第18話

あの日……想いを打ち明け合い、愛を交わした夜が明けて。

 隠していた縄の痕を見つけられた鈴は、咄嗟に、弟と“忍者ごっこ”で縄抜けをしたせいだと話した。

 幼い弟が忍者になりたいと言っていたのは本当だったが、縄の痕と傷の真相は言えなかった。

 でも、鈴が嘘をついたのは、彦佐に余計な心配をさせたくなかっただけだ。

 ただ、それだけだったのに、予想外な方向に話がこじれてしまっている。


<font color="#cd5c5c">「確かに、私は嘘をついたけど……」</font>


<font color="#4682b4">「認めるのか…」</font>


 ショックに顔を引き攣らせる彦佐を見て、鈴は罪悪感に苛まれた。


<font color="#cd5c5c">「ええ。でも……」</font>


<font color="#4682b4">「信じられない!俺は信じていたのに!」</font>


 裏切られと思い、傷ついた表情で鈴を見る彦佐に、また鈴の胸が罪の意識に痛んだ。


<font color="#cd5c5c">「ごめんなさい。でも、嘘をついたのには理由があるの」</font>


 彦佐は打ちひしがれた様子で首を振る。


<font color="#4682b4">「やっぱり、琴は俺の子じゃないのか…?」</font>


<font color="#cd5c5c">「彦!なんてことを!」</font>


 鈴が叫んだ。


<font color="#4682b4">「琴は…あまり、俺に似ていないじゃないか」</font>


 うなだれたまま、広い背中を丸めて言う彦佐は、すっかり疑心暗鬼になっている。今の彦佐には何もかもが疑わしく、何が真実なのかわからなくなっていた。

 愛する妻が、他の男に抱かれたかもしれない。彼の可愛い琴が、自分の娘ではないかもしれない…と考えただけで、嫉妬と混乱で頭がどうにかなりそうだった。


<font color="#cd5c5c">「まだ首もすわってないのよ。もう少し大きくなれば…」</font>


<font color="#4682b4">「おまえは……ずっと俺をだましていたのか?好きだって言ったのも、愛してるって言ったのも演技だった?栄治に捨てられたから…俺に乗り換えたのか?」</font>


 次の瞬間。鈴は反射的に彦佐の頬を叩いていた。


<font color="#cd5c5c">「ひどい。そんな風に……私のこと、そんな風に思ってるの?」</font>


 ぶるぶる震えながら、鈴は立ち上がった。


<font color="#cd5c5c">「信じられないよ、彦!私が栄治を?あんな…あんな人、一度だって好きだって思ったことないわ!大嫌いよ!ずっと昔からいじめられてきたのよ。ひどいことをたくさん言われて、蔑まれて……無理矢理、空き家に引きずり込まれて、いやらしいことをされそうになったことだって何度もある!そんな人に捨てられたですって?」</font>


 引き攣けを起こしたように、渇いた笑い声を上げながら、鈴は彦を見下ろした。


<font color="#cd5c5c">「私があなたに嘘をついたのは、余計な心配をさせたくなかったからよ。栄治に納屋に引きずり込まれて、縛られて……無理矢理犯されそうになったなんて言ったら、彦はどうするか怖かったから!あなたが……傷つくのを見たくなかったの。栄治なんかの為に、煩わしい思いをさせたくなかった!…確かに私は嘘をついた。それは、そんなにいけないことなの!?あなたを愛してたから……言えなかったのに…」</font>


 叫びが鳴咽に変わるのを堪え、鈴は唇を噛んだ。

 彦佐はすっかり顔色をなくし、茫然と鈴を見上げている。


<font color="#4682b4">「栄治に犯されそうになっただって……?」</font>


<font color="#cd5c5c">「ええ、そうよ。私はあなたが待ってるから早く帰りたかったのに、帰り道で会った栄治が、無理矢理近くの納屋に連れ込んで、私の手を縛って馬乗りになってきた。私は赤ちゃんがいるからやめてと、必死に言ったけど、あいつはそれは好都合だって言ったのよ。子供が出来る可能性がなくてちょうどいいって!」</font>


 喚くようにぶちまけると、鈴は琴の寝室へと向かった。

 腕に琴を抱き上げると、そのまま玄関へと向かう。

 慌てて追い掛けてきた彦佐が腕をとろうとするのを、鈴は払った。


<font color="#4682b4">「何をするつもりだ…」</font>


 苦い表情と声で、彦佐が言う。

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