12:浜辺家の人々 ②/この姉あってこの妹あり

「いや、すまないね……。介抱までしてもらっちゃって」



 照れ臭そうに頬を掻きながら、ソファに腰かけた女性は口を開く。

 先程ナツカによって発見された芋ジャーの女性は、俺とナツカによって抱えあげられてそのままソファに移送されたのだった。幸いにも意識ははっきりとしていたため、ソファに運び込んだあと水と常備されていた芋けんぴを与え、今に至る。



「マジで反省するといいですよ」


「あー……あんま気にしないでください……」



 フォローする俺の声も、どこか掠れているのを自覚していた。

 芋ジャーの女性は、そんな俺の気まずさやナツカの半ギレを普通に無視して、



「初めまして。そういえば友達が来るって言っていたかな。いらっしゃい、夏花の姉だよ」


「うっす。瀬波です」



 やや親し気なナツカの姉の挨拶に、俺は多少たじろぎながらも答える。

 ナツカ同様色素の明るい髪を、ポニーテールにした女性だった。無表情だが明るい雰囲気のするナツカとは対照的に、重めの前髪といい、感情の分かりづらい真顔といい、全体的に暗め……というか、堅めの印象を与えてくる。陰キャ度ならこっちのが上だ。



「せなみさん、紹介します。こちら姉の心春コハルです。夏の姉だから春。安直ですね」


「どっちかというと妹のお前の方にならないか? 安直なの」



 俺の指摘により衝撃の事実に気付き愕然とするナツカを放って、俺はお姉さんに会釈する。

 思いっきり芋ジャー姿のリラックス具合だが……まぁ妹の友達が来るからってそんな気張らないよな。ましてナツカが連れて来るようなヤツだ。自分で言うのもなんだが。



 ナツカは、ナツカにしては珍しく呆れた様子を隠そうともせずに腕を組んで、



「で、なんであんなところで倒れてたんです?」



 あ、それは俺も気にしていた。

 ナツカの様子からして持病の類というわけではなさそうだった。意識もしっかりしていたし、外傷もない。あそこで寝落ちしていたのをナツカに起こされたとしか思えない感じだったが……、



「ああ、ちょっと睡魔がね……。ほら、ここのところ徹夜続きだったからなぁ。ひんやりした床が気持ちよくて横になっていたら、ついうとうとと……というわけさ」


「というわけさと言われましても」



 平気で意味不明なことを言う心春さんに、俺は思わずツッコミを入れてしまう。

 いや、徹夜続きでお疲れだったというのは本当にお疲れ様なのだが……。にしても、床が気持ちいいから床で寝ましたっておかしくねえか!? そこはせめて自室まで戻ってベッドで寝るだろ!?



「それに、あそこで寝ていたら早いうちに夏花が起こしてくれるからね。ほんの少し仮眠を取りたかっただけなんだ」


「せなみさん。このナツカさんを目覚ましアラーム代わりに使うとはふてえ野郎ですよこの姉」


「俺に同意を求めるな、俺に……」



 姉妹のプロレスに部外者の俺がコメントしづらいだろうがよ……。


 いや……もう、なんていうか、こう……。

 この姉あってこの妹ありというか……。

 ……色々と大丈夫なんだろうか? この家。



「さておき。妹が随分世話になっているようだね。瀬波くんの話は私も聞いているよ」



 ニヤリと笑みを浮かべる心春さんに、俺は曖昧な笑みを返して──それからすぐにナツカの方へと振り返った。

 それから心春さんには聞こえない程度に声を落とし、ナツカに問い詰める。



「(……………………お前、どこまで話した?)」


「(隠してたら却って不自然なところ……最近一緒に異界迷宮ダンジョンに潜ってるってところまでですよ。配信のことは言ってませんので)」


「(…………ならいいか……)」



 まぁ、家族はナツカが異界迷宮ダンジョンに潜ってることは当然知ってるだろうしな。そこの繋がりを隠したら、今度は逆に俺は何者だって話になる。

 それに、この顏を見ると、最低限俺が秘密にしろと言った情報は言わないように意識しているようだ。最初のネットリテラシー崩壊っぷりを考えたら、これだけでも十分上出来である。

 ………………あれ? もしかして俺、コイツに毒されてるか?


 脱力しつつ、俺は心春さんの方へ向き直り──



「お休み中のところお邪魔してます。ちょっと込み入った話がありまして……」


「ああいや、私のことは気にしないでくれ。たまの休みを自堕落に貪っているだけだからな。それよりも……、」



 心春さんが、そう言った瞬間だった。


 ──直後、目の前に過去最大の強敵が現れた。


 ……いや、実際に周辺が突然異界迷宮ダンジョンになって目の前に迷宮主フロアボスや凄腕のランクマ勢が現れた訳ではない。ただ、それらに伍するほど──いや、凌駕するほどの圧倒的な存在感が、目の前から放たれたのだ。


 直後、俺は反射的に目の前に踏み込んでいた。

 ──突然の存在感。完璧に油断していたこともあり、明らかに気圧された……、その場で足踏みするのは死を意味する。だからこその、突貫。もし何かの攻撃が来たとしても、保険で直前に触れていた壁から街灯を伸ばして俺自身を突き飛ばす準備はできている。

 この後は、一歩目で身を低くして被弾面積を軽減、ついでに姿勢補助に見せかけて左手で床に触れることでこちらから攻撃の伏線も用意しておく。そこから下に視線を集めた敵を頭上から攻撃する為、天井から吊られた照明を破壊する為の『照明器具』を右手に──


 ──そこまで行く寸前の一歩目で、俺は慌てて足を止めた。


 ……いやいや、何考えてるんだ俺は。今の俺は完全に生身だし、周辺はやっぱり異界迷宮ダンジョンじゃない。探索技能スキルは使えないし、そもそも目の前にいるのは心春さん一人だけである。というか、普通に人様の家を破壊する行動を取ろうとするのはアウトだろう。

 屋内戦が多いから普通にリアルでも此処破壊すれば不意を突けるな……みたいなこと考えるのはランクマ勢あるあるだが、考えるだけならともかく実行しようとするのは流石にヤバすぎる。反省だ。


 実際、ちょっとつんのめりかけた俺を見て心春さんも目を丸くしていた。



「……っと、すみません」


「い、いや。


「おっと、危ないですねせなみさん。そこで転ばれたらナツカさんも巻き込まれますよ」


「悪い悪い」



 軽く言うと、俺は心春さんの方に振り返る。

 急な威圧感……状況的に、心春さんが放った可能性が高い……が、理由が分からん。試したにしても、いくら何でも急すぎるし動機も薄すぎる。俺の勘違い……と考えるのが妥当かもだが、そう断言するには先程の存在感は大きすぎだ。

 いったい何だったんだろうか……。狐につままれたような気持ちになりながら、



「えっと、さっき何か言いかけていたみたいですけど」


「ん? あ、あぁいや、……確か、きみも異界迷宮ダンジョンに潜っているんだったか」


「はい、まぁ」



 要領を得ずに頷くと、心春さんは軽く身を乗り出して、



「配信はするのかい? もしするのなら見てみたいな。きみは筋が良さそうだ」


「いや全然まったく毛ほどもしたことないですね。衆目に晒される活動なんて考えたこともないですよ。できる人は天才だと思います」


「ふふん。そんなに褒めても何も出ませんよ」


「お前のことじゃねえよ引っ込んでろ」



 するりと入り込もうとしたナツカにツッコミを入れる。その様子を見て、心春さんは軽く笑ってくれた。

 ……よし、無事に誤魔化せたか。びっくりした……。急に核心を突いてくるんだもんな。友達の姉に『自分、荼毘って配信やってます! しかもそこそこ人気です!』なんて言える訳ないっての。

 不自然な受け答えになっていないか少し心配だったが、幸いにも心春さんはそこについてはあまり拘泥せずに、



「入学したばかりで、男子の同級生と一緒に異界迷宮ダンジョンに潜っていると聞いた時は少し驚いたが、きみのような子なら安心だ。ナツカは出会いに恵まれたな」


「……いやまぁ、俺も楽しんでるんで」



 変に持ち上げられるのも居心地が悪いので、俺はぶっきらぼうに返した。

 ……始まりこそ巻き込まれる形だったが、今こうやってナツカと一緒に行動しているのは、俺が選んだことだしな。それに、楽しいっていうのは事実だし。じゃなければ此処まで色々やったりはしない。



「なら良かった。普段なら、ここで未来ある若人に迷宮省のお仕事を説明するプレゼン会を開催しているところなんだが……」


「コハ姉、それやったら流石のナツカさんもげきおこですよ」


「妹もこう言っていることだし、これ以上邪魔をする訳にはいかないな。介抱ありがとう。さ、上に戻って良いよ」


「あ……どうもっす」



 心春さんに送り出されて、俺とナツカは二階へと戻る。

 凄い人だったな……。やはり迷宮省に就職するようなバイタリティある人はあんな感じになるんだろうか。あと、俺にプレゼンするあたり迷宮省って意外と人手不足なのかね。……いや、そりゃ異界迷宮ダンジョン自体が開闢から一〇年しか経ってないんだし、人手不足も当然といえば当然だが。


 そうして当初の目的である飲み物を持ってナツカの部屋に戻った俺達だったが、やはりさっきまでのインパクトが強い。

 飲み物を取りに戻る前までの話の内容は、もう大事な部分以外抜け落ちてしまっている有様だったが……、



「ちょっと空気を入れ替えて気分転換でもしましょう。窓開けてもらえます?」


「自分の部屋だろ。自分で開けろよ……」


「ナツカさんはお茶を注ぐので」



 ぶつくさ言いつつ、俺はナツカの部屋の窓を開けてやる。

 窓を開けると、春風が気持ちいい。俺は窓の向こう側の景色を何とはなしに眺め──そこでふと、ある一部分が目についた。

 ナツカの家の庭。その一角に、何か不自然な大岩が置かれていたのだ。

 不自然な大岩……というのは、その岩質が通常のそれとは違い、漆黒の大理石のような──『大空洞』にあるようなそれによく似ているということだ。

 異界迷宮ダンジョン関連のモニュメントだろうか……? 長女が迷宮省に就職しているのだし、よくわからん異界迷宮ダンジョン系のアイテムが転がっていてもまぁ不思議じゃないが。



「なぁナツカ。あれなんだ?」


「なんですか? ……ンッ」



 何の気なしに問いかけてみると、ナツカは俺の問いに応じて窓に近づき──そして明確に大岩を見て変な声を上げた。

 …………あん?



「あー……あれですね。昔コハ姉が持ってきたというか……。そんな感じのものですよ。大したものではないので気にしなくていいです」



 明らかに何かありますという口ぶりだったが……なんだろうか。

 『大空洞』から勝手にかっぱらってきたものだから、あんまり触れられたくないとかか? 一応、異界迷宮ダンジョンから持ち帰った物品の所有権は所有者に帰属する……っていうのがだから、そんな気まずそうにしなくてもいいと思うが。

 ま、そんな気にするほどのものでもなさそうだ。何らかのポンコツエピソードっぽそうなのでそういう意味では気になるが。



「で、ナツカさんも色々と考えてみたんですよ」



 窓の方から視線を逸らすと同時、椅子に座ったナツカはそんなことを切り出してきた。

 俺もバランスボールを転がして座り、麦茶の入ったグラスを持つ。

 ちなみに、俺の体幹はちょっと初見の人に引かれるくらいしっかりしている。ボールに座りながら水を飲むくらいはお茶の子さいさいである。



「聞かせてみろ」


「要は、ナツカさんの存在感を増しつつクロの存在感を減らせれば、ナツカさんのファンを自然と増やすことができるっていうことですよね」



 そう。

 このままだと、ナツカのチャンネルが俺とのコンビチャンネルということになってしまう。それを回避する為には、今よりもナツカの存在感を強めて、逆に俺の存在感は薄めてやる必要がある。

 今はどっちも主役みたいになってしまっているので、それはよくない。主役はナツカ。それは大前提なのである。


 頷く俺を見て、ナツカはさらにドヤりを加速させながら、



「であれば、今後旋風つむじに投稿するショート動画は、クロが撮影したナツカさんの映像……という形にしてみたらどうでしょうか」



 と、提案してきた。

 旋風にショート動画を投稿するという案は、前々から決めていたことだ。ダイバー準備中の探索者アカウントがよくとる施策の一つで、その動画でデビュー配信前から探索のスタンスや芸風などを把握することができる。現代の新人ダイバーには必須の行動である。

 予定では、俺がナツカと一緒に探索しながら撮影したものを編集して、それを小分けにして旋風に投稿するという流れだったが……。

 それを、俺が撮影する形でナツカの映像を撮る……というと。



「……ふむ?」


「クロが撮影したナツカさんの映像ならクロが映りませんから、必然的にリスナーはナツカさんの姿だけを見ることになりますよ。ナツカさんが主役というわけですね。加えて、撮影自体はクロがやるので、これは立派なデビュー準備の協力ですよ!」



 お……おぉ。

 珍しくナツカが真っ当な案を提示している……。俺の目から見ても、文句のつけようがない。

 正直あんまりナツカに比重が大きくなる案だと俺が手伝えないしなあ……という謎の罪悪感があったりもしたのだが、これなら撮影は俺がやってるのだから安心だ。それに、目の前で撮影をしまくるわけだから必然的にナツカには撮影のコツが集約されていく。良いこと尽くしの作戦である。



「お前……やればできるじゃないか」



 思わず、俺は感嘆の声を上げていた。

 これなら、あと一週間ちょっとのデビュー準備期間で可能な限り準備を整えられるのではなかろうか。



「ふふん。でしょう? ナツカさんは常に爪を隠して待ち構えているんですよ。披露の時を」


「その割には常に爪を見せびらかしていると思うが……」



 いや、ベアークロー的な意味でではなく。


 ともあれ、これで方針は問題ないだろう。

 これなら俺の裏方感も十分醸し出され、コンビチャンネルという認識も薄まるはずである。



「そうと決まれば……どうします? この後早速異界迷宮ダンジョンに行きましょうか!」


「あ、いや。今日はキララとしての配信予定日だから無理だわ。あと明日も。明後日でいいか?」


「ならしょうがないですねー……」



 無表情なのに、どことなく残念そうに見えるナツカ。

 そんなナツカをよそに、俺は人知れず胸を高鳴らせていた。やっぱり何事も、これから頑張るぞって時が一番ワクワクしてくるよな。

 ……こんなことを言うと、ナツカが調子に乗るので絶対口にはしてやらないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る