第7話 悪魔の魔法
この世界にも魔法はあるが、ルミアスが使うような、何もないところから家具や料理を出すといった類いの魔法などは存在しない。
炎や水、草木や土を操ったりするのがこの世界での一般的な魔法だった。
その中で変化を加えることができる魔力量と、綿密なコントロールができると、攻撃魔法か使えたり、空に花火を打ち上げることができたりするようになる。
だがほとんどの人間は、生活魔法と呼ばれるような小さな魔法しか使えない。
それは暖炉や蝋台に火を灯したり、庭に水を撒いたり、土を掘り返したりといったものだ。
希少な光魔法というものも存在するが、その使い手は全て教会に身を置くことになっている。
光魔法は怪我を治すことができるという稀有な力だ。
魔力を大量に消費するだけではなく、とてつもない集中力を伴うことから、治癒を受けるには莫大な金銭が必要だった。
それ故に、常に彼らの治療を受けられるのは貴族ばかりとなっている。
平民は月に一度、解放日と呼ばれる時に限り怪我の具合によって金額は変わるが、少額で治療を受けれるようになっていた。
この世界のどこを探しても、ルミアスのような魔法を使える者はいないだろう。
大魔法使いと呼ばれ魔法伯の地位を得た初代コールド伯爵ですら、そんな魔法を使ったことなどないはずだ。
そんなことができていれば、必ず本に書き記されているはずだし、そうでなくとも人々の口を介して話が残っているはずだ。
リュートがロマリオに引き取られる前に家庭教師から学んだ中でも、好きで読んでいた魔法学の実用書の中にも、ルミアスが使用するような魔法は記されていなかった。
魔法学の本に記されている魔法は、生活に必要な生活魔法の使い方。
戦闘に使用する攻撃魔法や防御の魔法の使い方ばかりだ。
なによりも、使える人は多いが誰でも魔法が使えるわけではなかった。
魔力を有する者であれば生活魔法が使えるし、魔力量が多ければ戦闘魔法が使える。
しかしリュートには魔法を使えるだけの魔力が欠片も無かった。
コールド伯爵家の出である父親を持ち、母親も魔力を持っていて生活魔法を使えた。
だというのに、リュートにはそれらが少しも受け継がれなかったのだ。
別に無くて困るものではない。
魔力を持つ者も、持たない者も、同じくらいの割合で存在しているからだ。
ただ、魔法伯の称号を持つコールド伯爵家の本家筋だというのに、その力がないというのは多少周りから心無いことを言われたりすることはあった。
だがそれで心が荒むことはない。
使えないのは仕方がないことだ。自分以外にも魔法を使えない人間など五万といるのだから。
リュート自身、使えない魔法に夢くらいはみた。
家庭教師から魔法学を学んでみたり、屋敷にあった図書室から本を借りては読みふけったりもした。
何度となく両親に魔法を見せてほしいと頼み込み、母には簡単な魔法を、父には簡単な魔法に加え、戦闘に使用するような豪快で派手なものを好んで見せてもらっていたのだ。
今でも時折夢を見る。幸福で幸せに満ちた時間。
母が得意とした水の魔法は、毎朝庭に綺麗な虹を作った。
濡れた花と葉が朝日に煌めき、心地よい風とともに爽やかな香りを運んでくれる。
父が得意だった攻撃魔法は、リュートが見せてもらえる時には花火に姿を変えた。
星々が瞬く夜に打ち上げられる大小の魔法の花火。
頭上を鮮やかに照らすそれは、リュートだけの特別な魔法だ。
もし父親のように戦闘用の派手な魔法が使えたならば、こんな地獄に居続けることなどなかっただろう。
早々に逃げ出し、両親の知り合いに助けを求めるか、教会に駆け込み助けを求めたはずだ。
しかし現実にはリュートは運悪く神の加護はあれど、魔力は欠片も存在せず使用することができない。
ただ父親と同じくらい魔法が使えたら、高額だという魔法封じの魔法具をその身に取り付けられていた可能性が高いのだが。
そうなるとどのみち、今と変わらないのではないかと考えてしまうことも過去にはあった。
すっかり忘れていたことが、ルミアスが現れたことで再び頭に蘇ってきたが、リュートはそれを左右に頭を振って追い出した。
今は絶望の底に居ても、ルミアスが居てくれる。
陽気で悪魔らしからぬ優しさを見せてくれる彼が居れば、魔法を使えなくてもいつでも逃げ出せるのだ。
ただ今は、願いを叶えてしまうとルミアスが傍から離れてしまうことが嫌で、それを願わないだけ。
そして彼がバカンスを楽しめるように、傍に居てほしいと叶えて貰えないであろう願いを口にしないだけなのだ。
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