第2話「フォロワー数=寿命?」
美咲の首筋に現れた黒い斑点は、翌日には消えていた。それを確認して安心した彼女だったが、なぜか背中がかゆくてたまらない。鏡で背中を確認すると、今度は肩甲骨の間に小さな黒い痣のようなものが現れていた。
「これ…一体…」
不安に駆られながらも、美咲は病院に行く時間もなく、出社の準備を始めた。編集部では大きなプロジェクトが進行中で、休むわけにはいかなかった。
出社すると、同僚たちが妙な視線を向けてくる。
「美咲さん、大丈夫?顔色すごく悪いよ」
山田が心配そうに声をかけてきた。
「ちょっと寝不足で…」
美咲はそう答えながらも、自分の体調の悪さを実感していた。めまいが頻繁に起こり、集中力も続かない。
昼休み、美咲はトイレで再び背中を確認した。黒い痣は少し大きくなっていた気がする。
「病院に行った方がいいかも…」
そう思いながらスマホを取り出すと、ナイトウィスパーの通知がまた届いていた。フォロワー数は9,200人を超えていた。
「あと800フォロワー」
この通知の意味が気になり始めた美咲は、アプリ内で「フォロワー数」について検索してみることにした。すると、あるユーザーの投稿が目に留まった。
「ナイトウィスパーで1万フォロワーを超えたユーザー、消えたって本当?」
その投稿には複数のコメントがついていた。
「@Night_Queen、1万超えた途端アカウント消えたよね」
「@Ghost_Writer_Tも同じ。最後の投稿から音沙汰なし」
「単に飽きて辞めただけでしょ」
「いや、SNSどころか現実世界からも消えたって噂だよ」
美咲は冷や汗が出るのを感じた。もしかして、フォロワー1万人というのは何かの境界線なのか?そして、その「あと○○フォロワー」という通知は…
「考えすぎよ」
自分に言い聞かせながらも、美咲は恐怖を感じていた。しかし、同時に奇妙な興奮も覚えていた。これは新たな都市伝説の題材になるかもしれない。
その日の夜、美咲は「ナイトウィスパーの呪い」と題した新たな投稿を準備した。
「このアプリに潜む恐ろしい都市伝説をご存知ですか?フォロワー数が1万人を超えると、そのユーザーは現実世界から消えるという噂です。@Night_Queen、@Ghost_Writer_Tなど、1万人を超えた人気ユーザーが突然アカウントを削除し、連絡が取れなくなったという事例が…」
午前3時、美咲はその投稿を送信した。送信直後、彼女のスマホ画面が一瞬、真っ赤に染まったような気がした。そして、背中に強い痛みを感じた。
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翌朝、美咲が目を覚ますと、全身が鉛のように重かった。鏡を見ると、顔色は土気色で、目の下のクマはさらに濃くなっていた。そして、首筋にも黒い斑点が現れていた。
「これ…増えてる…?」
恐怖に駆られた美咲は、会社を休む連絡を入れ、近くの皮膚科を受診することにした。
医師は美咲の背中と首の斑点を見て、首をかしげた。
「アレルギー反応のようにも見えますが…何か新しい化粧品や食べ物を試しましたか?」
「いいえ、特には…」
「念のため、血液検査をしましょう」
検査結果が出るまでの間、美咲はスマホを確認した。昨晩の投稿は異常なほどバズっていた。フォロワー数は9,500人を超え、コメントも500件以上ついていた。
多くのユーザーが恐怖を表明し、中には「本当なら怖すぎる」「自分も近づいてる、どうしよう」という内容もあった。
そんな中、一つのコメントが美咲の目を引いた。
「@Misaki_23、あなたこそ気をつけて。あと500人よ」
ユーザー名は「@Whisper_Admin」。プロフィールを見ると、「ナイトウィスパー公式」と書かれていた。しかし、美咲がアプリをダウンロードした時、運営元の情報などは一切表示されていなかったはずだ。
「公式…?」
不安に駆られた美咲は、アプリのサポートページを探してみることにした。しかし、どこを探しても運営元の情報は見つからない。アプリストアの情報を見ても、開発者は「Night Inc.」とだけ記載されていた。
「あれ…おかしいな…」
医師が戻ってきて、検査結果を伝えた。
「特に異常は見られません。ただ、少し貧血気味ですね。睡眠は取れていますか?」
「最近、あまり…」
「では、しばらく様子を見て、斑点が広がるようならまた来てください。これは症状を抑える軟膏です」
医師から処方された軟膏を受け取り、美咲は帰宅した。家に着くと、すぐにノートパソコンを開き、「Night Inc.」について調べ始めた。しかし、そのような会社の情報は一切見つからなかった。
「おかしい…運営元が存在しないなんて…」
さらに調べていると、ある掲示板のスレッドに行き着いた。
「ナイトウィスパー、正体不明のアプリに注意」
そのスレッドには、「アプリのインストール方法が謎」「公式サイトが存在しない」「ダウンロード数が表示されない」などの指摘があった。
美咲は冷や汗を流した。自分がダウンロードしたアプリ、一体何なのか?
その時、スマホに通知が届いた。
「あと450フォロワー」
フォロワー数が増えていた。投稿へのコメントを見ると、多くのユーザーが「続きを教えて」「他にも消えた人はいるの?」と質問していた。
美咲は莉子に連絡を取ることにした。彼女こそ、このアプリを教えてくれた人物だ。
「もしもし、莉子?」
「美咲?どうしたの、急に」
「あのさ、ナイトウィスパーのこと聞きたくて…あなたはどこからそのアプリ知ったの?」
「え?ナイトウィスパー?何それ?」
美咲は言葉を失った。莉子の声は混乱しているようだった。
「あなたが教えてくれたじゃない。先週、渋谷のカフェで会った時…」
「美咲、先週会ってないよ。私、先月から海外出張中だよ?LINEでも言ったじゃん」
美咲は頭がくらくらするのを感じた。確かに莉子と会ったはず…でも、考えてみれば、そもそも莉子が都市伝説に興味を持つタイプではなかった。
「ごめん、人違いだったかも。また後で電話するね」
電話を切った美咲は、震える手でスマホを握りしめた。一体何が起きているのか?莉子との記憶は幻だったのか?
ふと、美咲はスマホのアルバムを開いた。もし本当に莉子と会っていたなら、写真があるはずだ。しかし、先週の写真を見ても、カフェで莉子と撮ったものは一枚もなかった。代わりに、美咲が一人でカフェにいる写真が数枚あった。
「おかしい…私、一人だったの?」
混乱する美咲のスマホに、再び通知が届いた。
「あと400フォロワー」
恐怖に駆られた美咲は、思い切ってナイトウィスパーのアプリを削除することにした。しかし、アンインストールしようとしても、「このアプリは削除できません」というメッセージが表示されるだけだった。
「なんで…?」
パニックになりかけた美咲は、深呼吸して落ち着こうとした。これは何かの間違いか、あるいはバグなのかもしれない。冷静になって考えよう。
その夜、美咲は眠れなかった。体中の斑点は増え続け、背中の痣は明らかに大きくなっていた。痛みはないが、違和感がある。まるで、誰かに見られているような感覚。
午前2時45分、美咲はベッドから起き上がり、決意した。今夜は投稿しない。この奇妙な連鎖を断ち切るために。
しかし午前3時ちょうど、彼女のスマホは勝手に振動し始めた。画面を見ると、ナイトウィスパーのアプリが自動的に起動していた。
「今夜の囁きを始めましょう」
画面には既に下書きが表示されていた。しかし、美咲はそんな下書きを作った覚えがない。
「ナイトウィスパーに囁かれる者たちへ。このアプリにはある秘密があります。フォロワー数が1万人に達すると、あなたは『向こう側』に招待されます。私はもうすぐその境界を超えようとしています。次回の投稿で、真実をお伝えします…」
恐怖で体が震える美咲だったが、不思議なことに、その文章を投稿したい衝動に駆られていた。まるで、何かに操られているかのように。
「ダメ…投稿しちゃダメ…」
美咲は自分に言い聞かせ、スマホの電源を切ることにした。しかし、電源ボタンを長押ししても反応がない。画面には投稿ボタンだけが明るく光っていた。
美咲は最後の抵抗として、スマホをベッドから遠くに投げ捨てた。しかし次の瞬間、彼女の背中に激痛が走った。
「あっ…!」
痛みに耐えきれず、美咲は床に倒れ込んだ。意識が遠のく中、彼女はスマホの画面が赤く光り、投稿が送信されたことを確認した。
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翌朝、美咲が目を覚ますと、全身が痛みで満ちていた。特に背中が焼けるように熱い。鏡で確認すると、背中全体が黒い模様で覆われていた。まるで何かの文字や記号のようだが、読み取ることはできない。
「これ…何…」
恐怖に駆られた美咲は、再び病院に行こうとしたが、立ち上がることもままならなかった。やっとの思いでスマホを手に取ると、フォロワー数は9,800人に達していた。
「あと200フォロワー」
美咲は震える手でコメントを確認した。昨晩の投稿に対して、多くのユーザーが興奮気味に反応していた。
「『向こう側』って何?」
「@Misaki_23、本当に1万人超えるの?」
「怖いけど、続きが気になる…」
しかし、それらのコメントの中に、また奇妙なものを見つけた。
「@Misaki_23、逃げられないよ。あなたは選ばれたの」
送信者は「@Whisper_Admin」だった。
美咲は勇気を振り絞り、その管理者アカウントにDMを送った。
「あなたは誰?このアプリの正体は?」
すぐに返信が来た。
「私たちは『向こう側』から来ました。あなたの物語が必要なのです」
意味不明な返信に混乱する美咲。しかし、今は会社に連絡を入れなければならない。なんとかスマホを操作し、上司に体調不良で休むことを伝えた。
一日中、美咲はベッドの上で横になっていた。熱はなかったが、全身の力が抜けるような感覚がある。そして、背中の模様は時間とともに変化しているようだった。
夕方、ドアをノックする音が聞こえた。
「美咲、大丈夫?」
山田の声だった。美咲は驚いた。会社の同僚が家に来るなんて。
「ちょっと待って…」
やっとの思いでドアまで歩き、開けると、山田が心配そうな顔で立っていた。
「上司から聞いて心配になって。顔色悪すぎるよ、病院は?」
「行ったんだけど…特に異常はないって」
山田は美咲の部屋に入り、キッチンでお茶を入れながら話した。
「実は、私もナイトウィスパーやってるんだ。美咲のこと、フォローしてるよ」
美咲は凍りついた。
「え…いつから?」
「最初から。実は私が莉子のふりをして、アプリのこと教えたんだ」
混乱する美咲。山田が莉子のふりをした?そんなはずはない。確かに莉子と会った記憶がある。しかし、写真には一人でいる自分の姿しかなかった…
「どういうこと…?」
山田は不気味な笑みを浮かべた。
「美咲の物語、素晴らしいよ。特に昨日の投稿…私たちの存在について触れ始めたね」
美咲は後ずさりした。山田の目が、一瞬赤く光ったような気がした。
「あなた…誰?」
「大丈夫、怖がらないで。あと少しでフォロワー1万人よ。そうしたら、あなたも『向こう側』で物語を紡ぐことができる」
美咲は恐怖で声が出なかった。山田は彼女のスマホを手に取り、ナイトウィスパーのアプリを開いた。
「今夜の投稿、楽しみにしているわ」
そう言い残し、山田は部屋を出て行った。ドアが閉まる音がした後、美咲はようやく息を吐いた。幻覚だろうか。いや、確かに山田はここにいた。でも、あの不気味な笑顔は山田のものではなかった。
震える手でスマホを確認すると、フォロワー数は9,900人になっていた。
「あと100フォロワー」
恐怖に駆られた美咲は、アパートを出ることにした。どこでもいい、このアパートから逃げなければ。しかし、玄関のドアを開けると、そこには真っ暗な闇が広がっているだけだった。まるで、建物全体が虚空に浮かんでいるかのように。
「なんで…」
パニックになりながらも、美咲は別の方法を考えた。スマホを破壊しよう。キッチンからハンマーを持ってきて、スマホを叩き壊そうとした。しかし、ハンマーがスマホに触れる直前、彼女の背中から激痛が走った。
「痛っ!」
美咲は床に倒れ込んだ。背中の模様が燃えるように熱くなる。鏡で確認すると、模様は明らかに変化していた。今や、それは人の顔のような形に見える。何人もの顔が、彼女の肌に浮き出ているようだった。
午前3時が近づいていた。美咲はもう抵抗できないことを悟った。スマホを手に取り、最後の投稿を準備した。
「私は発見してしまった。ナイトウィスパーの真実を。このアプリは『向こう側』からの使者。物語を求めている存在たちが、私たちの世界に接続するための窓口なのです。フォロワー1万人に達すると、あなたは物語そのものになる。私の時間はもう少し。次に姿を現すとき、私は新たな都市伝説になっているでしょう…」
午前3時、美咲はその投稿を送信した。送信と同時に、部屋の電気が消え、暗闇に包まれた。そして、スマホの画面だけが赤く光り、最後の通知が表示された。
「フォロワー10,000人達成。おめでとう、@Misaki_23」
次の瞬間、美咲の意識は闇に溶けていった。
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