12月28日 大宮区仲町

 時刻は21:50。


 私は氷川神社参道、一の鳥居側にある参道交番裏のベンチに座っていた。


 葬斂部隊そうれんぶたいの現場指揮車両はさすがに目立つため、近隣の小学校に配置されている。軍用には見えないように偽装はされているが、7t級トラックシャシをベースにした高床四輪駆動車が路駐などしていたら注目の的になる。

 現在、大宮区仲町では目標を中心に1個小隊が分散して緩やかな包囲網を敷いている。装備品の運搬班およびバックアップとなる1個小隊は、偽装したトラックや観光バスなどに分乗し、指揮車両と同じく小学校の校庭で待機中である。


 事件の発端は、12月9日。埼玉県警大宮警察署に勤務する協力者ネットワーク斉藤正則さいとうまさのり刑事からの連絡だった。

 さいたま市内で発生していた未成年を対象とした連続不同意わいせつ事件の捜査中、気になる証言があったとの連絡をくれたため、急ぎ、榊が派遣された。


 12月12日。榊から血統不明の新生者ニューボーンを確認したとの報告があった。榊が「眼」で見た。確実性は非常に高い。

 評議会カウンシル日本本部は、即日、現在国内にいる47名の真祖しんそ全員に対し、自身の血統に連なる者、闇の子ゲットの可能性があるかどうかの照会を展開した。


 12月13日。全員から「否」との回答。

 評議会カウンシルからの正式な照会に対する嘘、欺瞞は重大な議定書プロトコル違反となる。嘘が紛れている可能性は低い。

 このことにより、対象の新生者ニューボーンは、誰かから転化させられたゲットではなく、独りきりで冷えきった後、また立ち上がった者。血統の真なる祖。真祖しんそとして転化したことを想定しなければならなくなった。


 長生者エルダーであれ新生者ニューボーンであれ、ゲットが起こした事件であれば、各地の評議会カウンシルが独自で対応する。しかし、真祖しんそ誕生バースとなった場合、本部バチカンへの報告と対応協議が義務付けられている。

 本件も同様に侑子から本部バチカンへ報告がなされ、特別対応事件として日本本部が担当することが速やかに決議された。


 事件の重要度ならびに危険度が上昇したことを受け、日本本部から関係各所の協力者ネットワークに状況が通達された。また、最悪のケースとして市街戦および大規模事後対応までを想定し、葬斂部隊そうれんぶたいの出動準備および支援体制の確立が進めれられることとなったのである。


 私はその日のうちに大宮に向かい、榊と合流。西口にあるビジネスホテルを拠点として、翌日から協力して調査を開始した。

 調査対象は、ホストクラブ「Garden of Eden」に勤務する星天ほしぞら零夢れむこと阿蔵あぞう英雄ひでお


 12月16日。天粕から阿蔵に関する調査結果の報告が届く。

 群馬県前橋市出身。28歳男性。両親ともに地方公務員。小学校、中学校では成績優秀で地元トップの公立高校へ入学、そして卒業後は東京の明慶大学めいけいだいがく経営学部に進学した。入学した当時から起業サークルに入り、積極的に活動。


 三年生の時に出場した起業コンテストでの審査員を務めていたベンチャー企業経営者、株式会社アンリミテッドソリューションサービス 代表取締役 高岡たかおか亜樹斗あきと(阿蔵の所属するサークルのOBでもある)より支援を受け、阿蔵、同じサークルのメンバー1名、メンバーの友人1名、そして阿蔵の交際相手の4名で学生起業。


 社名は株式会社ホシゾラソリューションズ。資本金は300万。うち、高岡が250万を出資し、阿蔵が35万、他の3名が5万ずつ出資していた。

 阿蔵の肩書は社長だったが、代表権は与えられていない。なお、この時点で阿蔵は大学にはほとんど通っていなかった。


 起業2年目。阿蔵の会社の開発したスマートフォンアプリのリリース直前に、全く同じコンセプトのアプリが高岡の会社からリリースされる。時を同じくして、阿蔵以外のメンバー全員が高岡の会社に引き抜かれる。その後、株式会社ホシゾラソリューションズは高岡の会社に吸収合併された。

 阿蔵はSNSで高岡によるサービス盗用などを訴えていたが、高岡から訴訟をちらつかされた後、沈黙。この頃から両親との連絡が絶え、友人たちの多くと連絡が取れなくなっている。そして正式に退学。

 その後、阿蔵は職を転々としながら転居を繰り返す。デリバリー型の風俗店でドライバーの仕事をしていた時に知り合った者からの誘いで、ホストクラブ「Garden of Eden」に勤務することになった。

 

 12月17日。客としてクラブに潜入している榊、そして聞き込みなどをおこなっている私の情報を突き合わせる。

 阿蔵は、ルックスとトーク力でそれなりに指名を獲得していたようだが、本人に商売っ気が弱く、売り上げは伸び悩んでいたそうだ。ところが、11月初旬ごろから売り上げが急上昇し、指名本数も増え続け、大きく躍進。店のトップ3をうかがう結果を出す。同時期から阿蔵本人、そして、その周辺で不可解なことが起き始める。


 調子の出てきた阿蔵を売り出そうと、ホームページや情報サイトに載せるための写真を撮った際、何度撮影しても、そして機器を変えても、阿蔵の姿が歪んだり、もやがかかってしまい、まともな写真を撮ることができなくなった。

 阿蔵自身も、スマートフォンが壊れたのか、うまく使えず困っていると周囲にこぼしていたとのことである。


 店の仲間内では、阿蔵がいると、スマートフォンやパソコンの調子が悪くなるなどの噂も出ている。なお、店の監視カメラの映像を確認したところ、11月以降で阿蔵の姿がはっきりと映っているデータは存在していない。


 阿蔵の食事量が極端に減っており、何かを食べているところ見なくなったとのことだ。しかし、痩せ衰えることもなく、活力に満ち満ちている。酒をどんなに飲んでも酔う様子もない。薬物使用を疑っている者もいた。

 

 阿蔵の日常は、協力者ネットワークのサポートもあることで自宅から店まで全てを監視下に置いてある。阿蔵は日中外出しておらず、人が訪ねてくることもない。店に出る以外は引きこもっている。

 吸血鬼に転化したばかりの者は陽の光を浴びることで傷を負う者が多く、血統によっては即時に灰になることさえある。それを警戒してのことなのか、単に昼夜逆転の生活を送っているのか現状では判断がつかない。

 

 阿蔵の接客姿勢に変化はない。だが、阿蔵に対する指名客の執着が日に日に強くなり、阿蔵の関心を引くために高額な注文を入れる客や来店頻度が上がった客がずいぶんと増えたそうである。指名客同士のいざこざで警察沙汰になりかけたこともあったそうだ。

 また、阿蔵と話をしていると、様々な疑念や疑惑、不信感や恐れと言った感情が吹き飛んでしまい、全てを納得してしまう。質問や追及をする気が起きず、何事も受け入れてしまうと話している者が何人もいた。

 おそらく、魅了チャームが顕現していると思われた。


 我々の得た情報に加え、斉藤刑事からの報告にあった、「紅い眼」、「道を横切る黒いもやの映像」、「急に激昂する女」、「歪む顔」、「一目惚れ」などといった話の時系列を整理すると、阿蔵が転化したのは10月末から11月初旬と想定された。


 一般的に転化直後の新生者ニューボーンが、闇の父、闇の母の庇護を受けず、自立して生活することは極めて困難である。

 「渇き」の癒し方。身体的な特性への対応。血統における弱点の理解。人に紛れて生きるすべ。そして、評議会カウンシルの存在。

 本能で暴れるだけの魔獣としてではなく、誇り高き夜の住人ヴァンパイアとして生きていくため、多くのことを父や母から学ぶのだ。

 私にしろ榊にしろ、界隈では有名人だ。決して驕った物言いではなく、我々の仕事の特性による。店で会った榊に阿蔵が何の反応もしなかったことは、闇の父や母の不在の可能性を高めている。


 榊と情報を整理すると、改めて、阿蔵が転化直後に起こる強烈な吸血欲求、「渇き」をどう癒したのかが重要な点となりそうだ。転化して間もないと思われる阿蔵が、なぜこれほど安定的な生活を送ることができているのか。早々に本人を拘束して聞いても良いのだが、どことなくピースが嵌らない違和感。

 我々は警察でもなければ軍隊でもない。吸血鬼一人一人の尊厳は尊重されなければならない。攫って言い聞かせるようなことは我々の仕事ではない。

 彼との向き合い方を考える為にも、まずは謎の解明が必要だと考えた。そこで、私と榊は、阿蔵の周辺で彼の吸血行為と思われる痕跡がないかどうかについて重点的に調べることとした。


 12月23日。各所連携の上、入念な調査を行っているにも関わらず、阿蔵の周辺で彼の吸血行為と思われるような事件は発見されない。斉藤刑事からの情報も踏まえるとほぼ間違いないと思われる。彼は少なくとも痕跡の残る状況で血を吸っていない。


 12月27日。おおよその調査を終え、阿蔵の日常を監視だけの状況となった。いよいよ彼と会って話をしなければならないかと思っていた矢先、天粕から連絡があり、急ぎ池袋に戻ることになった。

 19時過ぎのことである。

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