仕事が辛くて飛び降り自殺したらあの世じゃなくてダンジョンに飛ばされた件~カースト最下位のおっさんだった俺が世界中から【世界最強】と呼ばれるまで

にこん

第1話 飛び降りたらダンジョンだった

死にたい。


いつからかは分からない。

気付いたらそう思うようになっていた。


小中高、俺は自宅と学校の往復だけを繰り返した。

それは社会人になっても変わらない。

ブラック企業と家の往復で一日が終わる。

もちろん嫁なし彼女なし友達無し、独り身の人生。夢もなけりゃ金もないし希望だってない。


今の日本では山も谷もない刺激もないありふれた人生かもしれない。

だが、そんな人生に満足できなかった。


だってつまんないもん。ただ呼吸をしているだけ、毎日が苦しい。職場に向かうだけで涙と吐き気が止まらない。でも、世界は俺にやさしくしてくれない。


「あー、俺なんで生きてんだろ」


今、俺はとある橋の上にいた。

目の前には落下防止の柵があった。


【柵を超えるな!危険!】なんていう看板が至るところにあるし【命を大切に!】みたいな看板まである。

そう、なにを隠そうここは自殺の名所だ。生きて帰ってきた人間はいない。


「ふぅ……」


俺は躊躇なく柵を乗り越えた。


それから眼下に広がる景色を見た。真下には断崖絶壁が広がってる。

地上まで何メートルだろうか?分からないけど。


(ここから飛べば確実に全てが終わる。つまんない人生にも、つまんない会社にも行かなくていい)


なんでそんなところにいるのか?って決まってる。

全部終わらせに来たんだから。


(ちくしょう、足の震えが止まらねぇ)


精神は死にたがってる。

でも、生存本能は全くの逆だ。


『生きたい!』『生きたい!』『生きたい!』


分かる。

生存本能がそう言ってるんだって。


でも冷静に考えてくれ。これから何十年も辛く苦しい奴隷労働が続くのだ。

その苦労を考えたらここで飛び降りるのが正解。

親の苦労?周りの迷惑?そんなもん知ったこっちゃない。だってさ。


「周りの奴らは俺の苦労も、俺の迷惑も全部知らんぷりじゃねぇかよ」


だから自殺する。俺の苦労も俺の迷惑も全部お返ししてやる。


でも、踏み出せない。


「くそが、生存本能が、邪魔しやがって」


死の間際に人は何を思うだろうか?

分からないけど、俺は生存本能とひたすらバトルしていた。


「頼む。行かせてくれ」

『生きろ』

「もう無理」

『生きろ』


生存本能が全てを邪魔してくるが。


「うるせぇ!死ぬつってんだろ!うわっはー!ほおおおおおおおお」


気がふれたように叫ぶと、生存本能は黙り始めた。

恐怖心が薄れてきた。


最後にスマホを見た。


「SNSでさよなら、と呟いておこう」


そう思ってスマホを取り出したのだが。


「なんだ?この通知は」


見慣れない通知がスマホのロック画面にあった。


【今夜0時、あなたを招集します】


そういう通知。

適当に入れたゲームかなにかの通知だろうか?

あー、もうどうでもいいか。


「どうせ、死ぬしな」


深く考えるだけ無駄だ。


「さよなら」


飛び降りた。

風を切るような感覚。

髪の毛が逆立つ。


「うわ、俺飛び降りてんじゃん!」


なぜか、この時になって自分が何をしているのかを理解した。


「うわ、俺死ぬんじゃね?!」


やばい、なんか急に興奮してきた。でも考えてみれば当然だよな。俺今飛び降り自殺中なんだから脳みそもフル回転するに決まってる。平常心じゃいられない。

脳のアドレナリン?ドーパミン?よく分かんないけど脳汁がぶしゃってる気がする。脳汁ドバドバだ。んほおおおおおおおおお。


急速に地面が近付いてきていた。


「うわ、俺死ぬんだろ?!すげぇ!死ぬじゃん!俺!」


当たり前のことすぎて、自分でもなにを言ってるのか分からない。

でもひとつだけ分かることがあった。


「なんか、めっちゃ気持ちいい!なにこれ?!テンション上がってきた!脳内麻薬ってやつーーー?!!!」


飛び降り自殺ってすげぇじゃん!めっちゃ気持ちいい!俺はこんなに気持ちがいいことを他に知らない。


人生って一度しかないんだから飛び降り自殺も1回やってみるべきじゃねぇかよ!!飛び降り自殺しないやつは人生損してるわ!


若者よ命を今すぐに投げ捨てろ。俺のように!

めっちゃ気持ちいいわ飛び降り自殺。


「俺、まだ生きてるぅぅぅぅぅぅぅぅ↑↑↑↑↑↑」


死の間際。俺は初めて生きてるということを実感した。


そして俺のそんな叫びが山の中でコダマしていた。


【今夜0時、あなたを招待します】



どこかの床に寝ていた。

地面に叩きつけられたはずなんだが、不思議と痛くもないし、なんなら飛び降りてる時の風を着るような感覚もいつしかなくなってた。

飛び降りてる間に気絶するという人間もいるらしいが、俺も最後はそうだったのだろうか?


「となると、ここは天国か地獄か、分からんけど。どのみちあの世ってことかな」


そうボヤきながら立ち上がる。


「あの世ってのは随分と狭いんだな」


俺は今一辺10mくらいの小さな部屋の中にいた。

部屋の隅っこには小さな箱が置いてあって、真ん中には大きなテーブルといくつかの椅子。椅子は8個くらいあるように見える。


そして、部屋には扉がひとつだけあった。

時間が来れば扉が開いて天使か悪魔か、なにかが俺を迎えに来るのかな。


「とりあえず座るか。飛び降りてテンションアゲアゲで疲れたわ」


よっこいせ。

座る感覚も妙にリアルだ。


まるで、生きてるかのような感覚。

肉付き。


座るとぶにっっと尻が少し潰れる。


「え?」


頬をつねる。

少しだけ横に引っ張ってみたんだけど、皮も伸びる。


「あれ?まさか、な」


有り得ない。

あの高さから落ちた。

生きてるわけが無い。


自殺の名所は今まで生還した人間がいなかった。

調べたはずだ。


だからありえ、そのときだった。


「グルルルルルル」


扉の先からだった。


(犬?なんだ?今の唸り声は)


ここが地獄ならケルベロス?


(分からないが、変に騒がない方がよさそうだな)


息を殺して待つ。

しばらくすると唸り声は遠ざかっていった。


​───────最悪のパターンを想定してみよう。


(俺、ひょっとしてまだ生きてるんじゃねぇか?)


現実的に考えれば有り得ない。

だが、他の可能性はないように見える。


なにより


(今の服装、飛び降りたときのマンマの服装)


俺は小さな工場で働いてる。

汚い作業服のまんま仕事から帰ってきてその足で自殺しにいった。


初めはあの世ってそういうものなのか?って思ってたけど。よく考えたら死んだやつがこんな汚い服装なことある?


(スマホ)


いつもスマホはズボンの右ポケットに入れてる。


突っ込んでみると硬い感触。

取り出してみた。


「ある。電源を付けよう」


バッテリー残量は30%。

当然のように圏外。


そしてロック画面には通知が3つ。リアルタイムでいま追加された。

まるで俺が今スマホを確認したのを見計らったかのようなタイミングだった。


【招集が完了しました】


【ユーザーアカウントの作成をお願いします】


【ユーザープロフィールの確認をお願いします】


そして、さらにひとつの通知が追加された。


【ダンジョンへようこそ。お待ちしておりました。歓迎します】


(は?)


勝手にお待ちすんな。勝手に歓迎すんなぁぁぁあぁぁぁ!!!


俺が、どういう思いで飛び降りたか分かってんだろうなァ?!覚悟ガンギマリだったんだぞ?!


だが、確定したことがある。


(どういうわけか。俺は生きてるな)


だって、よく考えてみたら今の俺は呼吸してるし。


チラッと後ろを振り返った。


先程から俺の意識を掴んで離さないのはあの箱である。


皮肉げに俺は呟いた。


「勝手に俺を招集して、勝手にお待ちしたんだ。歓迎のひとつくらい、俺も勝手に期待していいんだろうなァ?」


他にやれることもないし、やけくそだ。


俺はそうしながらもひとつの考えを脳内に浮かべていた。


(この先に化け物がいたらさ。殺し合いになると思うんだけどさ)


また脳汁ドバドバで気持ちよくなれんのかな?気持ちよかったなぁ飛び降り。考えてみたらバンジージャンプとか、プールなら飛び込みなんてものもあるしな。

飛び降りが体に悪いもののわけがない。


死ぬこと自体も体に悪くはないんじゃないか?(意味不明)


うへへ……。おいおい、早く殺り合いたいなぁ(手遅れ)


化け物にも死ぬ間際の快楽を教えてやりてぇなぁ。脳汁ドバドバで気持ちいいんだぞ。だから俺が快楽を教え込んでやる。

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