第2話 あんただけのアイドルに

 〈五月ばれ〉ちゃんが、薬の種類とか、どれが甘くて、なにが檄マズで、これは飲んだ後に気分が悪くなるとかを取材している。

 俺はそれをまた激写しているんだ、もちろん、ローアングルも忘れたりしない。


 「ふふっ、どスケベな、あんたのことだから、予測はついていたわ。 じゃーん、今日はスパッツをはいてます。 これなら見られても平気よ」


 〈五月ばれ〉ちゃんはスカートを自分でめくり上げて、黒いスパッツを見せつけてくる。

 くっ、そう来たか、だけどこれはアイドルあるあるだよな、アイドルの標準装備だと思う。


 だけど、今日の取材相手は長期入院のためか、アイドル免疫がいちじるしく低かったらしい。

 顔を真っ赤に興奮させて、〈五月ばれ〉ちゃんのガリガリの太ももを凝視しているぞ。


 「きゃっ、そんなに見ないでよ」


 「おぉ、良いものを見せてもらいました。 ありがとうございます」


 「どういたしまして、つまらないものですよ」


 「パシッ」


 「うっ、痛い」


 「こら、あんたがどうして、私の下半身をつまらないって言うのよ」


 「つまありましたっけ? 」


 「つ、つま、ってなによ」


 「あははっ、やっぱり息が合っているね。 夫婦漫才で直ぐにデビューが出来ると思うな」



 こんな風にバカばっかりやっていたら、病院の廊下を歩いている時に、中年のおばさんに呼び止められしまった。


 「本当にありがとうございます。 うちの息子は、あなたとさくらさんに、救われたといつも話しておりました。 孤独だった息子に、笑いと、そしてお友達になってくれたのですね。 病室でそれは嬉しそうに、生まれてきて良かったと言ってくれました」


 瞳に涙をにじませて話す、おばさんに、僕は「残念です」としか言えなかった、何が残念なんだろう、僕が残念に決まっている。


 それから、もう二人の旅立ちに、僕はまた「残念です」と答えた、そして〈五月ばれ〉ちゃんはベッドから動けなくなってしまった。


 当たり前だけど、アイドルごっこも出来なくなった、青かった顔はもう青くない、土色に変わっている。


 他にする事が無くなった僕は、アイドルの寝室に突撃レポートを敢行かんこうすることにした。

 看護師さんの巡回する時間をぬって、〈五月ばれ〉ちゃんの病室に忍びこむんだ。


 病室で僕は〈五月ばれ〉ちゃんのお腹に手をあて、ヒールなのか、回復スキルなのか、神秘の力なのか、何か分からないけど、チート能力を死にもの狂いで発動する。


 医学の知識が全く無い僕にも、このままでは〈五月ばれ〉ちゃんが長くないことが、ハッキリと分かったからだ。


 〈五月ばれ〉ちゃんは、僕が直接肌に触れているのに、パシッと頭をはたかない、それどころか怒ることも出来ないみたいだ。


 トラックにひかれたのだから、必ず僕には、チートがあるに決まっている。

 神様は出て来なかったけど、神様は僕に与えてくれたはずだ。


 来る日も来る日も、僕が退院した後も、短い時間だけど、僕は〈五月ばれ〉ちゃんのお腹に念を注入し続けた。


 「うっ、スケベ、下すぎ」


 あっ、〈五月ばれ〉ちゃんが声を出してくれたぞ。

 だけど、〈下すぎ〉ってなんのことだろう、あっ、いつのまにか、僕の手がデリケートな場所に近づいていたんだ。


 いけない、僕は慌てて手を上の方へずらした。


 「くっ、胸に。 もういい」


 がっ、良くないぞ。


 〈五月ばれ〉ちゃんは〈もういい〉と言った、だけど、生きる事をあきらめちゃいけないんだ。


 俺はこれまで以上に手に力をこめた、手が熱くなるほどの最大パワーだ。

 最大パワーを一週間ほど続けていると、〈五月ばれ〉ちゃんに変化が訪れた。


 「うぅ」


 最初はうめき声だ。


 「あぁ」


 次は苦しそうな声だ、頑張れ〈五月ばれ〉ちゃん、僕も負けないぞ。

 そして、とうとう意味がある声を出してくれた。


 「私の体をおもちゃにするなー」


 僕はハッとして、〈五月ばれ〉ちゃんの顔を見た、土色の顔が少し赤くなっている。


 今が大チャンスだ、僕の命の息吹を分け与えるんだ、生命エネルギー的な、人工呼吸的なものが必要なんだ。

 僕は〈五月ばれ〉ちゃんの口から、僕の生命エネルギーを、ふぅーと吹きこんであげる。


 〈五月ばれ〉ちゃんは、つぶらな瞳をグルングルンと回して、自分と異なった生命エネルギーの奔流ほんりゅうに耐えているらしい。


 だけどまだまだだ、僕はどうなっても良い、ありったけの生命エネルギーを吹きこむんだ。

 〈五月ばれ〉ちゃんの顔は、見る見る赤みがさし、そしてこう言った。


 「いやぁ、こんなのひどい。 ファーストキスなのに、息をはかないでよ」


 〈五月ばれ〉ちゃんが叫んだので、僕は看護師さんに見つかり、婦長さんや沢山の人にコッテリと怒られた。

 〈五月ばれ〉ちゃんのご両親が、「まあまあ」と言ってくれなかったら、大事件になっていただろう。


 当然ながら、もう〈五月ばれ〉ちゃんとは会えなくなってしまったが、なぜか〈五月ばれ〉ちゃんはドンドンと回復していったらしい。


 起死回生の僕のチート能力が、発揮されたに違いない、トラックにひかれた甲斐かいがあったと言うもんだ。


 「娘に奇跡が起こったんだ。 これも君の愛のおかげだ。 改めて愛する事の素晴らしさを教えてもらったよ。 本当にありがとう。 娘に愛を与えてくれて、ありがとう」


 〈五月ばれ〉ちゃんのご両親は、大きく勘違いしているよ、チート能力なのにな。

 ただ、チート能力は他人に知られてはいけない、黙っていよう。




 〈五月ばれ〉ちゃんも退院出来て、僕と二人でカラオケボックスに来ている。

 歌の練習としては、ありだと思う。


 だけど、自分だけが歌い、僕には歌わせてくれないんだ、僕にはアイドルは無理だと言いたいのだろう。

 ふん、僕はなる気は無いんだぞ。


 「僕も歌いたいよ」


 「ダメよ。 あんたが歌うと私の音程がぐちゃぐちゃになるの。 それよりも、私が歌っているのを見ていなさいよ」


 「えぇー」


 「不服なんじゃないでしょね。 私が歌って踊っているんだから、それで満足でしょう? 」


 「うぅ」


 たしかに、短いスカートからのぞいている太ももは、もうガリガリじゃなくて、ムッチリしてきたし、小さすぎたおっぱいは、僕のハーレムに入れてあげても良いほどの大きさに変わっている。


 顔も青くなくなったから、〈五月ばれ〉ちゃんって言う芸名も、返上しなくてはならないだろう。


 当面の問題は、カラオケボックスで歌わないと、とても暇だと言う事だ、だから僕はスカートめくってみる事にした。

 すごくヒラヒラとしてたからだ、少年の衝動か、猫と同じで動物的な本能なんだろう。


 それにどうせ、スパッツをはいているからな。

 なんてことはない悪戯いたずらだ、歌わせないヤツが悪いんだ。


 「きゃー、エッチ。 急になにをするのよ」


 スパッツは、はいていなくて、〈五月晴れ〉のような青だった、名前に合わせたコーディネートなんだな。


 「えぇっと、スパッツをはいていると思ったんだよ」


 「はぁ、デートなのに、そんなの、はいてこないわよ。 あんた、バカなの」


 「バカだと思う」


 僕は一回しか使えないチート能力を、〈さくら〉に使ってしまった、でもそれで良いと思う、大正解だったに決まっている。

 目の前でプンプン怒っている、女の子の顔は健康なピンク色だ、青い顔はもう見たくない。


 「やっと気がついたのね」


 「そうだな。 でも後悔はしていないよ。 青からピンクだからな」


 「ひぃ、なんてスケベなの。 次のデートはピンク色をはいてこいってこと? 」


 「僕もバカだけど、〈さくら〉もバカだな」


 「あっ、まともな名前で呼んでくれたね。 うふふっ、あんただけのアイドルになってあげようか? 」


 「うーん、それよりも漫才の相方あいかたが良いんじゃないのかな。 お笑いの方が向いていると思うよ」


 「はぁー、それはあんたの方よ。 このバカ」


 「バカですみません。 あははっ、お後もよろしくお願いします」


   ― 完 ―

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ハーレムにあこがれ、トラックにひかれ、アイドルの卵は死にかけていた 品画十帆 @6347

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