第4話 砂塵の決意

——ネフェレトが、崩れ始める。


空が赤黒く染まり、砂の街を炎が包む。

石造りの建物が崩れ、逃げ惑う人々の叫びが響き渡る。


轟音。

爆発。

血の匂い。


——それなのに、アウロラはリクを見つめていた。


「……リク。」


彼女の目は、燃え盛る世界の中で、ただ静かだった。


怖くないはずがないのに、彼女は微笑んだ。


「また……あなたがいてくれる。」


リクの鼓動が高鳴る。


——なぜだ。


俺は、ここにいたのか?


本当に、俺は——


その時、頭の奥で、記憶が弾けた。


—— 静寂の夜。


王宮の庭園に、白いドレスの少女がいた。


「……静かにして。」


10歳のリクは、彼女の手を引いていた。


「ここを抜けたら、城の外に出られる。」


夜の闇に紛れて、彼女を連れ出そうとしていた。

後ろでは、王宮の門が破られようとしている。


守らなきゃいけない。

理由なんてなかった。ただ、それしか考えられなかった。


「リク……怖い。」


アウロラが袖をぎゅっと掴む。


「大丈夫だよ。」


俺は、絶対にこの人を守る。

子どもながらに、心に決めた。

生まれて初めて、自分の意思で、誰かを守ろうとした。


やがて、宮殿の門が破られる音がした。

影が迫る。


「……逃げて。」


リクは、剣を握った。

大きすぎるそれを、小さな手で支える。


(怖い。でも——)


「俺が、守る。」


アウロラの頬に、涙が流れるのが見えた。


「リク……。」


—— 気づけば、俺は剣を振っていた。


何が起こったのかは覚えていない。

ただ、気づいた時には、彼女を守り抜いていた。


「アウロラ……大丈夫?」


震える彼女に、そっと手を差し出す。


「うん……。」


彼女は、リクの手を握った。


その時。


アウロラが微笑みながら、そっと呟いた。


「本当に、また……会える?」


「会えるよ。絶対に。」


迷いなく、リクはそう答えた。


「また来るね、アウロラ。」


アウロラは、泣きながら微笑んだ。

そして、リクの記憶は途切れる。


—— 記憶が、溢れるように蘇る。


燃え盛るネフェレトの街。

目の前には、15年前より大人びた、アウロラの姿。


「……俺は……ここにいた。」


リクの胸が熱くなる。

俺は、アウロラを守るためにここにいた。

また会うと、約束した。


そして俺は、アウロラを——。


記憶の霧が晴れ、今ここにいる意味が、はっきりと分かった。


あの時と同じだ。


俺は、ただ「守りたい」と思った。理屈なんていらない。

10歳の時、それが何の感情かなんて分からなかった。


でも今なら分かる。これは——。


リクは、アウロラの顔をじっと見つめた。


たとえ夢だったとしても。

たとえこの世界の全てが、一瞬の幻だったとしても。

俺が感じたこの想いだけは、嘘じゃない。


「アウロラ。」


アウロラが、ゆっくりと目を開く。


「……何?」


リクは静かに言った。


「俺が君を守る。」


その瞬間、アウロラの目が揺れた。

驚き、息を呑む音がする。

彼女の唇が、震える。

そして、彼女の頬を、一筋の涙が伝った。


次の瞬間——


世界が弾けた。


—— ゴォォォッ!!


炎が、吹き飛んだ。

風が渦巻き、砂埃が巻き上がる。

赤黒い空が、一瞬だけ、白く染まる。

リクの身体が、熱の奔流に飲み込まれる。


(……俺は、何を……?)


視界の端で、アウロラが泣いているのが見えた。

彼女の唇が、何かを言っている。


——ありがとう、と。


だが、もう声は聞こえない。

リクの膝が崩れ、身体がゆっくりと傾く。


意識が遠のいていく。

音が消える。

光が滲む。

感覚が薄れる。


(……ああ、また、忘れてしまうのかもしれない。)


—— だけど、今はただ、心地よかった。


リクは、ゆっくりと目を閉じた。


次に目を開けた時——


そこは、現実世界だった。

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