第25話 静寂を破る者たち
――警告。侵入者を検知。
その声は、唐突に脳内に響いた。
静まり返った夜の屋敷、その静けさを破ったのは、頭の奥で鳴り響く緊急通知音だった。
(……っ!?)
思わず跳ね起きそうになる身体を抑え、隣を見る。
エリスとミレーヌは、すやすやと寝息を立てていた。
(……ピンポイントで、俺だけ起こしたのか……)
このコンタクト、ほんとにすげぇな。
脳波制御による音声通話。周りの人を一切起こさず、持ち主にだけ警報を鳴らすとか、もはや未来技術だ。
(で、何が起きた?)
《報告。夜間監視モードにより、屋敷外周部にて不審な動きあり。
高高度ドローンおよび衛星画像を照合、複数名の侵入者グループを確認。》
(マジかよ……)
私は息を潜めながら布団から抜け出す。
寝息を立てる二人に、そっと布団をかけ直すと、部屋を出た。
(武器……倉庫までは遠いな……)
すぐそばの掃除道具棚を開け、使えそうなものを物色する。
「……せめて金属バットでもあれば……あったのは箒だけか……」
握り心地を確かめながら、私は音を立てないように廊下を進んだ。
(まずは、連中の動きを確認しないと……)
屋敷の西棟へと向かう途中、オラクルの声が再び響いた。
《警戒レベル上昇。対象の行動パターンは侵入を目的としたもの。
クリアランスレベル2、制限解除申請中……許可。》
《戦術支援モードに移行。
リアルタイム衛星映像および高高度ドローンからの赤外線データを投影開始》
(……この状況で、これは心強い)
目の前に、仄暗い廊下と重なるようにして透過表示された夜の俯瞰マップが現れる。
赤く光る点が、敷地外から屋敷の壁沿いに忍び寄ってくるのが見えた。
《対象までの距離:およそ36メートル》
(……近いな)
私は箒を手に、壁沿いに静かに歩を進める。
「さて……まずは顔を拝ませてもらおうか」
そう思った、その瞬間――
マップ上に、突如として新たな熱源が出現した。
侵入者の背後、まるで空間から染み出るように現れたその影は、動き出すと同時に――
一人目
二人目
三人目
静かに、だが明らかに熟練の動きで、侵入者たちは音もなく“処理”されていった。
(……なんだ、あれ……?)
私はごくりと息を呑む。
無意識に物陰へと身を隠し、その場を見下ろす。
そこにいたのは――
「……メイド長……?」
きちっとしたメイド服とまったく合わない装甲が付いたタクティカルグローブ。
月明かりを受けたその横顔は、昼間の優雅な“メイド長”ではなく、戦場の空気を纏った“プロ”のそれだった。
その足元には、静かに気絶した侵入者たちが並ぶ。
風が吹き、髪が揺れる。
蓮見 静華は、ゆっくりと視線を上げ――そして、ふとこちらを向いた。
「……そこにいるのは、誰です?」
一切の迷いなく、鋭い声が飛ぶ。
私はその場で、息を止めた。
(……見つかった……!?)
蓮見メイド長の声は、昼間とはまるで違う、鋭く冷ややかなものだった。
私は反射的に一歩、後ずさった。
その一歩すら、軋みがやたら大きく響いた気がする。
(やばい、完全に見つかった……!)
《警告。攻撃予兆を感知。左へ緊急回避を――今すぐ!!》
オラクルの指示に、迷っている余裕はなかった。
私はとっさに体をひねり、横に跳ぶ。
ガキィン!
甲高い音が背後で鳴った。
私がいた場所に、鋭い刃が突き立っていた。
「っ!?」
見ると、そこにはエレンとエレーヌ――二人が、剣を構えていた。
「……総華ちゃん!? なんでここにいるの!?」
「まさか、侵入者じゃ……」
そして、私の背後――
無音でいつの間にか立っていたのは、蓮見 静華。
その手には、無造作に吊られたタクティカルグローブ。
無言のまま、私を見下ろしていた。
(ああ、これ、完全に詰んだやつ……)
メイド長の視線が、じっと私を射抜く。
そのまま一歩、私の方へ。
「説明していただけますか。霧島さん。――これはどういう状況です?」
私は一瞬、言葉を失った。
その沈黙を、助けたのは――
《進言:任務の機密保持を最優先と判断。
真実の開示は任務遂行に重大な影響を与える恐れあり。》
(同意。……だったら、乗り切るしかない)
「オラクル。うまく合わせて」
《了解》
私は、三人に向き直り、軽く息を吐いた。
「……隠してて、ごめん」
「え?」
「私、実は――予知系の能力者なんだ。」
その言葉に、エレンとエレーヌが顔を見合わせ、蓮見メイド長の表情がわずかに揺れた。
「予知……?」
「うん。完璧なものじゃない。断片的に、場面の一部だけが見えるような、曖昧なやつ。
でも、それのおかげで、今までもいろんな場面で、少しだけ先を知ることができて……」
《補足情報生成中――近々の出来事を元に、映像解析完了。》
オラクルが、視界の端にうっすらと投影する。
「……たとえば、エレン。屋敷に来る途中、一回階段で足、滑らせかけたよね?」
「っ……!? な、なんでそれ……」
「ミレーヌは……なにか能力使ったよね? たぶん感知系の能力とか?」
「……気づいてたんですか?」
「いや、見えただけ。……ぼんやり、ね」
「じゃあ、私は?」
「蓮見さんは……何もないところから、出てきた。
まるで空間からにじみ出たみたいに、たぶん転移系の能力かな。」
しん、と空気が静まる。
彼女たちの顔には、確かに“信じたい”という色が浮かんでいた。
「だから……隠してて、ごめんなさい。でも、この力って、便利に見えて、結構キツいんだよね。
未来が見えるからこそ……助けられなかったこともあるし。外れることもあるし。信じてもらえなかったことも、何度もあった」
私は、少しだけ顔を伏せた。
「……でも、私はここのみんなを守りたい。役に立ちたいって思ってる」
静かに、でもはっきりと――そう言った。
次の瞬間。
「――そっかぁ!! 大変だったんだね!!」
「…………っ」
エレンとエレーヌが、両側から飛びついてきた。
《感動です。演技力が想定以上。俳優としての適性、非常に高いと評価します》
(黙ってて!!)
蓮見メイド長は、しばらく沈黙していたが――
ふっと、ほんのわずかだけ口元を緩めた。
「……今後、その“予知”の力が必要になるかもしれませんね」
「……はい」
こうして私は、最大の危機を“うまいこと”乗り越えた。
でも――
屋敷を狙った侵入者の存在。
まだ、この屋敷には秘密がある。
(その中に、俺も――いや、“私は”どう踏み込むべきなんだろうな……)
夜の風が、木々を揺らす音が、微かに耳に残っていた。
世界を変える少女と無能力のエージェント くるとん @kuruton3600
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