偽物の天才魔術師はやがて最強になる
空楓鈴/単細胞
第一章 立志編
プロローグ キルレ54の男、死す
時に、天才とは……才能とは、何か。
人は誰しも何かしらの才能を持っている、なんていう言説の真偽のほどともかく、まあそれ自体は良く聞く話だ。
「村上君さあ、あれはダメだよぉ……」
「……すいません」
スタート地点の位置? 天井の高さ? 努力の有無?
まあ才能と言っても色々あるわけだが、一つ確かなのは「才能があること」と「天才であること」はノットイコールであるということだ。
「モンスターカスタマーと言っても、一応はお客さんなんだからさ、その場でカッとなってもこっちには不利益しかないんだよ」
「……っす」
「君、もう21でしょ? この程度の理不尽許容できないと、この先やっていけないよ?」
そして世界とは天才たちによる基準の更新……追い抜き合いの上に形作られ、大多数の人間はそれをただ追っているに過ぎない。
自分がその大多数であると気づくのは、ちょうど社会への船出を前に自分を見つめ直す就活期、つまり二十代前半だろう。
かくいう俺もその一人……なんてことはない!
「あんまりこういうこと言いたくないけどさ、これで君に注意するの50回超えたよ? 僕もこんなの初めてだよ」
何せ俺は、天井を常に更新していく側の人間なのだ。
このコンビニバイトを初めてはや二ヶ月、店長に叱られた回数は実に54回。
これは単なるミスによるものではなく、俺がモンスターカスタマーを撃破した数に他ならない。
キルレ54と言い換えてもいい。
現代の若き撃墜王、内容はともかく俺もまた世界を進めていく天才の一人に違いないのだ。
「流石にね、もうクビだよ」
「——え?」
ーーー
シフト上がり、日の出の光が脳に直接突き刺さるような不快感の中、おぼつかない足取りで自宅を目指す。
「また新しいバイト探さなきゃ……」
ため息よりも先に、そんな言葉が漏れた。
なんでだよ、なんでクビなんだよ。
業務は誰よりも上手くこなして、棚とかの装飾も工夫して売り上げも伸ばして、シフトも沢山出してるのに……
客への態度? 忙しい時に向こうが神様だなんて名乗るから、お賽銭の小銭を投げつけてやっただけじゃないか。
そいつら以外には至極丁寧に接してたわ。
くそ、所詮はコンビニ店長ってことか。
こっちが大学中退したからってデカい態度とりやがって、そんなに高学歴が羨ましかったのか無能めが。
「はぁ……」
喉の辺りで遅延していた溜息がようやく俺の口から発車した。
吐息は立ち上る湯気となって、それを突っ切る俺の顔を不躾に撫でる。
今は物理現象すら俺の敵だ。
大体、何で俺がこんな惨めな状況に置かれているんだ。
俺は何でも出来たはずだ、間違いなく才能に溢れていた部類の人間なんだ。
どこで歯車が狂った? 大学か? あんなつまんねえとこでも、ちゃんと卒業さえしとけば……いやそれじゃあそこらのサラリーマンとなんら変わらないつまんない人生に——
「って、おっとっと……?」
平坦な歩道で突然転びかけて、思わず近くの壁に体重を預ける。
今回は丸一日立ちっぱなしだったからな、思った以上に疲れて——
「あ、あれ……?」
再度歩き出そうとすると今度は脚に力が入らず、崩れ落ちるように膝をついた。
「ッ……?」
視界がグニャグニャと歪んでいる。
体が言うことを聞かない。
耳鳴りが激しくて呼吸の音すら聞こえない。
鼓動がやけに速い気がする……
あ、ダメだ。
「まだ、借金……が——」
ーーー
〔きっと、君が望む世界があるはずだよ〕
ーーー
あれ?
気づけば俺は暗闇の中にいた。
右を見ても、左を見ても、何も見えやしない。
体の感覚もなく、気持ちの悪い浮遊感だけが俺の意識を包んでいる。
ここはどこだ。
さっきまで住宅街を歩いていた筈だ。
そう、歩いていてその後……たしか倒れたんだよな。ここ最近の無理が祟ったか、それとも新手のスタンド攻撃か……
〔☆¥¥%°>>!〕
ッ……!?
突然、暗闇にノイズ……いや、声が響き渡った。
脳を掻き回すような不快感を伴った不規則な音の羅列に過ぎないそれを、俺は何故か誰かの声、言葉だと認識した。
しかし、その声の主を俺は知らない。
こうなる前に倒れたことを考えれば、声の主は医者か?
俺の言語認識能力になんらかの障害が出ているのか?
わからない。
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない……
どうすれば動ける、解放される、目覚めることができる?
まさかずっとこのまま——
〔あーあー、聴こえるかな?〕
嫌な想像が脳裏によぎった時、ようやくそのノイズが意味を持ったものへと変化した。
〔い?はや、言葉が#@/&と難4//////
って、おっ+っと、時間が&1///
彼=見つかって4まった4。
細かい話///今度ゆ☆くり。だね〕
は?
安堵したのも束の間、響き渡る言葉には再びノイズが混じりそのほとんどが掠れて聞き取れない。
〔私@名はヴィ£○ン。じ*あー%&で待って€から〕
しかしその存在の言葉は掠れたままでも止まらずにさっさと締められた。
そしてそのカスれていた部分の内容を予想する間も無く、俺の視界はホワイトアウトした。
ーーー
「・・- -・・- --- -・ ・・- -・・- --- -・ -- ・--・-!!」
目の前でフラッシュでも焚かれたのかってくらいの極光が周囲を包んだかと思えば、突然誰かの話し声が耳に入ってきた。
今度は不規則なノイズではない。意味こそ理解できないが……こう、リズムや息遣いから確かに人間の声なのだとわかる。
「-- ・・・- ・-- -・ ・-・ -・・- -・--- -・・・ -・-・ --・-・ --!!」
ていうかうるさいな。
まるで耳元で叫ばれてーー
って、ん……? さっきまで頭に直接響く感じだったのに、なんか急に聴こえるようになったぞ?
身体の感覚もボヤついてはいるが、確かにある。
重い瞼を持ち上げてみる。
しかし、辺りは一面真っ白。
けれど、確かに目は開いている。
ひどくぼやけているんだ。きっと長く眠っていた影響とかなのだろう。
視界が安定するまでもう少し……か。
ようやく焦点があった。
俺の目に映っているのは、見知らぬ天井だ。
勿論、俺は紫色の人造兵器のパイロットじゃないし、FOXなんたらの特殊部隊でもない。
ていうかまず『落ち着いて聞いてください』なんて言ってくれる医者が居ない。
それどころか、俺を取り囲むようにして覗き込んでいるのはナースですらなく、金髪の美人さんと、隣に立つ銀髪の強面の男だ。
「・-・・・ -・・・ -- ・・- ・-・-- ・・ ・-・-・ 」
言葉も何言ってるかさっぱりだし、そもそも日本人顔ですらない。
「おーあーあ?(どなたですか?)」
あれ?
発音がうまくできない……
舌が回らないので、今度は体を起こそうと両手を伸ばす。
けれど、俺の視界に映ったのは、小さなブヨついたちぎりパンの様な手——赤子の手だった。
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