友達になりたいだけ
ネリムZ
第1話 運命の歯車は動く
「白愛、テニス部で練習の手伝い来てくんない? お願い! ジュース1本奢るので!」
「別にいらないよ。もちろん。私に出来る事なら任せて」
1年の頃から頼まれたら引き受けていたので、今更苦ではないらしい。
時に練習相手に、時にマネージャーのような役割を。
様々な事が出来るため、このように頼られる事が多かった。
その頼みに一度も断った事が無い事を学校の誰もが知っている。
「あ、でもサッカー部の助っ人も頼まれてるから、そっちが一段落してからでも良い?」
「もちろんだよ! ありがと!」
天使のような微笑みを浮かべ、白愛は予定用メモにテニス部の事を記しておく。
サッカー部の後はテニス部、その後は生徒会の仕事の雑務を手伝う予定が入っていた。
「ねぇ星宮」
「何?」
薄ら笑いを浮かべ、メイクの濃い顔をしたクラスメイトの女子だった。
一言でイメージを表すなら、ギャルだろうか。
「喉乾いたからさ。自販機でパックのヨーグルト買って来てくんない? お金は渡すからさ」
「うん。もちろん良いよ。ちょうど私もお茶買おうと思ってたから」
まるでパシリのような扱いの頼みまで笑顔で受け入れる。
金髪が特徴的な事もあり、学校の一部からは天使などと呼ばれていたりする。
白愛はついでにクラスメイト全員に飲み物が欲しい人を聞き出し、頼まれた分をしっかりと買って来た。
量が2桁を超えたため、トートバッグを用意している。
「そろそろ授業が始まりそう」
自分の席に座り、少し時間があったのと気になったのでチラリと横を見た。
白愛の隣の席に座る女子はいつも1人で窓の外を眺めている。
昼休みに入るとイヤホンを両耳に着けている、サラサラと長い銀髪にサファイアのような瞳。
凛々しい姿、誰が見ても美人だと言うしかない容姿。
隣の席だが話した事は数少ない。
声も記憶に無い程だ。
「⋯⋯何?」
窓に反射して白愛が自分を見ていた事に気づいたのか、鬱陶しげな表情を浮かべて言葉を出す。
「あ、いや。ごめん」
「か、神崎さん」
美人とは友達になりたい、あるいはその子自身も友達が少ないから友達になりたいのか。
クラスメイトの一人で天音の前の席の女子が話しかける。
「⋯⋯何?」
イヤホンを外す事もなく聞き返す。
「な、何聞いてるのかなぁって」
「なんでも良くない?」
「⋯⋯そうだね」
週一で話しかけている前の席の子は今日も今日とて勇気を使い果たした。
放課後、手伝いなどのやる事を終えた白愛は帰路に着いていた。
「ん?」
公園の隅っこから弱々しい動物の鳴き声がした。
気のせいかと思ったが、それにしては断続的に聞こえて来る。
気になって仕方が無い白愛は鳴き声の正体を突き止めようと足を運ぶ。
そこにいたのは、ダンボールとタオル一枚と言う劣悪な環境の中で捨てられた猫だった。
子猫なのか、体は小さい。さらに健康とは言えない細い体をしている。
「⋯⋯はっ! 急がないと」
近くにホームセンターがあるため、白愛は走る。
食べ物、タオルなど必要と思う物を買い揃えてすぐさま公園に戻った。
ただ、そこには意外にももう一つの影が存在していた。
飼い主が拾いに来たとは考えにくい。
とにかく何者かと突き止めようと、木の影に隠れて気配を殺す。
ひっそりと顔を影から出し、探るように眺める。
「にゃー」
それは全く弱々しくない、甘い声音をした人の言葉だった。
白愛は女性だと判断しながら、じっくりとその相手を見る。
「ぇ」
小さな呟き。
猫の鳴き真似をしたのは⋯⋯隣の席の天音だったのだ。
(見間違い?)
クラスではいつも独りで自分だけの世界に入っている天音からは想像も出来ない対応。
ここは幻の中なのかと、ありもしない幻想を抱くのも仕方ない。うん。仕方ない。
「捨てられちゃったのかにゃ? 寒いにゃね。大丈夫にゃ。私があっためるにゃ〜」
猫撫で声。
今日聞いた冷たい声音とは全く違う、真反対の暖かみのある声。
こちらが本性なのか、それとも猫の魅力によって心が入れ替わったのか。
猫の魔力はそこまでの力を秘めていると言うのか⋯⋯。
徐々にファンタジーな思考になり始めた白愛は首を振って我に返る。
これは正しく現実。
冷たいクラスメイトが猫の前では甘々になる現実を受け入れるのだ。
「⋯⋯可愛い」
天音は猫の頭を撫で、背中を撫でる。
まるで舐め回すかのようにじっくりと撫でる。
スカートが汚れる事を一切気にせずに地べたに座り、膝の上に猫を置いている。
ちなみにそのスカートは学校の制服である。
「可愛い。可愛すぎる。えへへへへ」
放送事故レベルの危ない顔になり始める天音の姿を呆然と見守る白愛。
傍から見たらどんな絵面になるのか、想像もしたくない。
「良し。今日から君は私の子だ。私の家で買おう。財力ならある! 不憫な思いはさせないぞ!」
まるで名案、とばかりに目を輝かせ猫を抱き上げる天音。
その足で帰ろうとするため、白愛は慌てて木の影から出る。
何せ、その猫のために買った物がレジ袋の中に入っているからだ。
「か、神崎さん!」
「ッ!」
天音は声のした方へ顔を向ける。
優しい微笑み、見た人を安心させる暖かみのある微笑みを浮かべた白愛が立っている。
「あの、これその猫ちゃんのために⋯⋯神崎さん?」
「⋯⋯見られた」
神崎天音、一生の不覚。
白愛の声など届かない。
何故ならば、知られざる自分の内面を見られてしまったからだ。
後悔か、羞恥か、天音の中に駆け巡る複雑な感情は彼女の端正な顔に現れる。
⋯⋯だが忘れてはならない。
対人関係がほぼ皆無な天音だと言う事を。
己の複雑な感情を表情で表した場合、天音はこうなる。
「えっと⋯⋯神崎さん?」
「⋯⋯」
それは、真顔である。
複雑過ぎる故に一周まわっての『無』だ。
脳内は整理できぬ羞恥的情報が山積みで全く思考は働いていないが、顔だけは完全な真顔だ。
今この場面だけを切り取って見たら、とてもシュールな絵面になっている。
「えっと神崎さん? 大丈夫? 怖いよ!」
真顔は何を考えているか分からない故に恐ろしい一面がある。
怒っているのかもしれない。悲しんでいるのかもしれない。実は何も考えていないかもしれない。
ただ見詰められるだけで恐怖を与えて来るのが、真顔だ。
端正な顔は絵になるので、人によっては天音の美しさに見惚れるかもしれないが白愛は違う。
温度の無い眼差しは冷たいため、怒っているように感じる。
くどいようだが敢えてもう一度言おう、真顔は怖いのだ。
「⋯⋯神崎さん!」
困惑の表情を色濃く浮かべていた白愛だったが、意を決して大きな声で天音を呼ぶ。
脳内で混乱し現実を直視していなかった、渦巻いた思考がその一言で吹き飛んだ。
そして冷静に一言。
「何?」
「さっきまでとは打って変わって冷たい一言だね! にゃ〜は無いの?」
「⋯⋯」
冷酷な眼差し。真顔なのは変わらないが、眼差しから発せられる冷たさが増した。
これは普通に怒っているのだと、鈍感な人でも分かるだろう。
「ごめん。えっとね。これ、その猫ちゃんに買って来たの。良かったら⋯⋯あげて欲しいな」
「⋯⋯いくら?」
「お金なんて要らないよ。これは私の気持ちだからさ」
「それこそ要らない。無償の善意程怖い物は無い」
考えが明瞭になっていないため、天音はそこに脅威を感じた。
善意100%を疑われたので白愛はどうするか考える。
「その猫ちゃん飼うんだよね?」
「⋯⋯そのつもり」
猫に対応していた様子は全く見せず、クールなままを維持している天音。
「だったらさ視察させてよ。私もその子が心配だからさ。どんな環境で育てるのか気になるの。どうかな?」
「嫌です。それでは」
「即答否定辛い! でも実際気になるのはほんとなんだよ。それにその子は病気を持っているもしれないから」
「ちゃんと明日病院に連れてく。今日は遅い」
「だから部屋で動き回らして毛が落ちて残ってたら、治った後に病気になる可能性だってある訳で⋯⋯」
「行動範囲はきちんとする」
「頑固だね!」
「どっちが?」
ぶっちゃけどっちも頑固だが、家に上がろうとしている白愛の方が危険度は高い。
膠着状態となりつつある現状に爆発的な一撃が天音に襲いかかる。
「にゃ」
「ギャワイイ!」
弱々しい鳴き声と共にペチリと猫の手が叩いて来たのだ。
肉球の感触が柔らかな頬をムニッと押す。
その弱った猫の姿を見て、自分が何をするべきか白愛は思い出す。
「あのこれ、タオルとかご飯。ブランケットもあるから暖めて。その子かなり弱ってるから」
「⋯⋯そうだね」
デレデレの顔だったが、一瞬にして真顔に戻るのはもはや演技のプロかと錯覚出来る程だ。
汚れている捨て猫に対して新品の暖かそうなブランケット。
ボロボロの薄いタオルを取り払い、新品の清潔なタオルで包んだ後にブランケットを被せる。
「歯はちゃんとしてる? 一応色々と買って来たけど⋯⋯柔らかいやつの方が良いよね」
レジ袋をゴソゴソと漁って、食べられやすそうな物を取り出す。
白愛はそれを直接猫に与えようとしたが、天音が手を伸ばして阻止する。
「私が飼う。私が与える。オーケー?」
「あー、うん」
自分があげたいのだろう。白愛はその気持ちを汲み取った。
ミルクも用意し、猫は勢いは弱いが食べ始めてからは止まらなかった。
ほっと安心する二人。
「食べ終わったらダンボールごと運ぼっか。私が持つよ。ここから家は近い?」
「うん⋯⋯うん?」
天音の中にある疑問は誰にも拾われず、時間は少し進む。
疑問が確信に変わった時は、天音の家に来た時だった。
マンションの三階一番奥が天音の家だった。
天音がドアを開ける。
「お邪魔しまーす」
「邪魔するなら帰って」
「ごめんなさい」
「⋯⋯」
天音は無表情のままだが、「チィ」と舌打ちをしてもおかしくない空気を纏っていた。
顔もそう伝えていた。
「その子は玄関のところに置いて。一番安全」
「分かった」
「クーラー付ける。この部屋少し暑いから」
「うん。ありがとう」
「アナタのためじゃない」
白愛は玄関の隅っこにダンボールを置いて、中でタオルの中からひょっこりと顔を出した猫に笑みを浮かべる。
凄く可愛いのだ。
「私も長居は迷惑だよね。そろそろ帰っ」
白愛の言葉は止まった。
目の前に広がる光景に絶句したのだ。
「いて。なんでこんなところに漫画が⋯⋯リモコンあった」
乱雑に放置された服の中からリモコンを取り出す、冷房を付ける。
「良し」
天音は満足そうにリモコンを積まれた服の上に置く。
「⋯⋯なにこれ」
「ん?」
「なんなのこれは!」
白愛はこんな光景を見た事が無かった。
家中、床が見えない程にあちこちに放置された服の数々。
キッチンには山積みにされた分別されていないゴミ袋の数々。僅かに生臭さもする。
しかも、調理器具の存在は確認出来ずゴミ袋の中身は惣菜やカロリーメイトの箱、サプリメントの箱や瓶だらけだ。
健康的な生活とは言えない。
何よりも驚きなのだが、お風呂を使った形跡が見当たらないのだ。
シャンプーなども見当たらない。
「⋯⋯お風呂入ってないの?」
この世の者もは思えない者を見る目を天音へ向ける。
「近くに銭湯あるから」
「掃除は? 料理は?」
「知ってる? 今はスーパーでもしっかりとした料理が売られてるんだよ。お金があれば全てが解決出来るんだよ」
熱弁の如き長文。
あくまでも天音の価値観である。
「掃除は?」
「⋯⋯」
「出来てないじゃん!」
「家事代行頼むのは⋯⋯嫌だなって。人苦手だし」
「じゃあ私がする。今からする」
「え?」
ここで初めて、迷惑そうな表情を浮かべた天音。
表情が動いたのである。
そんな奇跡的な場面にも関わらず白愛は気にしていなかった。
「猫ちゃんの生活環境にとても悪いしね!」
「⋯⋯うん」
白愛は掃除を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます