【長編】白い魔法棒と赤い石

G3M

第1章 離婚

第1話 荷造り

 春美は日付が変わっても終わらない荷造りの手を止めた。部屋を出て、兄の隆文の部屋のドアをノックした。返事がない。もう寝ているのかと思い、ドアを開けて暗い部屋の中に入った。ベットは空だった。


 仕方なく廊下に出てドアを閉めた。母の部屋のドアが少し開いていて、光が漏れていることに気がついた。几帳面な母にしては珍しいと春美は思った。


 母の部屋に兄がいるのだろうか?春美はそっとドアの隙間を覗き込んだ。


「もう二度と会えないっていうことじゃないのよ」と母の声が聞こえた。「また会えるから」


 母が兄の肩に手を置いて兄の顔を覗き込んでおり、兄が鼻水をすすっている。また泣いているのだろう。母が困った顔をしている。


「ぼくも母さんについていく」と兄の声。


「だめよ。わかってるでしょ。あなたはこの家の跡取りなのよ」と母。


「そんなこと、どうでもいい」と兄。


「ダメなものはだめよ」と母。「何度も言ってるでしょ」


「それなら、会いに行くから」と兄。


「それもだめよ」と母。「あなたのためにならないわ」


「どうして?」と兄。


「私はこの家の人間ではなくなって、あなたに関係なくなるからよ」と母。「あなたは勝手に外に出られない、特別な存在だからよ。わかってるでしょ」


「何があってもぼくは構わないよ」と兄。


「母さんが怒られるわ。あなたの来ることができない、どこか遠い所へ連れていかれてしまうわ」と母。


 兄の鼻水をすする音がしばらく続いた。


「隆文」と母が急に優しい声で兄に呼び掛けた。「お母さんのことが好きかしら?」


「好き」と兄。


「お母さんも隆文のことが好きよ」と母。「だから、お互いに大切なものを交換しましょう。それをまた会う約束にするのよ」


「どういうこと?」と兄。


「もう一度会って取り戻さないと困るものをお互いに預かるのよ」と母。「信頼していないとできない、再会の約束よ」


「本当にまた会える?」と兄。


「もちろんよ」と母。


「ぼくは何を渡せばいい?」と兄。


「あなたの短いほうの魔法棒をちょうだい」と母。


 兄は少し驚いた顔をした。それから、シャツの中に左手を入れて首から下げている白い棒を取り出し、紐を歯で引きちぎって母に渡した。母は棒を受け取ると下着に引っ掛けた。代わりに自分の首にかけていた、大きな赤い石の付いたネックレスを外して兄の首にかけた。


「私の命をあなたに預けるわ」と母。


 兄はこくりと頷いた。兄が母の胸に抱きつき、母が兄を抱きかかえた。


 母は兄をベットに寝かせた。母親のうめき声がしばらく続き、静かになった。


「今日はここで寝なさい」と母の声が聞こえ、電気が消された。


 春美は呆然としながら、自分の部屋に戻りベットに倒れこんだ。

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