第2話 ステータスの開き方が分かったぞ!

 「ゼェ…ゼェ…」


 俺は行商人と別れてから、また平原を歩き始めた…でもやっぱりそのまま歩き続けるのはきつかった。足は鉛みたいに重くて、汗で服が張り付いて気持ち悪い。二つの太陽がまだ空に浮かんでて、黄色い方はだいぶ低くなったけど、赤い方はじりじりと照りつけてくる。


 喉はカラカラで、行商人に貰った水袋も空っぽだ。あの光る木はまだ遠くに見えてるけど、近づいてる気がしない。風に揺れる草と石柱の笛みたいな音がずっと耳に残ってるけど、それすら今は頭をぼんやりさせるだけだ。このままじゃ倒れちまうって思った時、ふと視界の端に何か見えた。


「あれは………ちょうどよかった」


 平原の端っこ、草の波が途切れるあたりに、岩がごつごつした丘みたいなのがあって、その表面にぽっかり開いた穴がある。洞窟だ。暗くて奥が見えないけど、風がそこからひんやり吹いてきてるのが分かる。少し休めれば、また歩けるかもしれない。セレニア王国への道はあの木を越えた先って行商人が言ってたけど、今は体力の限界だ。


 俺はよろよろしながら草をかき分けて、洞窟の入り口までたどり着いた。入り口は俺の背丈くらいで、岩の表面は苔で少し滑りそう。足を踏み入れると、土の匂いと湿った空気が鼻をつく。中は真っ暗で、奥からかすかに水が滴る音が聞こえてくる。ちょっと怖いけど、外の熱さと比べたら天国みたいだ。とりあえず中に入って、少し休もう——そう思って、俺は洞窟の暗闇に一歩踏み込んだ。


「ここは結構薄暗いな………だが充分だ」


 外の二つの太陽が照りつける熱さから逃れて、ひんやりした空気が体に染み込むのが気持ちいい。洞窟の中は薄暗くて、入り口から差し込むわずかな光が岩の表面をぼんやり照らすだけだ。奥の方は真っ黒で何も見えないけど、太陽の光がほとんど入ってこない分、目が休まる。足元の土は湿ってて、靴底に少し粘りつく感じがする。遠くから水が滴るポタポタって音が響いてきて、それが妙に落ち着く。


 俺は洞窟の壁に背を預けて、ゆっくり座り込んだ。平原を何時間も歩いたせいで、足がガクガクしてたけど、やっと一息つける。外では草が風に揺れてシャカシャカ鳴ってたけど、ここじゃその音も届かない。


 行商人の言葉——セレニア王国、召喚魔法——が頭の中をぐるぐる回るけど、今は考えるのも面倒だ。薄暗い洞窟の中は、教室の蛍光灯の下とは全然違う静けさがあって、疲れた体には充分すぎる休息の場だ。少し目を閉じて、深呼吸する。とりあえず、ここで体力回復したら、またあの光る木を目指して歩き出そう。そう決めて、俺はしばらくこの薄暗さに身を任せることにした。


 目を閉じて深呼吸してると、少しずつ頭がクリアになってきた。そんな時、ふと頭の中に突如ひとつの疑問が浮かんできた。


「そういえば………あいつらはどうなったんだ…?」


 俺は目をゆっくり開けて、薄暗い洞窟の天井を見つめた。この世界に召喚される前のことをよく思い出してみる。教室にいた時、黒板に殴り書きされた数式をぼーっと眺めて、机に突っ伏してたのは覚えてる。でも、なんか変だった。あの瞬間、教室の床全体に魔法陣みたいなものが広がってたような気がするんだ。


 青白い光が渦巻いて、複雑な模様が床を這うように広がってた。俺が意識を失う直前、クラスの奴らのざわめきが聞こえてたような……。ってことは、俺だけじゃなくて、クラスの奴ら全員がこの世界に召喚されてるはずだよな?


 でも、俺が目を覚ましたあの平原には、俺以外に誰もいなかった。あの果てしない草の波と、光る木と、二つの太陽しか見当たらなかった。もし全員が召喚されたなら、近くに誰かいてもおかしくないはずだ。まさか、俺だけ別の場所に飛ばされたのか? それとも、みんなバラバラに散らばったのか?


 行商人が言ってたセレニア王国の召喚魔法ってのが関係してるんだろうけど、詳しいことは何も分からない。頭の中でクラスメイトの顔がちらついてくる。あいつら、今どこで何してんだろう。俺と同じように混乱してんのか、それとも……。


 考え出すと落ち着いてた気分がまたざわついてきて、俺は思わず膝を叩いて立ち上がった。休んでる場合じゃないかもしれない。あいつらを探すためにも、とりあえず動き出さないと。


 外に出ると、さっきまでのジリジリした熱さが嘘みたいに収まってた。二つの太陽のうち、黄色い方は地平線に沈みかけてて、赤い方はまだ空に浮かんでるけど、日差しが柔らかくなってきてる。風が草を揺らす音が心地よくて、行動するにはちょうどいい感じだ。体力も少し回復したし、このままあの光る木を目指して進もう——そう思って、俺はまた歩き始めた。


 でも、それは俺だけじゃなかったみたいだ。数分歩いてると、草の波が不自然に揺れて、何か近づいてくる気配がした。足を止めて目を凝らすと、草の間からガサガサって音がして、突然そいつが姿を現した。ファンタジー作品に出てくるようなモンスター?だ。


 でかい狼みたいな体に、ギザギザの角が頭から生えてて、目は赤く光ってる。毛はボサボサで黒っぽいけど、ところどころに緑の苔みたいなのがくっついてて、口からは涎が滴ってるのが見える。俺、こんなの初めて見るぞ。ゲームやアニメでなら何度も見たことあるけど、現実にあんなのが目の前にいるなんて、頭が真っ白になった。


 そいつは低く唸りながらこっちを睨んでて、俺は思わず後ずさった。武器なんて何もない。教室から飛ばされてきた時、ポケットにスマホとハンカチしか入ってなかったし、こんなのに立ち向かえるわけないだろ。逃げるか? でも、この平原じゃ隠れる場所もないし、走っても追いつかれそうだ。


 モンスターが一歩近づいてきて、地面に爪が刺さる音がゾッとする。心臓がバクバクしてきて、汗が一気に噴き出した。この世界の生物にとっても動きやすい時間ってことか——そう気づいた瞬間、俺はどうにかしないとって焦りまくった。


「っ…!」


 次の瞬間、そいつが地面を蹴って飛びかかってきた。でかい狼みたいな体が宙を舞って、ギザギザの角が夕陽に反射してキラッと光る。口から涎が飛んで、鋭い爪が俺に向かって伸びてくるのがスローモーションみたいに見えた。俺、打つ手なしだ。武器も何もない、ただの学生がこんなのにどうやって立ち向かえってんだ。ここまでか……って頭の中でぐるぐる回る。


 教室で退屈してた数時間前が遠い記憶みたいだ。あの時、床に広がった魔法陣に巻き込まれてこの世界に飛ばされて、平原を歩いて、洞窟で休んで、やっと動き出したのに——こんなところで終わりかよ。モンスターの臭い息が顔に近づいてきて、俺は目をぎゅっと閉じた。クラスメイトの顔がちらついて、あいつらもこんな目にあってるのかって考えるけど、もうどうしようもない。


「………??」


 俺はモンスターに飛びかかられて、目をぎゅっと閉じたまま覚悟を決めた。鋭い爪が俺を切り裂いて、痛みが走るのを待ってた。でも—— 全く痛みが来ない。死ぬ瞬間ってこんなもんなのかって思ったけど、なんかおかしい。恐る恐る目を開けてみると、その光景に目を見開いた。


 俺の手から黒い渦みたいなものが渦巻いてる。なんだこれ? 指先から溢れ出すように湧き出てて、まるで生きてるみたいにうねってる。さらにそこから黒い靄みたいなものが広がって、モンスターの体を包み込んでた。


 そいつは空中で動きが止まって、赤い目が俺を睨んだまま硬直してる。黒い靄がモンスターの毛や角を蝕むように絡みついて、ジリジリって音を立てながらそいつの体を溶かしてるみたいだ。俺は呆然とその光景を見つめてた。


 数分後には、モンスターの体はすっかり消滅してしまって、地面に灰みたいな粉がパラパラ落ちるだけ。さっきまでの威圧感が嘘みたいに消えて、風に草が揺れる音だけが残った。


「なんだ…これ…」


 俺は自分の手をじっと見つめて呟いた。手はまだ軽く震えてて、黒い渦は消えたけど、指先が妙に熱い。さっきまで武器一つ持たずに死を覚悟してたのに、こんな力が俺の中にあったのか? 教室で退屈してた時、魔法陣に巻き込まれた時、そんな素振りなんて全くなかった。セレニア王国の召喚魔法ってのが関係してるのか? それとも、この世界に来てから何か変わったのか?


「え?…」


 思わず声が漏れた。目の前に半透明のウィンドウが浮かんでる。ゲームとかでよく見るステータス画面みたいなやつだ。薄い青っぽい光で縁取られてて、中に白い文字が浮かんでるのが見える。


 この世界に来た時「ステータス!」って叫んでみたけど何も出なかったのに、今になって出てくるなんて。目を凝らしてウィンドウを覗き込んでみると、そこには俺の名前と、いくつかの数字や単語が並んでるみたいだ。まだ頭が整理しきれなくて、呆然としながらも呟いた。


「やっとかよ…」


 その後、ウィンドウにはいろんな項目が並んでるのが分かった。名前、年齢、性別、身長——確かに俺の情報だ。名前はちゃんと俺のフルネームで、年齢は17歳、性別は男、身長は174センチ。教室にいた時の俺そのままで、なんか妙に安心する。

 でも、それよりも気になるのがその下にある「能力」って項目だ。さっきの黒い渦が関係してるんじゃないかって思って、俺は真っ先にそこに目をやった。


 能力欄を開くと、そこにはたった一言、〈捕食〉って書かれてた。


「……は?」


 思わず声に出してしまった。〈捕食〉? なんだそれ? ゲームっぽいスキル名みたいだけど、具体的に何ができるのか全然分からない。俺はウィンドウを指でつついてみたけど、ただ指が通り抜けるだけで、詳しい説明とかは出てこない。さっきモンスターを消し去ったあの黒い渦と靄がこれなのか? 確かにあいつを「喰った」みたいに消しちまったけど、まさかそんな能力が俺に備わってるなんて。


「ん?これは…」


 ふと視線を動かすと、その枠の端っこに小さく「menu」って書かれてるのが目に入った。「menu」? ゲームみたいだなって思った瞬間、ピンときた。まさかと思って、試しに声に出してみる。「クローズメニュー」って言った瞬間、目の前の半透明のウィンドウがシュッと消えた。光の粒子みたいに散って、跡形もなくなくなった。


「……マジかよ」


 そう呟きながら、ちょっとドキドキしてきた。

 夕陽が沈んだ平原には、赤い太陽の光だけが残ってて、風が草を揺らす音が響いてる。俺はもう一度試してみることにした。「オープンメニュー」って言ってみると、なんとさっきと同じウィンドウ——いや、メニューが目の前にパッと現れた。


 薄い青い縁取りに、白い文字で俺の名前、年齢、性別、身長、そして能力欄に〈捕食〉って書いてあるやつだ。間違いない、さっきと同じ内容だ。俺は思わずニヤッと笑ってしまった。教室でゲームやってた時みたいに、声で操作できるなんて、めっちゃ便利じゃん。


 でも、同時に頭が忙しくなってきた。このメニューってことは、他にも何か機能があるんじゃないか? ステータス以外にアイテムとかスキルとか、もっと詳しい情報が見られるかもしれない。〈捕食〉って能力も、これでどうやって使うか分かるかもしれないし。


 俺はもう一度メニューをじっくり見つめて、次は何を試そうか考え始めた。この世界に来てからずっと訳分からないことばっかりだったけど、ようやく何か掴めた気がする。とりあえず、このメニューを使いこなせば、生き延びるどころか、もしかしたらこの世界で何かでかいことできるかもしれない——そんな気がしてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る