第2話





 広くてハイテクで快適な、なんの不満もないお家だけど、ずっと閉じこもってばかりだとどうしても気が滅入る。


 特にこんなよく晴れた日は、お散歩するに限るのだ。


 でも、なんだかちょっと……。


「……っ」


 一瞬視界が眩んで、歩道の端っこで立ち止まる。


 日傘を差しているとはいえ、九月の東京はまだまだ暑い。日焼けを気にしすぎるあまり厚着にしすぎたかもしれない。そう思いながら、眩暈が治まる前に動き始めたのが悪かった。


「あっ……」


 ふらついた足が、ちょっとした段差に躓く。そのまま身体がぐらりと傾いて、私は次に訪れるであろう衝撃に備えて目を瞑った。


「おっと」


 しかし私の体がぶつかったのは硬いコンクリートではなく――温かくて逞しい、誰かの腕だった。


「大丈夫すか?」


 誰かの影が降って、陽射しが遮られる。日傘はよろけた拍子に手から離れてしまっていた。


「あれ」

「……すみません」


 急いで離れないと。そう思うのにすぐには動けなくて、一度ゆっくり目を閉じてから、抱き止めてくれたその人の腕から抜け出す。


 改めてお礼を言おうと顔を上げて、あれ? と思った。なんだか、見覚えがあるような気がして。


 こちらを見つめる柔らかなブラウンの瞳。お互い無言のまま見つめ合う奇妙な時間が続いて、戸惑い始めたところで、男性がスッとしゃがみ込んだ。


「本屋さんに寄ってたんですか?」

「え……あ! す、すみません」


 持っていた荷物も落としてしまっていたみたいだ。

 彼の推察通り、書店に寄った帰りだった。飛び出た書籍を丁寧に袋にしまって「どうぞ」と渡してくれる。日傘まで拾ってくれて、申し訳ない限りだ。


「助かりました。本当にありがとうございます」

「いえいえ。……あの、俺のこと覚えてます?」

「え?」


 パチリと瞬く。


 その人は、人懐っこい犬のように笑って見せた。


「雪澄さんの奥さんですよね」


 そこでようやく思い出す。


 雪澄さんと出会ったあの日――お見合いの日に、雪澄さんと一緒に来ていた人だと。




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