第2.5話





  ◇



 雪澄が執務室を出てすぐ、車の手配のため、先に動き出したのは間宮だった。


「ねえ間宮」


 引き留めたのは貫田で、間宮は表情を変えないまま貫田に視線を移す。


「見ての通りさ、雪澄さんは奥さんにぞっこんなんだよね」

「……そうですか」

「可愛い夫婦でさ。俺、結構ファンなの。だから誰にも邪魔されたく無いんだけど――」


 貫田には一つ、心当たりがあった。雪澄の最愛の妻である百合子の元気がなくなった、その時期に。変なところで鈍い己の主はちっとも気づいていないようだが。


「百合子さんからお弁当受け取ってくれたの、間宮なんだよね?」

「はい」

「その時、何か変なこと言った?」


 間宮は仕事もせず、女の武器だけを振り翳して雪澄に近づくような愚かな女性たちとは違う。しかし忠誠心が強すぎる一面があり、その心の内に微かな恋心を秘めていることを、貫田は見抜いていた。


「思ったことを言ったまでです」


 ここで誤魔化さないところがまだ若い。

 微かに口許を緩めて、貫田は間宮を見た。


「まあ、その思ったことが本当に正しかったのか、もう一度考えてみてよ」


 幼い頃から知っている貫田の前では緩んでいるが、基本、雪澄は公私混同をしない。


 であればこそ、間宮にとって先ほどの雪澄の発言は衝撃だっただろう。


 悔しげに黙り込んだ間宮を置いて、貫田はその場を後にする。


 聡い彼女であれば、自分の過ちをきちんと自覚してくれるだろう。そう願って。







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