妹もまた十三歳の中学一年生の少女を用意していた。


 慣れ親しんだこの肉体を捨てるのは少し抵抗があったが、三ヶ月前夜子さんに刺されたこの体は限界を迎えつつあった。

 病院に行けば、医者は刺された傷だとすぐに気づく。警察を呼ばれたりすれば大事になる。

 誰に刺されたのか、誰がホチキスと瞬間接着剤で応急処置をしたのか捜査が始まり、警察は僕と妹がしてきたことにたどり着いてしまう。

 だから毎日のようにろくに効きもしない鎮痛剤を何十錠も飲み続けてきたが、この体はもう長くは持ちそうになかった。

 傷口は化膿し膿が溜まっていた。


 この先に待っているのはなんだろうか。

 この傷が原因で何かしらの合併症を起こし、僕は高熱や激しい痛みにうなされるのだろうか。


 早く楽になりたかった。この痛みから解放されるのなら、僕にとって死は救済だ。

 死が救済であると信じていた妹は死を恐怖しながら死んでいき、そんな妹を否定していた僕が死を救済と考えるようになるなんて皮肉なものだった。

 救済か恐怖かは他人が決めることではないのだ。自分自身が決めることなのだ。

 そして、僕にとって死は恐怖などではなく救済以外の何物でもなかった。


 痛みから解放されたかった。

 妹から解放されたかった。

 魔女と共に生きる王になることを選んだのは、次の肉体で目覚める僕は、僕であって僕ではない。


 妹と生きていくのは僕じゃなくていい。


 僕じゃない「僕」でいい。






 二〇二四年十二月三一日、「僕」は目を覚ました。


「僕」の名前は夏目弘幸。二六歳。夏目という苗字は本来は旧姓だ。

 十年前、遠い親戚に当たる養父母に引き取られてから、戸籍上「僕」の名は佐野弘幸ということになっている。

「僕」は嘲ル者という、人の死を笑う仕事をしていた。はずだった。


 だけど今「僕」は十六歳の高校一年生で、鏡に映るその顔は若々しく瑞々しい。

 とても整った顔立ちをしており、「僕」がよく知るものとは違っていた。背も一〇センチほど高く、見える世界が違っていた。


「僕」の両親だと言う四十代の男女二人組は、「僕」のことを「雅雪」と呼ぶ。学校では「要くん」と呼ばれている。冬休みが明けてからは「僕」は「要雅雪」として二度目の高校生活を楽しんでいる。


 要雅雪の両親は再婚で、それぞれ連れ子がいた。

 雅雪には「ひまり」という血の繋がらない妹がおり、ひまりは十三歳で中学一年生だ。ひまりもまた「僕」と同じように別の名前を持っている。


 夏目メイという名前だ。


 十年前、日本中を震撼させた猟奇犯罪者の中学生だった。

 十三歳という若さで、自分の人格や記憶をパスワードに変換し、別の人間の脳に移行する方法をたったひとりで生み出した天才少女で、魔女でもある。だが、それを知っているのは「僕」だけだ。


 メイは夏目弘幸として生きていた「僕」の妹だった。

「僕」たち兄妹は要雅雪・ひまり兄妹の脳に移行し、妹の逮捕によって共に過ごすことが出来なかった十年間を、当時と同じ高校生と中学生の体を得て取り戻している最中にある。


「ひまり、そろそろ出るよ。学校遅刻しちゃうから」


「やだ。まだ眠い。一時間目はもう諦める」


「この間もそう言って、結局学校に来たの昼過ぎだったろ? 早く着替えておいで」


「僕」と妹は、中高一貫の私立の学校に通っている。要家や学校では「雅雪」と「ひまり」として生きていた。


「どうしても連れて行きたいなら、お兄ちゃんがひまりを着替えさせてよ」


「僕」は妹に言われた通り、妹が着ていたもこもこのパジャマを脱がせると、ブラジャーを着けてやり、ブレザーの制服を着せてやった。


「スカートの丈はこれくらいでいいか?」


「全然駄目。もっと短くして」


「はいはい」


 両親が不審がるほど「僕」たちは仲が良かった。連れ子同士の兄妹や姉弟は、法律上結婚が可能だが、親としてはやはり避けたいのだろう。


 家の敷地から一歩出ると、学校に着くまでの一時間ほどと学校が終わった後一緒に帰るときだけ、「僕」たちは「夏目弘幸」と「夏目メイ」になる。


「ねぇ、お兄ちゃん。今日は誰を殺そっか?」


 妹は「僕」の腕に自分の腕を絡めながら言った。

「僕」たちは放課後に毎日のように人を殺していた。ときどき以前の僕の知り合いの会社社長やその秘書から依頼を受けて人を殺し、高額なギャラをもらうこともあるが、あくまで趣味で人を殺す猟奇犯罪者だった。


「僕」は、うーん、と少し頭を悩ませた後、


「『僕』のオリジナルは去年の暮れに死んだみたいだけど、メイの二人目ってまだ生きてるんじゃなかったっけ」


 妹が殺したいであろう人物を上げた。


「二人目の私って何て名前だったっけ?」


 妹は、また彼女の名前を忘れていた。きっと覚える気はないのだろう。


「小島雪だよ」


「住所とか、覚えてる?」


「覚えてる。割りとすぐ近く」


「じゃあ、今日はその子だね」


 妹はとても嬉しそうに笑いながら、こう言うのだ。


「ねぇ、お兄ちゃん、人を殺すのって楽しいね」


 どうしてみんなやらないのかな。






第一部「僕は今日も人の死を笑いに行く」完

第二部「死神のタナトーシス」に続く。

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