04:異能者達/能ある鷹は爪を爆裂

「『デビュー配信』ですか? デビューならもうとっくの昔にしてますよ。ナツカさんはプロですから」


「あんなグラグラホームビデオ映像でデビュー済みとは俺は認めない」



 きょとんとしながら答えるナツカにツッコミを入れつつ……そういう意味じゃないんだよな。



「別に、本当にデビュー配信をするって訳じゃない。ってか、デビュー配信をするならまずその前に各種SNSでプロモーションが必須だしな。デビュー準備中のダイバー予備軍とか見たことあるだろ? 『ダイバー準備中』ってやつ。低ランクの迷宮にはわんさかいるぞ、そういう人たち」


「見たことないしやったこともないです……」


「…………そういうのが必要なの!!!!」



 嘘だろお前! 俺だって配信を始める前に『キララ@ダイバー準備中』ってアカウント名でSNS作ったりして、初配信の前には宣伝出したりしてたんだぞ。確かにそういう下積みの人達って一般層から見たら目立たないけどさぁ……。

 っていうか、そういうことしないと個人勢が初配信で誰かに見てもらえる訳ないんだよ。そもそも見に行くための導線がどこにも存在しないんだから。



「……こほん。ともかく、デビュー配信は大事だから覚えとけ。今回はその練習みたいなもんだな」


「練習、ですか?」


「そうだ。異界迷宮ダンジョン配信って一口に言っても、色々種類があるだろ? シンプルにより深くへ開拓したり、対人で戦ったり、素材を採掘したり。水中系の迷宮を専門にするみたいな、場所依存の特色もある。そして、ダイバーごとに得意な迷宮の特性も色々だ」


 異界迷宮ダンジョンの内部環境は、各迷宮ごとにバラバラだ。

 ある迷宮では溶岩が煮えたぎる横を歩く洞窟だったかと思えば、またある迷宮では青々とした大空の広がる草原だったりする。かと思えば、明らかに人が作った施設みたいなものが突然出て来たりもする。

 ともかく、『大空洞』の地面が真っ黒な大理石みたいな材質という現実離れした環境だったところからも分かる通り、異界迷宮ダンジョンは文字通り『異界』の迷宮で、現実の常識など通用しないのである。



「ぶっちゃけ、今の段階だとダイバーとしてのナツカの特徴が全く分からんからな。今後のお前の為にも、デビュー配信ので撮ってみて、自分の特徴を掴んでみようってわけだ。デビュー配信なら自己紹介とかそういう基本的な情報が出しやすいだろ」


「はえーなんだかよく考えられているようですね」


「完全に他人事だがお前の今後の為に重要な話だからな!?」



 ツッコミを入れ、俺は目の前に聳え立つ『壁』を走った亀裂に視線を向ける。



「これから向かう迷宮は『ハロルド森林』。ハロルドってダイバーが異界深度フロアレベルを平定した迷宮だから『ハロルド森林』だ。平常異界深度フロアレベルはだいたい三前後。ま、初心者が入ったら迷獣モンスターにボコられる程度の難易度かな」


「ふふん、余裕ですね。ダイバーのプロであるナツカさんをナメてもらっては困りますよ」


「その割にはさっき見せてもらった映像がショボかったのが心配なんだがな……」



 まぁそれは別にいいか。俺もいるわけだし。



「まぁ、大船に乗ったつもりでいてくださいよ。それこそタイタニックに乗ったくらいに!」


「それ沈没した船の名前だぞ」




   ◆ ◆ ◆




 『壁』に走った光の亀裂に触れると、俺達の体はその亀裂に吸い込まれるようにして迷宮の中へと入っていく。

 ──そして次の瞬間、俺達の目の前には鬱蒼とした森林が広がっていた。


 背後には、『大空洞』のものと同じ夜空の闇めいた漆黒の『壁』と、そこに走る光の亀裂。何もかもがイレギュラーばかりの『異界迷宮ダンジョン』における数少ない共通事項だ。帰る時はこの亀裂に触れれば、また『大空洞』まで戻れるのである。まぁ、迷宮の中で乙っても自動的に迷宮の入口──即ち『大空洞』側の『壁』まで戻されるけどな。


 そして前方──。



「はー、随分鬱蒼としてますね」



 広がる森林を見渡して、ナツカが呑気そうに言う。

 ナツカの言う通り、空を埋め尽くさんばかりの枝葉を伸ばした木々によって構成された、鬱蒼とした森林だ。空を埋め尽くさんばかり……というか、実際に埋め尽くしている。そのせいで、ぱっと見は茶色と緑によって構成された洞窟のようだった。

 当然、光が当たるはずもなく、森林の中は暗闇に包まれている。……自然界じゃあちょっとありえなさそうな光景だが、異界迷宮ダンジョンではこういうものがありふれている。

 異界迷宮ダンジョンの中にあるものは生命活動や何者かの作為が積み重なった結果成立した『自然』ではなく、単なる現象である──というのは、最近の異界迷宮ダンジョン学の常識だ。現場で活動するダイバーにも、その認識は浸透してから久しい。もっとも、一体どんな理屈でそうなっているのかについては未だに全く分かってないんだがな。



「事前に確認した情報だと、出て来る迷獣モンスターは虫系らしい。虫は大丈夫か?」


「ダイバーやってて虫ダメな人っているんです?」


「なら良し!」



 言いながら、俺は掌を翳す。

 すると、そこからと光が浮かび上がり、その光が収束して照明用ドローンへと変化した。

 ナツカはそれを物珍しそうに見て、



「……あれ、それ探索技能スキルですか?」


「ん? お前キララの切り抜き動画見たんじゃないのかよ……。なら分かるだろ」



 俺は呆れながら、発現したドローンを操作する。ウズラの卵くらいの大きさの球状のドローンがふわりと浮かび上がり、俺達の周囲を照らし出してくれる。



「俺の探索技能スキルは『照明』だからな」



 探索技能スキルとは────異界迷宮ダンジョンに適応した人類が、本能によって『必要な能力』を獲得したものだと言われている。

 俺の持つ『照明』の他にも、『探知』『鑑定』『掘削』『合成』『練成』『通信』『移動』などなど……。多くの能力は、探索の助けになるような技能である。そしてそれぞれがその能力を自分の趣味に合う形に調整している訳だ。俺の場合は──



「『手作りの絢爛カジュアルトーチ』。ご覧の通り、任意の『照明器具』を発現する探索技能スキルだ」



 これだけなら、いかにも非戦闘タイプという感じの探索技能スキルだが……ま、どんな能力も使いようだ。



「ああ、確かに見ましたね。触れたところから街灯を生やして相手に突き刺したりしてました」


「…………うんまぁ、そういうことだよ」



 くそっ、解説し甲斐のない女だ……。そういう能力を一見すると予測できない意外な使用方法は土壇場で使ってドヤるのが基本だっていうのに……。



「これで迷宮内の視界確保も完了。カメラ回すから、撮影用ドローン貸してくれよ」



 そう言って、俺はナツカに手を差し出す。

 しかし、ナツカはすぐにはドローンを差し出さずに首をかしげて、



「……クロのドローンを使えばいいのでは? ナツカさんのドローンはぼろっちいですよ」


「それでいいんだよ。……っつか、Teller-Visionのアカウントはドローンと紐づいてるだろ。俺のドローン使ったら万が一のミスでキララのチャンネルで配信開始しちゃうかもしれないじゃん」



 もちろんそんなミスはないように細心の注意を払うが、それでもヒューマンエラーとはどうしても発生するものだ。それなら、そもそも最初からナツカのドローンを使った方がいい。

 …………それに、せっかくあれだけ使い込んだドローンなのだ。こういう転機の映像がその機体に残せないというのも、なんだか寂しいだろう。



「まぁそうですね。はいどうぞ」



 ナツカは大して気にした様子もなく、懐からドローンを取り出して俺に手渡す。

 鶏卵大のドローンを受け取ると、俺は思考制御でアカウント設定を確認。撮影開始と同時に配信インターフェースが立ち上がる設定になっていたのでそれをオフにして……よし。これで配信事故は起きない。

 飛行機能を有効にして、ドローンを飛ばしてみる。すると、ドローンはあっさりと離陸して俺の意志の通りに旋回を始めた。



「……そういえば、照明用と撮影用の二台を同時に飛ばしてて頭とか混乱しないんです?」


「あん? 特に……だな。思考制御用の分割思考インターフェースの設定をちょっといじれば、照明用・撮影用とそのほかみたいな感じで分けられるぞ。同期操作はできなくなるが」


「え、そんなのできるんですか……。二分割までしかできないと思ってました」


「設定にコツが要るからな。後で探索が終わったら設定方法教えてやるよ」



 適当に言いながら、俺は撮影用と照明用の二台を配置してナツカのことを撮影する。

 実は、こういうデビュー配信……とりわけ自己紹介は、特にネタがなければ『大空洞』の貸し部屋みたいなところで撮影するのが良いんだが、如何せん貸し部屋はレンタル料がかかる。それにちょっともあるので、今回は迷宮を探索しながらの自己紹介だ。

 俺はナツカに向けて三本指を立てて、



「じゃ、始めるぞ。三、二、…………」



 一……とは言わずに俺は最後の指を折る。

 そして、ナツカの挨拶を待つが……、



「……………………」


「……………………」



 ナツカ、沈黙。



「……いや挨拶しろよ!」



 たまらず、俺はツッコミを入れる。

 何の為にカウントしたと思ってるんだ! 実際に配信してたら、完全に配信事故だよこれ!

 しかし対するナツカはむしろツッコミを入れられたことの方にびっくりした様子で、


「え!? これもう始まってるんですか!?」


「始めるぞっつったろ!」


「え、あー、えっと。皆さん初めまして。自己紹介のプロ、浜辺、」


本名ほんみょォうッッッ!!!!」



 さっきまでネットリテラシーに改善の兆しが見えて来たと思ったら早速飛ばしてきやがったなぁ!! あと自己紹介のプロってなんだよ!! 仮にそんなものがあったとしてお前は間違いなくプロじゃねえよ! アマチュアレベルでも完全に落第だっての!!



「ったく……。最初からやり直すぞ。いいか、俺が最後の指を折ったら撮影開始だからな? そしたら挨拶から入るんだ」


「分かりました。任せておくといいですよ」


「大丈夫かなあ……」



 一秒前のことも忘れていそうな自信のナツカにちょっとこの先が心配になりつつ、俺は改めて三本指を立てる。

 二、一、開始……と。



「皆さんどうもこんにちは。自己紹介のプロ、ナツカです。本日は皆さん、ナツカさんの初配信にようこそいらっしゃいました」



 おお……。今のところちゃんとできているぞ。相変わらず自己紹介のプロは意味不明だが……。



「……………………」



 あれ、黙っちゃった。



「……あの、クロ? これ次は何を話したらいいんですか?」


「台本がなきゃ喋れねえのかお前は!!」



 くそっ! そんなんで本当にダイバーやっていけると思ってんのかお前は! 先が思いやられるなぁ!

 ……いやまぁ、急にデビュー配信しろってお題を出したのは俺なんだけどさ。でもダイバーなら皆何となく自分のデビュー配信のイメージとか、あるだろ。そんなかっちりしたものは求めてないから、何となく流れ的なのをさ……。

 …………まぁ、進行くらいはしてやるか。



「……これが本当のデビュー配信なら、まず視聴者を逃がさない為のどでかいインパクトの一芸をかましてもらうところなんだが、まぁ今回は練習だしな……」


「お、どでかい一撃いちげきをかませばいいんですか? それならナツカさんにお任せですよ!」


 呟くようにぼやいていると、ナツカはそう言って、適当に通路脇の木の枝を圧し折る。

 一本だけでなく、二本、三本と圧し折り……、



「あ、あの? 何してんの?」


「まぁまぁ、見ててください。ナツカさんはプロですので」


「プロは説明責任を果たすものだと思うぞ」



 しかし、ナツカは俺のツッコミは無視して、束ねた枝に力を込めだす。



「自己紹介ですので。まずは視聴者の皆さんに、ナツカさんの探索技能スキルを紹介しようと思うのです」



 ああまぁ、それは結構定番の流れだよな。

 探索技能スキルって何だかんだ似たようなものって少ないし、一人一能力だからパーソナリティと紐づきやすい。各ダイバーを特徴づけやすいのだ。それに見栄えのするものも多いので、デビュー配信で探索技能スキルを使ったアピールをするダイバーはけっこう多い。

 ナツカにしてはまともな説明だったせいで、俺は一瞬気を緩めてしまった。

 だが……考えるべきだった。

 ナツカとかいうド級のボケ野郎が突然『いいこと思いつきました!』ってツラで良く分からんことをし始めた時の、リスクというものを。



「ナツカさんの探索技能スキルは、『合成』。素材を基にして全く新しいものを作り出すという神のごとき能力です!」


「まぁ確かに便利そうだな」



 『合成』系の探索技能スキルの持ち主は、確かに戦っても相手をしづらい。大抵は戦闘に応用しやすくするために条件を設定しているので抜け穴もあるのだが、戦場に向こうの望む条件を追加できるというのはなかなか厄介だ。

 ……まぁ、定石は決まっているし、『練成』系と違って素材が必要だから、相手の動きを読めば何を出してくるかなんてけっこう絞れたりするけどな。



「んで、そのナツカの『合成』はいったいどんな……、」


「ナツカさんの探索技能スキルの名は『匠の愉快な名人芸フルリフォーム』! 能力は──」



 ぽん、と。

 ナツカは手に持った枝の束を無造作に頭上に放り投げる。

 別に束ねられたわけでもないのに、枝はくっついたままに放り投げられ──



「『合成したものを起爆できるようにすること』ですっ!」



 ──音が、消えた。

 ──光が、消えた。


 咄嗟に迷宮を形作っている木々の陰に隠れたのは、本能というよりも身に沁みついたランクマ勢としての経験だった。

 そこから遅れて、きぃんという耳鳴りがやってくる。爆音が、音としてではなく暴力として襲い掛かってきた証拠だ。もしも至近距離で浴びていたら、あまりの轟音に頭痛でもしていたかもしれない。

 爆風が襲って来る一瞬前にナツカの首根っこを掴んで木の陰に隠れた俺は、改めて二人と撮影用のドローンが無事なことを確認して、それから訳が分からなそうにしているナツカに怒鳴る。



「馬鹿野郎!! こんなところで爆発物を起爆させるとか何考えてんだ!? 爆風で機材が壊れたらどうする! 俺達はやられてもまぁ問題ないが、機材はどうしようもないんだぞ!?」


「ひえっ……音と光だけで攻撃力はないように設定してるから大丈夫ですよ……」



 ……なんだ、そうなのか。



「…………そういうことは早く言え……! なんで土壇場でドッキリみたいにやるんだよ! びっくりするだろ!」


「だって、こういうのって土壇場で説明なしで使ってドヤるのがかっこいいじゃないですか」


「………………」



 そ、それについては俺も同じようなことをしたかったから否定できないが……。

 ……しかしまぁ、爆発に破壊力がないってことなら、そこまで暴挙でもないか。びっくりしたし、事前に説明もしてほしかったが。

 まぁ、本来なら絵的にけっこう面白だったのは否定できん。ここはむしろ、止めてしまった俺の失態だ。戦闘慣れが仇となったか。ランクマ勢は探索技能スキルの行使には敏感なんだよな……。



「……悪い、ちょっと過敏だったかも」


「まったく、しょうがないですね。今回はナツカさんも説明不足だったので許してあげましょう」



 なんかこいつが偉そうなのは釈然としないのだが……。


 気を取り直して木々で囲われた通路に戻って、体についた葉を払ったりなんだり。

 準備が整ったのでドローンのアングルを改めて調整している途中──俺はふと、体の動きを止めた。


 悠長に枝をつまんで取っているナツカの姿は、先ほどよりも明るく映っている。

 それは、ヤツの探索技能スキルによって上方を覆っていた枝のうち幾らかが焼けたからである。いくら攻撃力が乏しい設定とはいえ、至近距離で爆発を浴びれば多少は傷がつくということなのだろう。

 それはいい。

 だが俺は、そこで気付いた。いくら爆発が弱かったとはいえ、その影響は存在するのだと。まして威力はともかく、爆音と爆光は十分すぎるほどにあった。

 そして此処は異界迷宮ダンジョン────当然、そこにはもいる。


 がささ、と。


 遠巻きに、何者かが草をかきわける音が聞こえてくる。

 俺は既に、臨戦態勢に入っていた。


 つまり。



「…………おい、ナツカ」


「はい? どうかしましたか?」



 きょとんとするナツカの背後。

 木々の間から──体高だけで人間以上もある巨大なムカデの迷獣モンスターが、姿を現す。それも、一匹や二匹ではなく。



「お前、やっぱり後で説教な」



 …………当然、迷獣モンスターは引き付けまくるよなあ!!!!

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