1月31日4:50 那須高原
榊と並んで歩を進める。一歩、また一歩と
榊が歩みを止めた。床を見ると横真一文字に穿たれた跡があった。
「ここを超えると対象として認識されます」
二階に向かう階段の前で微動だにしていない
「そしてそこです」
榊が剣先で示した場所。二十メートルほど先にも床を削り取ったような跡がある。
「そこを超えると動き出します」
改めてロビーを眺めるとテーブルやソファの類は残骸だけとなっており、そこかしこに動きを止めた
ロビーの外周にそって何体もの吸血鬼が倒れているのが目に入る。
二本目の床の印の前で私は歩を止める。
「確認したいことがある。ここで待て」
無言で頷く榊を残し、
私は
些末な恐怖ではちょっと見てみようといった感情も湧くだろう。怖いもの見たさというものだ。だが、真なる恐怖。確実な死ならばどうか。
勿論、死を直視できる者もいる。だが、それは見たくて見ているのではなく、視線を外すことができないだけだ。その者は恐怖に絡み取られ、視線すら自らの意思で動かせない。
脳では理解できるかもしれない、理屈は受け入れられるかもしれない。だが、本能はそれから逃れようとする。生きとし生けるものの本質として、避けられるとわかっている死を自ら受け入れられるものではないのだ。
私の
さて、
そうか。お前も死は怖いのか。
私は
この化け物の身体構造がどうなっているかはわからない。だが、受肉しており物理的に稼働しているならば、まずは中心を狙うのが常套だろう。首から上のない背を眺めるとおおよそ三メートル程度といったところか。動きに合わせて筋肉のようなものが躍動しているのが見える。ならばこれも効くだろう
右手は拳を握り腰溜めに。左手の平を前へ上げる。左の足を前に。膝を少し緩め、腰をやや落とす。息を吸い、止める。
右から一歩進み、左脚を上げ、下す。
震脚。
ずしんという音と共に床が割れる。
極めて理想的に身体の中を伝わり、吸血鬼の筋力によって増幅された
右腕を引き、構えを整える。観察する。刹那の思考。
振り下ろすような左脚の蹴りで
私は榊を呼ぶとともに、傾いだ
駆け込んできた榊は、左手に持った
その時。床に落ちていた
「先ほどまでは見られなかった現象です」
榊の言葉が追撃の為に近づいた私に届くのと同時に
勢いのまま伸ばされた腕に手を添え、体を捌きつつその勢いを乗せて巨体を床に転がした。綺麗に一回転した
一つ目の拳は空を切る。だが、それはフェイントのつもりだったようだ。体を引いた私を追って拳が突き出されてくる。
動きが粗い。
腕が伸ばしきられた瞬間を狙って肘を下から蹴り上げると、簡単に折れる。背後から掴みかかってくる手を宙返りで躱し、がら空きになった相手の左わき腹、金色の仮面のすぐ横に手刀を撃ち込むと肘近くまで埋まった。
指の先に何か固いものが触れる。復元した骨だろうか。それを握りしめ、
私は骨を手放し、鷲掴みをしようとする形のまま薙ぎ払う。柔らかさをもった何らかの器官がぶちぶちと切り離されている感覚が指に残った。金の仮面がロビーの先まで飛んで行き、からんからんと乾いた音を立てて転がっていく。
榊は
着地し、
私がロビーの奥まで飛ばされた
思い出したかのように舞う雪と漂う白い霧が混じり、優しい吹雪となっていく。
「もう夜が明ける。そろそろ終わりにしよう」
私に向かって力なく伸ばされる腕を押しのけ、金のマスクのあった箇所。しゅうしゅうと煙のようなものを立てている眼球の残骸に向き合う。
「その残骸の奥に
背中に届く榊の声が無くても知覚できた。
儚き魂の核。
私はゆっくりと膝をついた。右手を
硝子の割れるような音は幻聴だっただろうか。急速に灰になり、風に巻かれていく
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