37:時には止まるのも大事/大人の世界

「諸々の契約手続きの前に、まず新物質を発見した時のの話をしないとねぇ」



 城門を潜りながら、ヴィヴィアネさんはそんなことを言った。

 城は周囲を城壁によって囲まれていて、城門を潜ると内部に小さな中庭のような空間が広がっている。その向こうに、パレードでもできそうなほどの広さの廊下を持つ城の内部が見え隠れしていた。

 石造りの城内には、真っ赤な絨毯が敷き詰められており、なんというかこう……中世ヨーロッパとかの世界に迷い込んだ気分だ。中世ヨーロッパのこと詳しくないから、完全にイメージだが。



「迷宮のお作法……ですか」



 ヴィヴィアネさんの言葉を受け止め、俺は復唱してみる。

 新物質を発見したらその権利は発見者に帰属するという『不文律』があることくらいは俺も知っているが、じゃあその『不文律』による権利を行使する為にどういうことが必要なのかは、俺も分からない。

 当然横にいるナツカが分かるわけもないので、今こうして呑気に首を傾げているわけだが……。



「そういえばさっきも、契約とか新物質の権利締結とかって言ってましたよね」



 俺のイメージだと、何となく発見者に与えられるのはネーミングライツ……つまり命名権くらいだと思っているのだが、それだけで物々しい契約の話には発展しないだろう。何か著作権? とか特許? みたいな概念が付随してくるのだろうか……。

 ヴィヴィアネさんは扇子をぱたぱたと揺らめかせながら、



「えぇ。まず、現代の異界迷宮ダンジョンでは、発見された新物質の『命名権』『採集権』『加工権』『販売権』は発見者が独占できることになっているわぁ」



 え、マジ? そこまで大きな権利を持ってるの? いや流石にそこまで強権なら俺も流石に知っているはずだと思うんだけど……。



「ただし、でねぇ。クロちゃんとナツカちゃんもこの言い回しなら聞いたことがあるんじゃない? 『迷宮の発見に、外野は一月手を出さない』」



 ……あ~、それは聞いたことある。なんかのマナー的なものというか、迷宮で発見された新仕様でも一ヵ月は使わないでおきましょうみたいな話だと思ってた。

 実際、ランクマ勢の俺には仕様そこくらいしか影響なかったしな……。



「確かに聞いたことあります。そういう権利の話とまでは知らなかったですけど……」


「でしょうねぇ。……まず学校でこういうことを教えるべきなのよぉ。これから迷宮資源は社会にとってより深く根付いていくし、そういうトコで各国と差がついていくのに……」



 ぶつぶつと愚痴を始めてしまったヴィヴィアネさん的には、この辺りは思うところがあるのだろう。俺は下手に触れずに、城の中の豪華な廊下を黙って歩く。

 まぁ黎明期から色々と活動している人だしな。呑気に異界迷宮ダンジョンを遊び場として楽しんでいる俺と違って、本気で異界迷宮ダンジョンの未来を憂うこともあろう。



「……こほん。ともかく、今クロちゃんとナツカちゃんは、一ヵ月限定でそういう権利を独占することが許されているわけねぇ。ただしぃ」



 そこで、ヴィヴィアネさんはパチンと扇子を閉じて、



「普通に考えて、マイニングをしたり、加工方法を考えたり、それを流通に載せたり、そういう『経済』を個人で一ヵ月でこなせるわけがないわよねぇ?」


「それは……そうですね」


「昔は、とりあえず一ヵ月でマイニングできるだけマイニングして、その後売り捌くって感じでやってたんだけどぉ……今はもうちょっと市場も発達してねぇ。迷宮業界も『業務委託』が増えて来たのよねぇ」



 ……委託か。

 ようやく、話が見えて来たぞ。


 要は、『素材採集』『商品企画』『素材加工』『流通販売』を全部ひとりでこなすのは無理なので、その道のプロにお任せしましょうということだ。

 全権を手放すわけではなく、あくまで権利を貸してあげる感じだから、得た利益の何割かを俺達がもらう感じになるのか、それとも普通に雇う感じになるのかは分からないが……。

 ともあれその『プロにお任せする作業』を、ヴィヴィアネさんがやってくれるというわけだ。権利手続きとか契約とかって言ってたのはそういうことだな。

 多分、あの場でやってきた探索者達は『マイニング』系とか『潜り売りパドリング』系とか『ブラスミ』系とかなのだろう。誰も異論を唱えなかったのは、彼らにとっては窓口が俺だろうとヴィヴィアネさんだろうと、やることは同じだからか。まぁ、経験の浅い俺達を相手にした方が、彼らにとっては都合がよかったと思うけども……。



「『業務委託作業の委託』。それをヴィヴィアネさんがやってくれるって訳ですね」


「ざっつら~いと☆ クロちゃんとの会話はスムーズで良いわねぇ。ナツカちゃんは大丈夫? ついて来れてるぅ?」


「ナツカさんを見くびってもらっては困りますよ。全部ヴィヴィアネさんにお任せということですね?」


「分かってるのか理解を放棄しているのか、怪しいトコねぇ……」



 多分それは理解を放棄してると思います。

 まぁ、俺が分かってればいいんで……。なんか必要があれば後で嚙み砕いて説明するし……。



「ただ、口約束っていうのも今のご時世、問題があってねぇ」



 言いながら、ヴィヴィアネさんはすいと端末ドローンを動かし、空間投影のウインドウを操作する。

 口約束に問題があるってことは……契約書かなんかを作るソフトがあるのだろうか。まぁ、ありそうだよなぁ。

 そうこうしていると、ヴィヴィアネさんは端末ドローンのウインドウをこちらに見せて来る。そこにあったのは──案の定、ところどころ空欄になった契約書だった。



「迷宮省が運営しているサイトでねぇ。こういう契約書のフォームに必要事項を記入すれば、pdfファイル化して共有できるのよぉ。同時に迷宮省のサイトにもアップロードされるから、自動的に迷宮省が『契約の仲介者』になってくれるってワケ。ちなみに契約書は第三者も検索で見られるわぁ」


「はー、凄いですねぇ……」



 そこに迷宮省が絡んでくるのか。意外とちゃんとやってるんだな、迷宮省。



「ま、此処までやっても、究極的に法的拘束力はないのが異界迷宮ココの厄介なところでもあり、いいところでもあるんだけどねぇ。でもこういう契約書があると、大人を安心させるのには便利なのよぉ」


「なるほどなー……」



 ちょっと頼りない感じだが、『ちゃんと契約しました』っていうのが第三者に確認できるってことは、もし契約で揉めてもどっちが間違ってるか外野の探索者達が判断できるってことだ。

 そして、風貌切替スイッチ技術が一般に普及してない異界迷宮ダンジョンでは、その手の『やらかし』は今後ずっと尾を引くことになる。そういう感じで抑止力になっている訳だな。

 …………ある意味究極のムラ社会って感じではあるが、見方を変えれば実に現代インターネット的でもある。なんか不思議なバランスだ。



「………………、」



 と、そんな風に関心している俺のことをじっと見つめていたヴィヴィアネさんが、ちょっと不安そうに口を開いた。




「……クロちゃん、なんかちょっと乗り気じゃないのかしらぁ?」




「へ?」



 ……………………。



 え? 俺? なんで?

 ナツカに言うなら分かるが、俺はナツカの一億倍真面目に話を……いやゼロに何をかけてもゼロではあるのだが……。



「なんでです? いやちょっと現実に追いついていけてない感はありますけど……」


「クロはけっこう心配性なんですよ」



 混乱しながら答えた俺を遮る……というか、俺とヴィヴィアネさんの間に入るように、ナツカが口を挟んで来た。いや、なんでお前が出て来る……。



「考え事すると黙りがちになるから、傍から見たら機嫌が悪くなったように見えますよ。気を付けた方がいいです」


「いやそれは気を付けるが……。なんで今……?」



 そんなこと言ったら、『Delizioso!』の時とかめちゃくちゃ考え事しまくってたし、その時はだいぶ不機嫌に見えてたことになるが……その時はヴィヴィアネさん何も言ってなかったぞ? 俺もそんな無口じゃなかったと思うし。むしろ饒舌すぎたかもとすら思う。

 良く分からんな……。……ヴィヴィアネさんなりに、心配してくれているのか? いや、普通に考えればそうか。こんなとんでもないことになってるんだ。普通の新人だったら、事態の大きさについていけなくて泣いちゃうとかあるかもしれないし。

 むしろ状況に流されつつも普通にやっている俺達が異常まであるだろう。だから、ヴィヴィアネさんはなんか貯め込んでないか心配してくれているのかもしれない。



「ん~、契約関連を進めるのは、一旦やめときましょっかぁ」



 と、ヴィヴィアネさんは困ったように口元に閉じた扇子を当てながら言った。


 えぇ!? なんでぇ!? 協力してくれるって感じじゃなかったの!? 何がマズかった? なんか失礼なことしたか俺!?



「あぁ、安心してねぇ。協力を取り下げるつもりはないからぁ。ただ、独占期間は一ヵ月あるんだし、別にすぐ動く必要はないのよねぇって思ってぇ。どうせ実務はわたしがぱっぱとやっちゃうんだし、数日くらいなら悩んでても問題ないのよぉ」


「いや……」


「まぁまぁクロ、お言葉に甘えておきましょうよ」



 納得いかないので食い下がろうとしたのだが、そんな俺をナツカが制止した。

 …………うーん、そうするかぁ? いや、マジで良く分かんないのだが……ナツカも止めて来たっていうのが気になる。というかさっきの会話で突然間に割って入ったのも気になる。そこで齟齬が出るのが一番怖い。



「分かりました。すみませんお手数おかけします……。とりあえずコイツとちょっと話して考えてみます」



 何を考えるのかは分からないのだが……。

 まぁ、確かに展開がジェットコースターすぎたのは否めない。一旦、城塞を巡りつつ思考を整理するのも必要だろう。

 …………ヴィヴィアネさん捕縛のときのロケハンにもなるしな。




   ◆ ◆ ◆




 というわけで、俺とナツカはWF城塞の『壁』付近を二人で歩いていた。

 ヴィヴィアネさんはいない。まだやりかけの仕事があるので、一旦『大空洞』で用事を終わらせて来るとのこと。『壁』まで見送ったので、不在なのは間違いない。



「……しかし、こうもマグマなのに別に城壁が溶けたりしてる訳ではないんだよな……」



 城門付近にしゃがみこみながら、俺は溶岩に隣接している城壁を観察していた。

 突沸するマグマが時折城壁にかかるのだが、しかしすぐに落ちてしまい、城壁が焦げる様子はなかった。試しに松明を発現して放り投げてみたが、発火することなく溶岩の中に沈み、半ばまで沈んだあたりで急に発火した。……やはり通常の溶岩とは違う挙動のようだ。



「流れるようにギミック確認ですよ」


「職業病でな。ステージのギミックは把握してないと安心して戦えん」


「ある意味『調査』系っぽいですよ」



 本職に比べれば数段落ちるよ。俺がやってるのは、あくまで戦闘者としての余技みたいなもんだし。

 ……それよりも。



「なあ、さっきはなんで契約手続きを中断する方に賛成してたんだよ?」



 ヴィヴィアネさんもいないので、俺は比較的腹を割ってナツカに問いかけてみた。

 いやまぁ、状況がジェットコースターすぎるので一旦整理の時間を設けた方がいいというヴィヴィアネさんの助言はごもっともなのだが……。……でも、ナツカがそういうことを気にするタイプとは思えない。どっちかというと、そういうことを気にするのは俺の方だと思う。



「むしろクロは、なんでそんなにさささっと話を進めたがってるんですよ?」


「は? 俺は別に……」



 別に、さっさと話を進めたがってなどいないが……。

 というかむしろ、状況の方がさっさと進みすぎなのだ。あれよあれよと言う間に話が進んでしまい、着いていくのに精いっぱいというか。

 ……ああ、そう考えてみれば、俺けっこう無理して状況について行ってたのかもしれないな。そういうところを見透かされてたのかもしれない。



「……別に、急ぐ必要もなかったな。まぁ色々疲れたし、今日くらいはゆっくりするのもいいか……。……っていうか、宿どうしよう? 流石に迷宮の中で更新リペアに出くわすのは嫌だな……」


「でも、外で他の人に出くわしたら面倒だと思いますし、今日は此処で泊まるしかないんじゃないですか?」


「んー……だよなー……」



 俺は項垂れながら、ナツカの問いに同意する。

 せっかくの高級常設拠点ダンジョン=インが……。……まぁまだあと七日あるから、そこで楽しめればいいか。

 そこまで考えて、俺は端末ドローンを操作して現在時刻を確認してみる。ただ今の時刻は……一七時半すぎか。まだまだ全然時間はあるな。



「よし、ナツカ」



 とりあえず、今は気分転換が重要。

 ということで気持ちを切り替え、隣のナツカに声をかける。実は……さっきからずっと、気になっていたのだ。

 目の前の、これまで潜ったことのない高難易度の迷宮というヤツが。



「ロケハンだ。ちょっとこの迷宮、踏破してみようぜ」


「これは企画にカウントされるんですよ?」



 おっ、やる気じゃねぇか。そう来なくっちゃな。

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