第2話 桜と再会と
竜美ヶ丘高校は、名前の通り竜美ヶ丘と呼ばれる丘の中腹にあり、最寄駅からも比較的近い距離にあった。
駅の図書館側ではないほうの出口から出て、そこそこ勾配が急な坂を真っ直ぐ上るだけ。
今日は入学式ということもあり、自分と同じ真新しい制服を着ている生徒が大半だった。
しかし、それらのほとんどが親か友人と共に歩いており、友人どころが知人すらほとんどいないわたしはまだ学校についてもいないのに浮いてしまっていた。
「あの子誰?」
「見たことない子だよね、どこ中だったんだろう。」
そんな声が耳栓越しにも聞こえてくる。
どうにかして校舎の入り口に辿り着いたわたしに再び新たな試練が待ち受ける。
昇降口にはクラス分けの貼り紙が貼られており、そこに沢山の一年生が集まっていたのだ。
どうにかして少し離れた位置から青柳唯の名前を1-1の一番上に見つけ、できるだけ周りの声に耐えながら昇降口に入っていった。
「あおやなぎさんって誰かな?」
「なっちゃんも知らないの?」
聞くと「あおやなぎ」と読み間違えられている。
しかし、わざわざ訂正するのも面倒だ。
何なら小学時代からそう読み間違えられていた。
「……ここかな?」
教室の扉の上には1-1と書かれている。
扉を開けて、教室の中に入る。
そうすると、周囲の視線が一度に集まり、すぐにまた元に戻る。
あれはどんな視線だろう。
周囲の友達との再会を祝うために教室のドアに意識を向けていたのか、それとも全く知らない名前への警戒心か。
わたしは昔から教室の空気が苦手だった。
周囲が自然と友人のもとに集まることが自然となる空気。
他者とのコミュニケーションを強制される空気。
わたしは改めてここが実家から直線距離で300キロ離れた未知の場所であることを思い知らされたような奇妙な感覚を味わった。
そして、その奇妙な感覚と周囲にあふれる音から身を守るために、体を縮めて時が来るのを待った。
しかし、高校の入学式という日に教室で待機を選んだのが間違いだった。
本気で時間をつぶすなら、トイレにでも籠ってればよかったのに。
「あおやなぎさんだっけ、どこ中から来たの?」
わたしよりすこし明るい髪色の女子から声をかけられる。
周囲の視線がこちらに集まり、どこからともなく「お前も知らないの?」とかいろんな野次まで聞こえてくる始末だった。
逃げようにも逃げられないので、観念して口を開く。
「駒央中です。」
何かぶっきらぼうな答えになってしまった。
しかしそれを聞いた女子はサッとスマホを取り出し、検索を始めようだ。
「えっ、茨城県!?」
周囲からのざわめきが聞こえる。
憎きわたしの耳は、耳栓越しでもそのすべてを聞き取った。
「なんかの間違いじゃないの?」
「だから一人で歩いてたのか。」
「なんかの事情でもあるんじゃないの?」
その他もろもろ
しかし、このくらいは想定の範囲内だ。
「何かあったの?引っ越しとか?」
確かにそれも想定内だった。
だが、答えたくない問でもあった。
ようやく自分でも過去の出来事にできそうだったのだ。
どうにかして引き出した無難な答えを返す。
「そう、父さんが転勤でね。」
その場こそ切り抜けはしたものの、三月の彼女のおかげで埋没しかけた傷が再浮上したことで、わたしの胸は再び痛みの声を上げ始めていた。
なんとか引っ越しの理由を誤魔化してから大体1時間。
入学式が始まり、300キロ離れてもつまらないものはつまらない校長先生の話やらよく知りもしない新入生代表やらのスピーチを聞き続けていた。
いい加減耳栓での防御にも限界が訪れ、酸欠との相乗効果か少しずつ意識が薄れてきたその時だった。
「次は、在校生代表、芹沢春さんよろしくお願いします。」
「はい。」
その名前にはもちろん聞き覚えはなかった。
しかし、答えた声には、聞き覚えがあった。
そして、ゆっくりと登壇したその人をわたしは知っていた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。」
その声と姿はまさしく、3月に出会ったあの人そのものだったのだ。
入学式が終わって早くも1週間が経とうとしていた。
あの時、入学式で見つけたのは絶対に3月の彼女である。
そう思って2年生の教室なども探してはいるものの、姿が見えない。
そんなことをしている間に、クラスでは大まかなグループが形成され、いつの間にかわたしはグループに入ってない溢れ者になっていた。
あの人を探すついでに外階段でひとりで昼食を食べているわたしが悪いと言われれば否定はできないのだが。
今日は昼食のあと、部活練の方を探してみようか…
そんなことを思って4限目終了のチャイムを聞き流し、席を立とうとしたとき、教師に呼び止められた。
「青柳、昼休み教務室に来い。」
何かやらかしたか?
まさか耳栓の話か?
ありえない、入学前に話は通してあるはず…
しかし、そんな話を「自分は認めない!」と言って文句を言ってくる人間がいるのも事実だ。
事実、中学の時それで一回トラブルを起こしている。
「めんどくさいことは、早めに片付けるに限る。」
これも母さんの言葉だ。
それに従って、わたしはお昼ご飯の入った袋を持って教務室へと向かった。
わたしが向かった教務室にいたのは、担任の先生ともう一人。
「久しぶり、青柳さん。」
「お久しぶりです。せ、芹沢先輩。」
そこにいるのは、確かにあの人だった。
「なんだ、青柳と芹沢は知り合いなのか。」
「なら、俺じゃなくて直接話に行けばいいのに。」
「珍しく芹沢が相談しに来たから何かあったのかと思ったのに。」
そんなことを言いながら担任は手をひらひらと振った。
「さあ、行った行った。俺はこれから飯食うんだから。二人で話したいなら部室行け。」
やはり昼休みに教室にいなかったのは部室に行っていたからだったらしい。
わたしは芹沢先輩と共に教務室から出ていった。
「ごめんね、こんな呼び出し方しちゃって。」
「教室に直接呼びに行こうかなとも思ったんだけれども、騒ぎになるような気がして。」
確かにそうだ。2年生で在校生代表を行なった才媛がわたしのような茨城から来た事以外正体不明の謎生物を直接呼び出したなんてことがあれば嫌でも注目を浴びるだろう。もしわたしがクラスの人達の立場なら確実に騒いでいる。
「むしろ助かりました。でも、先生に呼ばれた時は何をやらかしたのか心配になりましたけど。」
「でも、何のためにわたしを呼んだんですか?」
今の教師との会話を見る限りでも、彼女には友人や信頼できる相手が数多くいるはずだ。
それなのに、なぜわたしを?
「それはね…」
彼女は廊下の端で止まり、扉の隣に付けられた看板を見る。
そこには、"地域探求部"と書かれていた。
「青柳さんをここに招待したかったの。」
「静かな場所だし、何より私はこの場所が大好きだから。」
「ほかにやりたい部活があるなら強制はしないけれど…どうかな。」
その扉を見ながら、わたしは思案していた。
ここまでしてくれるなんて、思いもしなかったから。
本来の目的では、高校卒業まで死体のようにそこに居るだけの生活を送るつもりだったのだ。
やれることがあるのは、素直に嬉しい。
それに、芹沢先輩がわたしを誘ってくれているという厚意を無駄にしたくなかった。
「…わかりました、やれるだけ、お手伝いします。地域探求部。」
その言葉を聞いた芹沢先輩は、大輪の花か、校庭に咲く桜のような笑顔を浮かべた。
「ありがとう。本当はお節介なんじゃないかって心配だったの」
「改めて自己紹介するね、私は芹沢春。これからもよろしくね。」
「わたしは…青柳唯。よろしくお願いします。」
興奮からか頬を赤く染めた彼女から差し出された手を握る。
安心するような、眠くたくなるような。
そんなじんわりとした熱を感じた。
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