『フォロワー数=寿命』―深夜三時、あなたの投稿が伝説になる―
ソコニ
第1話「夜中にバズる投稿」
「深夜3時に投稿すると、バズるって知ってる?」
大学時代の親友・莉子が、スマホの画面を見せながら言った言葉に、篠原美咲は半信半疑の顔をした。
「そんな都市伝説みたいな…」
「都市伝説じゃないってば!見てみなよ、このアプリ」
莉子が見せてきたのは「ナイトウィスパー」という、美咲が聞いたこともないSNSアプリだった。画面には、夜の闇を思わせる漆黒のデザインに、薄く浮かび上がる月のアイコン。
「このアプリ、深夜に特化したSNSなの。特に午前3時に投稿すると、フォロワーが爆増するんだって」
渋谷のカフェで待ち合わせた二人は、休日の昼下がりにもかかわらず、闇に関する話で盛り上がっていた。
「都市伝説とか怖い話が好きな人が集まってるみたいよ。私も最近始めたんだけど、結構面白いよ」
美咲は興味を持ったが、すぐには乗り気にはなれなかった。23歳になったばかりの彼女は、大手出版社の編集部でアシスタントとして働き始めて一年半。毎日の仕事に追われ、SNSにかける時間もなかった。
「私、そういうの苦手だし…」
「大丈夫、匿名だから。それにバズれば、いろんな都市伝説も集められるじゃん。美咲、ホラー小説書きたいんでしょ?」
それは確かだった。美咲の密かな夢は、ホラー小説家になること。大学時代から書きためていた短編も、いつか発表したいと思っていた。でも、ネタ不足は否めない。
「ま、考えとく」
美咲はそう答えたものの、その日の夜、一人暮らしのワンルームアパートで、彼女はスマホを手にナイトウィスパーのアプリをダウンロードしていた。
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アプリを開くと、黒を基調としたシンプルなデザイン。「ようこそ、夜の世界へ」というメッセージが表示された後、ユーザー登録画面に移る。
美咲は少し迷ったが、「Misaki_23」というハンドルネームで登録した。プロフィール写真は載せず、「都市伝説収集中」とだけ書いておいた。
最初は誰もフォローしていないので、タイムラインは空っぽだ。トレンドを見ると、「#深夜の怪談」「#幽霊タクシー」「#口裂け女2025」などのハッシュタグが並んでいる。
好奇心から「#幽霊タクシー」をタップすると、様々な投稿が表示された。
「深夜の雨の日、行き先を告げずに乗ったタクシーが連れていく場所は…」
「昨日、終電を逃して乗ったタクシー、運転手の顔が見えなかった…」
どれも恐ろしげな内容だったが、美咲は少し興味をそそられた。彼女自身、大学時代に友人から聞いた「幽霊タクシー」の話を覚えていた。確か、深夜の雨の日に現れるタクシーに乗ると、乗客が行きたい場所ではなく、その人が本当に向かうべき「運命の場所」に連れて行かれるという話だった。
「投稿してみようかな…」
時計を見ると、午前1時を回っていた。莉子の言っていた「午前3時」までまだ時間がある。ひとまず下書きを作ることにした。
美咲は思い出せる限り、あの時聞いた「幽霊タクシー」の話を書き出した。
「雨の深夜、終電を逃した私が乗ったタクシー。『どちらまで?』と尋ねる運転手の声に、ふと思いついて『一番行くべき場所に』と答えた。タクシーは静かに走り出し、気がつくと見知らぬ墓地の前で止まっていた…」
書きながら、美咲は少し背筋が寒くなった。この話、確か友人の友人の実体験として聞いた話のはずだが、実際はどうだったのだろう。
時間はゆっくりと過ぎていった。ベッドに横になりながらスマホを眺めていると、ふと、ナイトウィスパーの通知音が鳴った。
「午前3時になりました。今夜の囁きを始めましょう」
画面が一瞬、赤く点滅したような気がした。美咲は用意していた文章を投稿ボタンを押して送信した。
「#幽霊タクシー #深夜の怪談 #実話」
投稿後、美咲はスマホを枕元に置き、目を閉じた。明日は早起きして出社しなければならない。
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「え…」
朝、目覚ましで起きた美咲は、スマホを手に取って驚いた。ナイトウィスパーの通知が100件以上届いていたのだ。
「昨日の投稿、バズった…?」
恐る恐るアプリを開くと、彼女の投稿に対して多くの「いいね」とコメント、さらにはリポストがついていた。フォロワー数も0から一気に578人に増えていた。
「すごい…たった一回の投稿で…」
コメントを見ると、「怖い」「私も似た経験がある」「続きが知りたい」など、様々な反応があった。中には「あなたの話、本当なの?」という問いかけもあった。
美咲は昨日のことを思い出して少し罪悪感を感じた。あの話は友人から聞いた話で、自分の実体験ではない。しかし、これだけの反応があると、続けてみたい気持ちも湧いてきた。
その日、出社した美咲は何度もスマホをチェックした。フォロワー数は増え続け、昼には800人を超えていた。
「美咲、今日元気ないね」
同僚の山田が声をかけてきた。
「ちょっと夜更かししちゃって…」
「無理しないでね」
山田は優しく微笑んだが、美咲の疲れは単なる睡眠不足からくるものではなかった。奇妙なことに、朝からなんとなく体がだるく、頭痛もする。まるで風邪の前兆のような症状だった。
「たぶん疲れてるだけよ…」
仕事を終え、帰宅した美咲は、再びナイトウィスパーを開いた。フォロワーは1,000人を超えていた。
「すごい…こんなに増えるなんて」
美咲はタイムラインを眺めていると、あるユーザーの投稿が目に留まった。
「午前3時に願いを書くと叶う。ただし、その代償は…」
興味をそそられた美咲は、そのスレッドを読み進めた。様々なユーザーが「願いが叶った」という体験談を投稿していたが、どれも後に不幸な出来事が起きたという内容だった。
「深夜の願い事…か」
美咲は思った。もし本当なら、自分の小説が出版されるよう願ってみようか。しかし、代償が気になる。
時計は夜の11時を指していた。美咲は明日も仕事があるが、もう一度、午前3時の投稿を試してみたくなった。
彼女は新たな都市伝説の話を考え始めた。今回は「深夜の願い事」について書こうと思った。
時間が過ぎ、再び午前3時の通知が来た。美咲は用意していた文章を投稿した。
「『深夜3時の願い事』と呼ばれる儀式をご存知ですか?午前3時ちょうどに、叶えたい願いを書き留めると、必ず実現するという都市伝説です。ただし、願いが叶う代わりに、あなたの大切なものが一つ失われます。私の友人はこの方法で失恋から立ち直りたいと願い、確かに新しい恋人ができました。でも、翌週、幼い頃から可愛がっていた猫が突然姿を消したそうです…」
投稿を終えた美咲は、スマホを置いて眠りについた。しかし、その夜、彼女は奇妙な夢を見た。
暗闇の中、無数の目が彼女を見つめている夢。その目の持ち主の姿は見えないが、彼らは皆、彼女の言葉を待っているようだった。
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翌朝、美咲が目を覚ますと、さらに驚くべき光景が広がっていた。ナイトウィスパーの通知は前日の倍以上あり、フォロワー数は一晩で3,000人近くまで増えていた。
「すごい…こんなに…」
頭痛は相変わらずで、それどころか少し悪化しているようだった。鏡を見ると、顔色が悪く、目の下にクマができていた。
「疲れてるのかな…」
そう思いながらも、美咲はコメントを確認した。多くのユーザーが彼女の投稿に反応し、中には「私も試してみる」「本当に効くの?」という質問もあった。
美咲は少し罪悪感を覚えた。もし誰かが本当に「深夜3時の願い事」を試して、何か不幸なことが起きたらどうしよう。でも、これは単なる創作、都市伝説だ。誰も本気にするはずがない。
そう自分に言い聞かせながら、美咲は出社の準備を始めた。
しかし、その日の夕方、スマホに奇妙な通知が届いた。
「あと5,478フォロワー」
送信元はナイトウィスパーだったが、普通の通知とは違っていた。アプリを開いても、その通知に関する詳細はどこにも見当たらなかった。
「何だろう、このメッセージ…」
美咲は首をかしげたが、特に気にすることもなく、その日も午前3時に新たな投稿をした。今回は「口裂け女2025」という現代版の都市伝説を書いた。
「最近、渋谷や新宿で目撃されている『口裂け女2025』。従来の伝説と違うのは、彼女がスマホを持っているという点です。『私、綺麗?』と尋ねる代わりに、彼女はあなたのSNSアカウントをフォローし、DM(ダイレクトメッセージ)で『私を美しいと思う?』と送ってくるそうです。もし『はい』と答えると…」
投稿後、美咲は不思議と安心感を覚えた。まるで何かを達成したかのような感覚。しかし同時に、体の疲れはより一層強くなっていた。
眠りにつく直前、彼女のスマホに再び通知が届いた。
「あと4,782フォロワー」
美咲は眉をひそめた。この数字、何を意味しているのだろう?フォロワー目標?だとしたら、誰が設定したのか?自分ではない。
疑問を抱きながらも、疲れ切った美咲はすぐに深い眠りに落ちた。
しかし、その夜も彼女は奇妙な夢を見た。今度は暗闇の中、無数の指が彼女のスマホの画面をタップしている夢。そして遠くから聞こえる囁き声。
「もっと…もっと話して…」
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一週間が過ぎた。美咲のナイトウィスパーでのフォロワー数は驚異的なスピードで増え続け、8,000人を超えていた。彼女はすっかり「ナイトウィスパーの都市伝説クイーン」として知られるようになっていた。
毎晩、午前3時に投稿を続ける習慣がついていた美咲だったが、体調は日に日に悪化していた。頭痛は慢性的になり、時折めまいもする。それでも、彼女は投稿をやめられなかった。
そして、その日の夜、フォロワー数が9,000人を超えたとき、再び通知が届いた。
「あと1,000フォロワー」
美咲は震える手でスマホを握りしめた。この数字、何を意味しているのか。まるで…カウントダウンのようだ。
ふと、彼女は自分の体に違和感を覚えた。鏡を見ると、首筋に小さな黒い斑点が現れていた。
「これ…なに?」
不安に駆られた美咲だったが、その夜も彼女はアプリを開き、午前3時を待った。
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