12月27日 池袋

「部長。どうして阿蔵を確保しないんですか」

 天粕からの率直な質問。

誕生バースの可能性がある場合、最終的な対応については本部バチカンの承認を得なければならない」

 私は、天粕が当然に理解しているマニュアルの内容をそのまま伝える。

「中でも、対象の周辺で議定書プロトコル違反が確認できていない状態では、一方的な拘束や葬斂そうれん処置について承認されることはない」

 天粕は無言である。私は、その眼の奥に灯った火の意味を理解した上で受け流す。


 評議会カウンシル日本本部。時刻は20:40過ぎ。執務室には侑子、天粕、香椎、そして榊と私が揃っている。

 誕生バースはそう頻繁に起こるものではない。過去何度か発生し、マニュアル通りに対応したケースは全て誕生バースではなかった。その都度、関わっている者達からは本部バチカンの慎重さ、決断の遅さなどについての不満が出る。今回も同様だった。


 天粕をはじめ、他の職員たちも頭で理解することはできても、なかなか納得できない根本的な理由は、つまるところ評議会カウンシルが吸血鬼の為の組織であるという事実である。


 人間側と吸血鬼側で利害が一致しているからこそ、評議会カウンシルは人間と吸血鬼の共同で運営されている。慣例として、各地本部の責任者を担うのは人間である。

 しかし、評議会カウンシルの中核。「古の者オールドワン」と呼ばれる12名。最も古き吸血鬼たちの中には、人間に対する関心が極めて薄い者もいる。

 人間を一方的に隷従者扱いするようなことを表立ってやる者はさすがにいなくなったが、吸血鬼一人の為に数百人の人間が犠牲になっても、大勢には影響がないと本気で思っている者もいるのが事実である。


 吸血鬼の「渇き」による狂騒、能力ギフトの顕現、感情的な行動、気まぐれな暴力。それらは人間にとって極めて甚大な被害を引き起こす。誕生したばかりの真祖しんそが自分自身を制御できなかった結果、隣人だけではない。村や街、古くは国が消えたことなどもある。

 だが、ある古の者オールドワンはこれを指して感情のない顔で言った。

「誰にも過ちはある。若い者であれば猶更なおさらだ」


 私に隠れ、侑子や天粕たちが国内にいる古の者オールドワンであるマダムNへ働きかけを行っていたことは知っていた。

 古の者オールドワンの中で見れば、マダムNはかなり人間寄りの考えを持った吸血鬼だが、それでも本部バチカンを動かそうというほどの行動に繋がるものではなかった。

 人間と吸血鬼では、人の命の重さの捉え方が決定的に違う。人間と人でなしヴァンパイアとでは、結局分かり合うことはできないのだ。残念ながら。


 天粕の携帯電話が鳴った。重くなった空気に穴が開く。

御手洗みたらい君です。出ます」

 侑子が頷く。

「僕だ。…………はい。……。…………はい。…………そうか。わかった。一度電話を切る。すぐ折り返せると思う。ちょっと待っていてほしい」

 表情を無くした天粕が言う。

「元ホシゾラソリューションズのメンバーだった3名、そして、高岡の死亡が確認されました」


 御手洗からの報告によると、3名は自室で死体となって発見された。高岡の死体は、この内のひとり、阿蔵の元交際相手と同じ部屋で見つかっている。

 死因は全員が失血死。全ての死体の首筋に二つ並ぶ傷痕。そして、失血死にも関わらず、死体周辺に血の跡がほとんど見受けられないといった状況などから、吸血事件と判断された。

 現場は評議会カウンシル捜査員エージェントが押さえ、遺体はドクターの病院へ搬送。協力者ネットワークの一つである清掃サービス会社が各部屋を清浄化済み。遺族への対応は天粕が行うこととなった。


「部長。これは」

 私は天粕に答える。

「そうだ。阿蔵の議定書プロトコル違反の可能性がある」

 天粕は香椎と頷きあい、侑子が景気づけに拍手をした時、今度は榊の携帯電話が鳴った。

かなめさんです」

 私は応対を促す。要も捜査員エージェントの一人だ。大宮に残り、阿蔵の周辺の監視にあたっていた。

「榊です。どうされました。…………はい。…………………………はい。わかりました。その場で待機をお願いします」

 電話を切ると、榊は表情を変えず、淡々と私に報告する

「部長。ホストクラブから阿蔵が消えたそうです」



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