第8話 光る砂
果実を絞ってできたジュースを飲み終えたたリュートは、まだ帰る気配のないルミアスに視線を向けた。
「他にはどんな魔法を使えるの?」
ずっと聞きたかった質問をしてみれば、ルミアスが片方の眉をわずかに跳ね上げる。
攻撃魔法と生活魔法しかこの世界にはないと伝えれば、ルミアスはそのことをすっかり忘れていたらしく、そういえばそうだったと納得したような表情を作る。
「まぁこの世界の奴らにとったら珍しいものばかりだろうよ。だが全部は教えてやれないな」
魔法の才能があり、なおかつ原理を理解できれば、実際に見せたりどういった魔法かを教えただけで再現できてしまう可能性が高いのだという。
過去にもそういった人間が、極小数だがいたようだ。
「教えてもらっても僕は使えないのに?」
ルミアスには早々に、リュートの魔力が欠片ほどしかないことを見抜かれている。
教えてもらったところで、使用することができないと分かっているはずなのに、何故なのだろうかと疑問が浮かぶ。
誰かに口外しようという気持ちは少しもないし、誰かに喋ることもない。純粋に好奇心からの質問だった。
そこにやましい気持ちは少しもない。
不満げにしていれば、ルミアスが頭を掻きながら、仕方がないとばかりに話してくれた。
「何かの拍子にロマリオに喋っちまう可能性がゼロではないだろう? まぁ知ったところで奴にも、その息子にも、悪魔が使う魔法を使用できるまでの魔力量がないけどな」
「だったらなんで?」
「んー? 男は多少の秘密があった方が格好いいってもんだろう?」
おどけたように笑って見せるルミアスに、リュートは思わずわずかに頬を膨らませ、抗議の意味で軽く睨んでしまう。
そうしていれば、席を立ったルミアスが、リュートの機嫌を取るように頭をぐしゃりと撫で回した。
その行動が嬉しくないわけではないが、他の魔法を見せてくれないことにわずかに不満を覚えてしまい、それがすぐには消えてくれなかった。
「なんだ、今日は随分と子供みたいに拗ねるじゃねーか」
自分でも子供じみていると思っているが、どうしても父と母のことを思い出してしまい、幼き頃の自分の感情に引っ張られてしまう。
自分でも制御できないその感情に、わずかなイラつきを覚えていれば、目の前にしゃがみこんだルミアスが苦笑する。
「しょうがねぇなぁ。ほら、これでいいか?」
視線を向ければ、何もない掌がくるりと回され、綺麗なオレンジ色の花が姿を現した。
細長く小さな花弁の花の茎を持ち、左右にゆらゆらと揺らしたかと思うと、リュートの目の前に差し出される。
その花を取ろうとすれば、スイっと簡単に遠ざけられてしまった。
貰えるわけではないのかと少し肩を落とせば、ゆらゆらと揺らされた花が、ルミアスの手に覆い隠されると、そのままぐしゃりと握り潰されてしまう。
手から出ていた茎はだらりと垂れ、冷たい石床の上にポタリと空しく落ちていった。
その様を目で追っていたリュートは、一体何がしたいのかとルミアスに目を向ける。
すると彼はニンマリと笑みを深めたあと、握りこんでいた手を開く。
そこにはあったのは、無残にも握り潰された花ではなかった。
あるのは淡くオレンジの光を放つ砂だ。
「これはなに?」
「まぁ見てろって」
手のひらにふっと息が吹きかけられると、キラキラと光る砂が一筋になってリュートの周りをゆっくりクルクル揺蕩いだした。
「……わぁっ!」
薄暗い部屋で揺蕩う光る砂はとても幻想的で、リュートはすぐに目を奪われた。
指揮者のように軽く腕を振るうルミアスに合わせて、光る砂がまるで意思を持つように動く。
飽きずに暫く目で追っていれば、途端に光が消えてしまった。
先程よりも部屋の中が暗く感じてしまう。
もっと見ていたかったと寂しく思っていれば、再びぱっと光が瞬いた。
光る砂が集まると、大小さまざまな蝶々に姿を変え、今度は不規則にリュートの周りをぱたぱたと飛び始めたのだ。
飛んだ道にはキラキラと光る砂が美しく散り、軌跡を作る。
「わぁっ!! る、ルミアス、すごいっ!」
年甲斐もなくはしゃぎ砂の蝶と戯れるリュートに、ルミアスが満足げに笑いながら声を上げた。
「まだまだこんなんじゃないぞ?」
指を振れば蝶々達が一つに固まり、きゅるきゅると回る球体になったかと思えば、今度は大型の鳥に姿を変えた。
羽を広げた姿は雄々しく、悠々と広くはない部屋を旋回してくれる。
「腕を出してみな」
「こ、こう?」
言われたとおりに腕を伸ばしてみれば、旋回していた砂の鳥が止まり木を見つけたと言わんばかりに、スイっと腕に降り立った。
砂の鳥の大きさから、着地の重さに耐えようとしたが、空中に砂が浮いている状態だからだろう、触れる感触があるものの、重さを感じることはなかった。
顔を覗き込めば、同じように首を傾げてリュートを見てくる。
その動きが可愛らしくて仕方がなかった。
触っても大丈夫だろうかと、恐る恐る空いている手で背を撫でようとすれば途端に飛び去ってしまった。
そしてまた回る球体に戻ると、今度は子犬に姿を変え、空中で尻尾を振りながら走り回る。
鳥は触れなかったが、あの子犬なら触れるだろうかと手がそわそわとしてしまう。
けれど砂の子犬は部屋の中を走り回るばかりで、リュートの傍に寄って来る気配がない。
「呼んでみればいい」
戸惑うリュートの背中に手を添えたルミアスが、大丈夫だからとトンと叩く。
「お、おいでっ」
意を決して呼んでみれば、砂の子犬が勢いよく振り向き、リュートの胸元めがけて一目散に駆けてきた。
思わず出した両腕の中に危なげなく飛び込んできた砂の子犬は、舌を伸ばして顔を嘗め回し始める。
さらさらと砂が軽く肌を撫でていく。
そのくすぐったさは、実際の犬に舐められた時とは違ったものだが、それでも動物と触れ合えることが楽しかった。
「ふふっ、あはは、くすぐったい!」
それから一通り砂の子犬と戯れていれば、ルミアスが終わりだとばかりにパチンと指を鳴らしてしまう。
さらさらと形を崩した砂の子犬は、ルミアスの手元に集まっていった。
「こんな魔法、見たことない。この世界には無いものだよ」
「これは悪魔が、子供をあやすときによく使う魔法だ」
いじわるそうな表情で言われたが、子供用の魔法であろうが何だろうが、リュートにとっては関係がなかった。
それほどに今見た魔法が素晴らしく、脳にその光景が染み込むほどだったからだ。
「すごく楽しかったし、それにとっても綺麗だった。ありがとうルミアスっ!」
素直にお礼を言えば、そんな言葉が返ってくると思っていなかったのだろうルミアスの目が一瞬見開き、バツが悪そうに逸らされる。
「はぁ……揶揄ってやろうと思ったのに調子が狂う。悪魔にこんなに素直な礼を言うのはお前くらいだよリュート」
「ふふふ、だって本当に綺麗だったんだもの。こんな素敵な魔法を見れる悪魔の子供が羨ましいな」
父の花火も華やかで派手な綺麗さがあったが、ルミアスが見せてくれた光る砂の魔法は、繊細さと儚さを伴っていて、淡い光がさらにそれを助長させる。
生きているかのような砂の姿も、見ていて飽きることがないだろう。
心の底から言えば、ルミアスが手元で遊ばせていた光る砂を、どこからともなく出した小瓶に詰め始めた。
全ての砂が小瓶に詰まれば、コルクでキッチリ栓をする。
どうするのかとみていれば、リュートに向かって差し出してきた。
「やるよ。この部屋はいつも暗すぎるしな」
ライト代わりに使うには淡すぎる光だが、それでもその柔らかな光があるのと無いのとでは大違いだ。
「本当にいいの? 誰かに見つかっちゃったら困るんじゃないの?」
「ん? あぁ、確かにそうだな」
次の瞬間、手にした小瓶がわずかに強く光ったが、特段変化を感じることはなった。
何か変わったのだろうかと首を傾げながら小瓶を目線の高さで見ていれば、隠匿の魔法を施したとルミアスがサラリと言う。
この世界にない魔法を教えたくないと言いつつ、あっけなく魔法を披露するルミアスに苦笑するしかできなかった。
隠匿の魔法は、対象者にしかその存在を認識することができなくなるものらしい。
「あ、一応瓶の中から砂を出すなよ? 出してもお前には操れないし、隠匿魔法事態は瓶にかかっているから、中身を出したらリュート以外にも見えることになる」
「分かった。大事にするね」
「そんな大層なもんじゃないんだけどな」
「そんなことないよ? 大体この世界にない物だし、それに……ルミアスから貰ったものだから」
今まで美味しい食事を沢山貰ってきた。
しかしそれらは食べたら当然消えてしまうし、残したとしてもルミアスがテーブルセットを消してしまえば一緒に消えてしまう物だ。
――でもこれは、ルミアスが初めてくれた残る物だから。
「ありがとう」
きゅっと胸元に小瓶を抱きしめながら再度礼を言えば、ルミアスが照れを誤魔化すようにリュートの頭を両手でぐしゃぐしゃと掻き混ぜたのだった。
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