1月13日 のぞみ157号 博多行き


 評議会カウンシルからの指示は時や場所を選ばずにやってくる。私は懐中で鳴動したスマートフォンの通知を一瞥し、すぐにしまい込んだ。

 件名だけで内容が察せられるメール。この後の予定を思い返す。ささやかな抵抗。車両がトンネルに入り、そして外に出る。

 

 微かなため息とともにスマートフォンを取り出し、メールを確認する。差出人は私の上司。「詳細を差し控える」という説明になっていない説明、そして、お願いという体裁で書かれた私への指示。


 私の連休は初日に無くなることとなった。呼び出されるのはよくあることだが、目的地に到着せずに帰ることになった記憶はすぐには思い出せない。

 タッチペンを使っていくつかのメッセージを送信する。何にせよ次の停車駅まではどうすることもできない。できることがなければ待つしかない。開き直ってシートの背もたれに身を預ける。


 新幹線の指定席はほぼ満席である。仕事での移動者に比べると旅行者のほうが多い様に見える。大きなスーツケースをいくつも並べている中華系の夫婦は、騒ぐ子供を放置して各々スマートフォンを眺めている。身体に微妙に合っていないスーツを着た男はイヤフォンで世界を遮断し、パソコンの画面に映る込み入った表に数字を埋めることに集中している。ビール缶を片手にフランス語で盛り上がっている三人組。動画に夢中になっている女。眠っている男。それを眺める私。


 評議会カウンシルは、加盟する者達の相互互助を目的とした共同組合のようなものだ。農協JA生協CO・OP。あるいは都道府県人会や同窓会にも近いかもしれない。その評議会カウンシルにおいて、私は代理人という職に就いている。


 仕事の内容は大したものではない。加盟している者のうち、若い者や経験の浅い者などに対する指導や教育。日々の生活に困っている者に対する支援などが主だ。また、行儀のあまりよくない連中に対し、時折、風紀委員のようなこともしている。年長者風を吹かせ、頭を撫でながらルールを言い聞かせるようなことだ。


 これらの仕事は全て、バチカンにある評議会カウンシルの本部、あるいは東京にある日本本部からの指示に従って実行している。この辺が代理人と呼ばれる職の所以である。雇われの使い走りということだ。


 評議会カウンシルの日本本部における私の肩書は「部長」となっているが、これは質の悪い冗談のようなものだ。日本本部には細かい部や課などない。部下をたくさん抱えていたりなどということもない。予算も持っていなければ、決裁権もない。役職と言うよりも、あだ名のようなものである。


 私は評議会カウンシルの運営や行く末にまるで興味がない。だが、その活動の恩恵に預かっていることは十分理解している。

 だからこそ、面倒だと思うことが少なくないのにも関わらず、長年にわたり代理人を務めている。

 

 新幹線が名古屋駅に滑り込む。私は黒い外套を着て席を後にし、反対側のホームに向かう。手にさげた紙袋がやや億劫だ。土産にするつもりだった日本酒とウイスキーが入っている。

 

 東京行の新幹線を待っている間に今日会うはずだった相手からの返信が届く。改めて丁重に詫びを送る。次がいつになるかはなんとも言い難いが、幸いなことにお互いに時間だけはある。そのうち機会もあるだろう。今日はその巡りではなかったということだ。酒は私が飲むことにする。


 到着した車両に乗ると自由席に辛うじて空席が見つかった。私は窓側の席に座り、走り去る景色を眺める。


 車窓からは曇天が見えた。

 車両がトンネルに入る。空は見えなくなった。

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