第2話 最初の壁


「ちなみに、私は風魔術の無詠唱よ!」


 一瞬驚きはしたが……そういえばこの人、風を操って俺を手元に引き寄せた時も詠唱してなかったわな。

 なるほど彼女も無詠唱……才能の遺伝か。あまり良い言葉ではないが、親ガチャ成功かな。


「母様、むえいしょうってどれくらいの人ができるんですか?」


「え〜? うーん……100人に1人くらい……だった気がするわねぇ〜……」


「なっ、母様の嘘つき! 全然すごくない!」


 イヤミか貴様ァッ!! っと叫びたいの我慢して、極めて年相応に可愛らしく不満を申し立てた。


 くっっっっっっそ微妙じゃねえかよ、一般的な小学校に3人はいる程度だし、両利きの人の割合と一緒だよ。

 全然天才って言うほどじゃねえだろ期待させやがって……


「えーそんなことないわよ! その歳で魔術どころか無詠唱なんて、滅多にいないのよ!?」


「ッ、それは…………」


 そんなことないんだよ、俺に限ってはさ。

 俺は人より早くスタートできてるだけなんだよ、このまま時が過ぎれば最終的に周りとの実力や腕前がドローになるんだよ。それを才能とは言わないだろ。


「——それに、まだ火魔術だけが無詠唱とは限らないでしょう? せっかくだから他のも試してみないと! 母様とお揃いの風魔術とか!」


「……はい」


 結局うまい反論も思い浮かばなかったので、渋々とヘイラの提案に乗って他の魔術も同じように挑戦してみることにした。


「……おぉ、できた」


 そしてなんと、属性魔術はすべて無詠唱で行使できた。


「凄いわ! 凄いわよディン! 五属性全部なんて聞いたことないわ! お兄様にも教えてあげなくちゃ!!!」


 どうやら、無詠唱魔術自体は珍しいことではないが火、水、風、土、雷の五属性全てにその適正がある人間は非常に稀有らしい。

 それに関しては嬉しい誤算だな。


「母様、僕は凄いんですか?」


「ええそうね! ディンが望めば将来は凄い魔術師にもなれると思うわ!」


 そうかそうか、なるほど……

 正直俺自身にもどうしてこんなことができているのかはサッパリだが、この際どうでも良い。


 俺には才能があるんだろ? 今までの人生じゃ持ちえなかった、誰にもない才能が。

 ならなってやろうじゃんか、魔術の天才ってやつに……!


「母様! 僕、魔術を頑張ります!」


「良いわね! なんでも頑張る人は素敵よ!」


 微妙にヘイラの返答がズレている気もするが……まあいいや。


ーーー


 魔術と出会い、その習得に打ち込んでからおおよそ3年が経った。

 そして現在、あまりにも唐突だが俺はおてんとさま差し込む森の中で1人、魔物の群れと相対している。

 俺の住む開拓地の村からは少し離れた森、相手はそこに巣食う猿型の魔物、数は見える範囲だけでもざっと10数匹……結構多い。


 一見すると俺の知る普通の猿と見た目はそう変わらないんだが、この猿が「魔物」と呼ばれて人々から恐れられる理由はその能力にある。


「キイィィィィッッッ!!!!」


「来る!」


 木々の上から俺を見下ろす猿どもは咆哮と同時に、一斉に石の礫を俺に向けて放つ。

 投石ではない、中級土魔術「岩礫ストーンバレット」。そう、この魔物は魔術を扱うのだ。


ーー土壁アースドームーー


 来ることはわかっていたので、素早く地面に手を付いて石の屋根を生成しその陰に隠れる。

 兎にも角にもまずはこの石の雨を防がないことには始まらない。

 そして石の雨が止んだタイミングで外に飛び出し、こちらも「岩礫」を撃ち返す。

 

「ッ……くそ!」


 しかし何発乱射しようが、どの猿も軽快な動きでそれを躱してくるどころか、さらに礫で迎撃してくる。

 しかもあっちの方が数は圧倒的ということもあって、全方位から飛んでくる弾をドームに隠れて防ぐので手一杯だ。

 

「またダメなのか……」


 これ以上はやっても状況が変わるどころか悪化すると考えた俺は、即座に水と火の混合魔術で森を霧で満たしてその隙に逃げることにした。


ーーー


 翌日、俺は以前ガーデニング好きのヘイラの反対をなんとか押し切って庭に作ってもらった射撃練習スペースで黙々と射撃練習に勤しみながら昨夜の反省を行なっていた。

 散歩に行くと嘘をついてこっそりと森の魔物に挑むのはこれで3回目だ。


 最初は2年ほど前、雷以外の中級魔術を無詠唱で扱えるようになって少し経った頃。


 そして半年前、無詠唱とはいえ本番だとテンパって発動にもたつくという反省から、状況問わず素早く魔術の発動をできるようにして挑んだ頃、猿の魔物に遭遇したのもこの時だな。


 そして今回、魔術をしっかり発動できても状況ごとの正しい使い分けができてなかったり、そもそも狙いが甘かった反省を克服して挑んだ3回目。結果はご存じ、半年も練習したのにこっちの魔術は当たらないし、攻撃を躱し切れずに一発貰って青痣を作る始末だ。


「ディン〜」


 2年、2年だ。その間毎日魔術の練習をしていたのに、あんなD級の魔物も倒せない。それどころか上級魔術を習得できずにずっと中級止まりだ。

 中級ってなんだよふざけんな、厄災級、英雄級、超級、上級と来て中級だぞ。きっと俺が上級を使えてればあんな猿ども蹴散らせたのに……


「ディン!!!」


「うおぁッ!? はい! なんでしょうか!!!」


 突然の叫び声に思わず肩を振るわせる。振り向けばヘイラが美しい金髪を逆立てて鬼の形相で立っているではないか、俺としたことが全然気づかなかった。


「なんでしょうか……」 


「なんで私が怒っているかわかるかしら」


「んえっ……」


 まずい、この手の質問は大概正解を当てられない上、適当に言えば余罪が発覚して自身の首を絞めることになりかねない。

 まあ今回に限っては限りなく正解に近そうなのがあるが……違った時が怖い。

 なので長いバイト生活で幾度となく上司の説教をいなしてきた俺の取る手は一つ。


「ごっ、ごめんなさい!!!」

 

 そう、間髪入れずにただ謝るだけ。やはり上司にはこれが効く……

 

 そしてそんな俺の返しに対し、ヘイラはため息混じりに目の前にしゃがみ込んで俺の服の袖を捲ってきた。


「む、やっぱりあるわね……どこでこんな傷作ってきたのかしら?」


「……」


 俺の腕に浮かんでいる青痣に眉を顰めるヘイラに対して、俺は慌てて顔を逸らして口をつぐむ。

 夜中にこっそり魔物と戦っているなんて言えるわけない……が、普通に生活してたらこんな傷できるわけないのでなんと言い訳したらいいか。

 ええい、なるがままよ!


「ごめんなさい、えっと……上級魔術をどうしても使いたくて、色々試してたら……」


「そう、なるほどねぇ……でもどうしてそこまで上級にこだわるの? 別にこんなものあったって生活がちょっと便利になるだけよ?」


「……使える魔術師と使えない魔術師は大きく違うって母様が言ったんじゃないですか」


 基本的に、魔術を使う際は手先に魔法陣が出現してそこから炎なり水なりが生成される。上級魔術はその魔法陣をどこでも自由な空間に展開させることを指すわけで、魔法陣が自分から離れている分だけ射程も当然伸びることになるし、遮蔽物を気にせず使用したり相手の背後に出して不意打ちだってできるようになる、要は劇的に戦闘をしやすくなるのだ。今回の猿相手で言うなら、俺は土のドームに籠ったまま魔法陣だけ外に展開して攻撃できるといった感じだ。

 でも、何もない空間に魔法陣を出現させるというのは非常にイメージが掴みづらく、習得できるものは非常に少ない。俺もそのできない側の1人だ。


「うっ、それはそうだけど……使えないから魔術師になれないなんてことはないのよ? それに、無理に魔術師になろうとしなくたって、素敵なお仕事はたくさんあるわ! ディンは頭がいいから学者さんとか!」


「……」


 異世界とはいえ、確かに俺なら他の仕事もそれなりにやれるだろうな。でもダメだ、結局俺はそれなりにしかできないんだ。圧倒的じゃないんだ。いずれ歴史に埋もれる程度のちっぽけな存在だ。

 でも、魔術なら……他にない才能があると言われた魔術でなら、俺は何者かになれるかもしれないんだ。今まで適当にやってきたけど、こうして本来得られるはずの無かった最後のチャンスがあるんだ、頑張るしかないだろ。もうあんな惨めな最後は嫌なんだ。


 だからもっと、もっと魔術を極めたい。

 でもまずは、目下あの猿どもの駆除をなんとしてでも遂行しよう。


===


「お願いしますよ騎士様……!」


「そうだよ、俺らの血税で飯食ってんだからなんとかしやがれ!!」


 昼下がり、村の騎士団詰所に老人と若者の悲痛な声が響く。

 もっとも、騎士団詰所と言う大層な名ではあるが建物は現代で言う交番のそれとさして変わらない規模、開拓中の村ということもあってそこに駐屯している騎士はたったの3人である。


「そうは言ってもねぇ……」


 そんな僻地勤務というだけあって団員のモチベーションもかなり低く、今現在駆け込んできた村民を前にポリポリと眉根を寄せながら頬をかいている騎士ことロレスも、ここにきてからは「それは専門外」だの「上の許可がない」だのと適当に村民の頼み事を躱していた。


「もう、うんざりなんだよ! 毎度毎度人の家の作物盗むは柵を壊すわ! いい加減奴等の巣ごと一層してくれ!」


「最近は森から出てくる頻度も増えておるから、孫が怖がってしまっていてな……」



 ここ一年ほどで、近郊の森から街にやってくる「礫猿レインキー」という魔物の被害数は劇的に増えており、通報を受けてからその個体を駆除するという対処療法ばかりしかしない騎士団に対し、とうとう村民達が痺れを切らして駆け込んできたのである。


「今までは適当に流してもまあ許してやってたが、今回ばかりはダメだ。ちゃんと責任果たしてもらうぜ」


「ッ……わかり、ました」


 ゾロゾロと後ろに引き連れた村民達と共に鋭い視線を向けられ、思わず息を飲んだロレスは反射的に首を縦に振った。


「はぁ……くそっ……」


 去っていく村民達の背を眺めながらロレスはその場で頭を抱え、過去の怠惰な振る舞いを酷く後悔した。

 今回ばかりは例えその意思があろうとも彼らの要望に応えることはできないというのに、これ以上村民の信頼は裏切れないときたのだ。

 

「たかが猿の魔物、しかもあれE級くらいでしょう? そんなにめんどくさいんですか所長」


 隣で一連の運びを見ていた部下の言葉に、ロレスはため息をもらしながら声音を低くして答える。


「はぁ……お前は都会育ちだから知らんのだろうがそれは単体での等級だ。あれは基本的に群れる魔物であって、奴らの領域で戦うことも考慮するとB級くらいはあるんだよ」


「! 最低でも騎士10人分ですか……」


「ああそうだよ! ったく……領主に頼んで冒険者ギルドに援軍要請出すしかねえ……これじゃ信頼もガタ落ちだな」


===


 猿の群れに二度目の敗北を喫し逃げ帰ってから3週間が経った。

 時刻は昼、俺は再び森を前にしている。

 正直、まだ準備は万全とは言い難いが……先日ヘイラとラルドの会話を耳にした時に、森の魔物に討伐隊が組まれることになったという話を聞いた。

 冗談ではない、俺の因縁……いや魔術の修行相手を横取りされてなるものかということで、慌てて準備をして俺はここにやってきたわけだ。


「期限があるせいか、緊張してきた……」


 だがとにかく慌ててはいけない。

 この数週間は単なる修行だけじゃなく、頭を使って色々考えたんだ。

 勝算はある。テンパらず、やるべきことをやろう。

 

「よし」


 頬を叩いて気合い注入。

 さて、覚醒した俺を見せてやる……



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