第5話 事件の後始末
病院に着いてからも大変だった。
泣き続ける麻琴。ケンチのお母さんに土下座する未来。
ケンチの外科的処置やMRIなどの検査が終わり、病室へと運ばれたわけだけど、お母さんと麻琴以外、人数多すぎだと待合室へと追い出される始末。
そりゃ、そうだよね。
今思うべきじゃないかもだけど、良かったね麻琴。もう家族じゃん。
「望。俺達は一旦帰るけど、どうする?」
「うん。麻琴も一旦は家に帰さなきゃだし。私が送っていく」
「わかった。気を付けてな」
「ありがと」
ぞろぞろと足取りも重く帰り始める面々の中、私は和尚の襟首を掴んで、引き止めた。
「な、なに?」
「未来の落ち込みが酷い。ちゃんとケアして」
「あぁ、わかってる」
「よろしい」
そそくさと未来に駆け寄り、肩を抱いていく和尚。
さて、私のツップリちゃんを迎えに行きますか。
そして全部終わったら、幾美に甘えまくろう。
※
「失礼します」
「あ、望さん」
「少しは落ち着いた?」
「う、うん」
「松本さん、だったかしら。色々ありがとうございます」
「い、いえ、私は特に」
「他の方は?」
「一旦、帰らせました。また明日、お見舞いには来ると思いますが。時間はバラけさせますんで」
「みんな、帰ったの?」
「うん。麻琴も一旦帰ろう。付きそうにしろ何にしろ、きちんと家で話さないと」
「でも」
「真琴ちゃん、謙一は大丈夫。脳に損傷はなかったって言うし、先生も心配はないって言ってたし、ね」
「・・・はい」
「たくさんキスでもしてあげて。きっと、お姫様のキスで目を覚ますから、この馬鹿息子は」
「キ、ス、へ?ひゃ、はい」
望さんが怖い顔で謙一を見始めた。どちらも時と場合を考えてほしい。
「じゃあ、麻琴は一旦連れ帰ります」
「よろしくお願いします」
「お母様も無理なさらずに」
「ありがとう。でも、今が無理のしどきだと思うのよ」
ふっと笑顔を見せるケンチのお母さんに、女の強さを感じた。私も、もっと強くならなきゃな。
※
おれと成美と幾美で、病院前にタクシーを呼んだが、なかなか来そうにない。
ちょうど来ていた2台は、恭とリリーナさん、そして崇とムリョウさんに取られた。ムリョウさんの落ち込み具合を見て、成美が譲ったんだけど。
恭はこういうときは行動が無駄に早い。いらんことしなきゃ良いけど。
「幾美」
「ん?」
「謙一が入院してる間に」
「片付けるさ。学校の方は」
「だよな」
「みんなの居場所は守らないとな」
「その`みんな`が限定的すぎるけどな」
「俺達、政治家でも神様でもないんだ。当たり前だろ」
幾美はそっぽを向いているので、表情はわからないが、多分、悔しがってる。
「そんな幾美くんに、頼れる成美お姉さんからアドバイスをあげよう」
成美が腰の手を当て、えっへんと言った感じで鼻息を荒げる。
可愛いような、みっともないような。それを言うと、ここに入院しなきゃいけなくなるから言わないけど。
「え?」
幾美がこっちを向いた。
「ここからはスピード勝負。学校側に余計な予防線張らせる前に決着つけなさい。ま、決着とは言えないかもしれないけど」
「ありがとう、成美さん」
具体性ゼロのアドバイスだけど?
「殊勝な幾美くんは気味が悪いね」
「頼りになる成美さんも気味が悪いですけど」
笑顔で幾美にアイアンクローを決める成美を見ながら、おれは溜息を付いた。
※
タクシーの中、
「キョウ、顔が怖いよ。何、考えてるの?」
リリーナが不安そうにおれちゃんを見て、手を握ってきた。
「おれちゃんがやれること、なんだろうな?」
「コミエの時も、怖いことしようとして、ケンイチに止められたでしょ?駄目だよ!」
リリーナがおれちゃんを睨む。
「それを言われるとなぁ」
「イクヨシとコウジの言うことを聞きなさい」
と、握っている手の力を強めた。
「・・・リリーナ、しっかりしたよね」
「キョウたちに付き合えば、嫌でもしっかりするよ」
こういうの反面教師っていうのかな?
※
未来が一言も喋らない。
帰りのタクシーの中でも終始俯いたままだ。
気に病むなとか、軽々しく言えない。
「崇」
「え?な、なに?」
そんな状態からいきなり話しかけられ、びっくりするオレ、情けない。
「このまま、ケンチが目を覚まさなかったらどうしよう」
「医者は脳に異常はないって言ってるんだから、謙一が目を覚ましたくなったら起きるさ」
「あたしのせいだから・・・」
「いやいやいや、未来のせいじゃないだろ。宮島と鈴木のせいだし」
「でも、罰ゲームなんてさせたの、あたしだし」
こりゃ、真理愛さん以上に重症かな。オレは変に湧き上がろうとする謙一への嫉妬を抑え込み、まともに慰めることも出来ない自分の不甲斐なさを恥じた。
※
望さんにタクシーで家の前まで送ってもらい、わたしは家に帰った。
「ただいま」
「おかえりなさい。麻琴、ちょっとこっちに来てくれる?」
玄関でお母さんに出迎えられ、そのまま居間に。
「麻琴が部屋で泣き伏せっちゃうと、話が聞けないから。で、容態はどうなの?」
「泣き伏せったりしないもん・・・意識は無い状態だけど、脳に異常は無いって」
望さんに言われて、帰る前に電話で事情は話してある。
「そう、意識が戻るまでは心配だろうけど、麻琴は学校サボって病院行ったりしないこと。学校の帰りも面会時間を過ぎるようなら、無理して行かないこと」
「え!でも」
「麻琴は普段の生活リズムを崩さない程度で看病しなさい。麻琴の生活に支障が出たら、それこそ彼氏さんも、その親御さんにも余計な心配をかけることになるから」
お母さんの言いたいことはわかる。結局、謙一の事を紹介できてないし、心配されちゃうよ、ね。
「うん。わかった」
「とりあえず、お風呂入ってらっしゃい。そんな泣き腫らした顔してたら、お父さんがどんだけ心配するか」
わたしは立ち上がって、とぼとぼと風呂場へ向かった。
洗濯機に今日着た水着を入れる。
隠そうとしないで、もっと、謙一に見てもらえばよかった。
そんな事を思うと、また、涙が溢れそうになったので、急いでお風呂に飛び込んだ。
気づくと、ろくにシャワーも浴びずにプールから出たせいか、全身塩素臭い。
「もう、やだ」
わたしは頭の天辺まで、お風呂に潜った。
※
翌日。日曜日。
わたしは朝イチで家を飛び出し、病院に来た。
病室に行くと、お母様がいた。多分、昨日から泊まり込んだんだろう。
「お母様、わたし、今日一日いられますんで、一旦帰ってお休みになってください」
お母様は大きく伸びをすると
「そうね、昨日はバタバタしちゃって持ってきてないものとかあるから、一旦戻るわね。麻琴ちゃん、謙一のこと、お願いね」
「はい」
こんなに信用されちゃっていいんだろうか?お母様の留守中に家に行ったり結構してるので、なんか後ろめたい。
お母様が出ていき、わたしと謙一の二人きりになった。
静かだな。
昨晩、LIMEグループで話し合って、今日のお見舞いは望さんとリリーナさんだけ。
部長、コージ、キョウジは明日からの学校での動きについて悪巧み。
和尚は落ち込みの激しい未来さんの面倒。
成美さんは仕事。
わたしの家族は幸いにも健康なので、実はお見舞いして付き添いなんて初めてだったりする。
謙一に繋がれた呼吸や心電図を測る機械?みたいのが動く音だけが病室に響く。
頭に痛々しく包帯を巻かれた謙一は目を覚まさない。
なんかまた泣きそうになってきたので、頑張って堪える。
キス、したら目を覚ますのかな?
目を覚ましてくれるなら、キスなんて何万回でもする。
とりあえず、包帯やら呼吸器やらで顔に隙間がほとんどない。
瞼なら・・・と顔を近づけたら、病室のドアがノックされた。
「ひゃ、は、はい」
慌てて謙一から離れたので椅子からひっくり返りそうになった。
「失礼します。点滴を替えますね」
と看護師さんが入ってきた。何か笑いをこらえているように見えるのは気の所為?
危ない危ない。
※
今日はノゾミと病院近くの駅で待ち合わせて、ケンイチのお見舞い。
キョウは放って置くと危ないので、イクヨシとコウジに任せてきた。
実際は、付き合ってから、キョウが誰かと殴り合いの喧嘩をするとかは見たこと無いけど。
「リリーナ、おまたせ」
ノゾミが来た。
「ノゾミ、パンツルックなの珍しい」
「ん?リリーナの前では、そんなにしたことなかったか。病院だし、なにか麻琴の手伝いができるなら、動きやすいほうが良いかなって」
「・・・アタクシ、そこまで考えなかったよ」
「私の勝手な考えだから、リリーナは気にしなくていいの。二人で麻琴を慰めよう!」
「ケンイチのお見舞いじゃ・・・」
「ん?ケンチより麻琴でしょ」
「ノゾミもミキもナルミも、マコトの扱いおかしくない?」
「そうかな?しょうがないよ、可愛いんだし」
ノゾミの説明がよくわからない。もっと日本語勉強頑張らないと。
※
「手を握ったり、色々話しかけてあげてくださいね。そういう刺激が目を覚ます助けになるから」
と看護師さんに言われたので、わたしは謙一の手を握り、出会った頃の思い出を話し始めた。
最初は話しやすいなって印象だったこと。
次に会うまでの間に好きになっちゃったこと。
次に会ったとき、絡まれてたところを助けてくれたのがとても嬉しかったこと。
遊園地でのデートと告白が楽しくて嬉しかったこと。
初めての体験はちょっぴり怖かったけど幸せだったこと。
無茶苦茶な合宿も楽しかった。
夏コミエのバッケモンコスやエルフコスも楽しかった。
この半年で、謙一のくれた、たくさんの思い出。話しても話し足りないくらいある。
「ふーん、そうかそうか」
「マコト、大胆」
振り返ると望さんとリリーナさんがいた。
「ふえ?いつの間に」
「ノックしても返事がないから、いないのかと思って入ってきたら、麻琴がねぇ」
「うん、マコトがねぇ」
「二人して、わたしが謙一に話しかけているのを聞いていた、と?」
「「うん」」
「サンコスで絡まれて助けられて、の辺り」
「ほぼほぼ最初からじゃない!」
「だって麻琴が無視するから」
まったく悪びれない望さんに罰を与えます。
両ほっぺをつまみます。
「みゃひょひょ、いひゃいいひゃい」
「声をかけずに人の話を盗み聞きしちゃ駄目」
「ひゃ、ひゃい」
次はリリーナさんにも。
「こういう悪い同級生のマネしちゃいけません」
「マヒョヒョ、わかっひゃよ、わかっひゃよ」
「よろしい」
「まさか真琴に暴力を振るわれるとは思わなかった」
「マコト、強い」
リリーナさんには普通でいてほしかったけど、無理だよね、やっぱり。朱に交わりまくったもんね、この1ヶ月で。
そっか、1ヶ月しか経ってないんだ。
「ふぅ、さて、麻琴。この御札、ケンチの枕の下に入れといて」
望さんがバッグから白い和紙に包まれたものを取り出し、わたしに手渡してきた。
「真面目なやつ?」
「これは真面目なやつ」
どっかにふざけたやつを仕込んでいかないか、一抹の不安。
「麻琴、こういうことでふざけたりしないから、ね」
「こういうこと以外でもふざけないでほしいけど」
「考慮する」
うん、しないな、絶対。
「で、どういう御札?」
「寝た子を起こす御札。見た感じ魂は離れていないようだし、うん」
「ほんと?」
「ん?」
「魂、離れてない?ちゃんと大丈夫?」
すると望さんに抱きしめられた。
「大丈夫だよ。この私、松本望が保証する。この御札は目覚まし時計みたいなもの」
「ほんとにほんと?」
「そりゃ、もう」
それからしばらく、わたしは望さんの胸で泣いた。望さんは何も言わずに抱きしめていてくれたし、リリーナさんは優しく頭を撫でてくれた。
※
幾美の自室で、おれ、恭、幾美の3人で作戦会議。
「やはり生徒総会、だな」
「生徒会の方は大丈夫なのか?」
5月の部活勧誘会を思い出す。
幾美が謙一の冗談を真に受けた結果、部員全員が学年主任の岡中に一時間説教を食らう目にあった、あの日のこと。
今度は、あの程度じゃ済まないかもしれないが、謙一が後顧の憂いなく、ここへ帰ってくるためにも、やらなきゃいけない。
「会長には昨日のうちに話を通してある。生徒会としては、下手な噂が広まって騒ぎになる前に、きちんと説明を生徒にする、という立場を取ってもらう」
「それこそ、岡中の仕事だろ」
「そこは会長の口八丁手八丁さ。教師からの通達よりも同じ生徒からの通達のほうが騒ぎになりにくいって」
「ほんとか?」
「さぁ。壇上で喋るのは俺達だし」
「やっぱ叱られて下手すると停学」
「そうはならない。というか出来ない。俺達が停学になれば、生徒側は教師、というか学校側への信頼をなくす。言論封殺になるからな。罪深き傍観者とはいえ、俺達は被害者の話を語るんだから。嘘、誇張無しに」
「・・・そうかぁ?でも叱られるのはデフォか」
不安しか無い。
「・・・多分」
やっぱりな。
「ということだ。わかった、恭?」
異様に静かな男の存在に不安を感じる。
「ふーん。あいつら以外のいじめ加担者はどうする?」
「しばきたそうだな?」
恭は拳を握りしめて俯いた。
「謙ちゃんやリリーナに怒られるからしない」
「しない理由があるなら良いさ。名前は出さないよ。公開処刑したいわけじゃない。今回は学校側が反省する場所さ。ま、俺達もだけど」
「で、崇はどうする?実質ムリョウさんだけど」
「望にもちょっと相談したけど」
「したけど?」
「可愛い下級生で手一杯だから、上級生のことは、そっちでなんとかしてって」
「恐るべし!」
「そっか、そういえば先輩、何だよねムリョウさん。おれちゃん、すっかり忘れてた」
「さほど、キャラ崩壊したわけじゃないけど、崇の彼女って段階で、うん。見下してはいないよ。おれ達のところまで堕ちたっていうか」
「と、幸次が言っていたと、望に伝えておく」
「絶対本人に伝わるルートに情報を流すな!」
「ムリョウさん、お前の彼女ほど滅茶苦茶じゃないから、大丈夫だろ」
「ついでに成美までディスるんじゃねぇ!」
※
望さんとリリーナさんは
「うちの彼氏の面倒を見なくちゃいけないから」
と、わたしが落ち着いたのを見計らって帰っていった。
それにしてもこんなに長く、謙一の寝顔を眺めるのは初めてだ。
いつもはウトウトしているところを見ていると
「そうはさせない!」
と起きるからだ。
どうも寝顔の写真を撮られることを警戒しているらしい。生物部の弊害に違いない。
ん?望さんからメール。
【キス以上の行為は病院から怒られるよ】
明日学校で会ったら叱ろう。
もらった御札を謙一の枕の下に押し込みながら、わたしは固く誓った。
※
出かけたくはないけど、そばにいて、というのでオレは未来の部屋にいる。
一晩経っても落ち込みは回復しないようだ。
正直、謙一が目を覚ましたら、未来にスライディング土下座でもさせなきゃ終わらなそうだ。
あんにゃろ、早く目を覚ましてくれねえかな。ほんと困るし、参るから。
「崇」
「ん?」
「なんか、食べに行こうよ」
「あ、あぁ。未来は食欲あるのか?」
「うん、少しはある」
微妙な回答だなぁ。
「わかった。気分転換にもなるし、ちょっと出かけよう」
「うん」
なんか、未来が幼いと言うか、すごく可愛く感じるんだが、言ったらやばいよな。
「ちょっと着替えるね」
と、オレの前で部屋着を脱ぎ始めた。オレとしては嬉しい光景だけど、まだ駄目なのはわかった。
※
望さんのメールに触発されたわけじゃないけど、わたしは謙一の瞼にそっとキスをした。
「起きて謙・・・あ」
謙一の瞼に、わたしのリップクリームが付いちゃった。
謙一の右瞼が、薄ピンクな光沢を放つ。
普段だったら怒るかな?ふざけるかな?
とりあえず、写真を一枚。
撮ったけど「そうはさせない!」って起きてはくれなかった。
起きてよ・・・
※
翌日、月曜日。
1時間目の授業の前に、校内放送で放課後に臨時生徒総会が開催されることが告げられた。
緊急案件ではあるが、急遽の開催であるがゆえに出席者の出欠は記録しないとも。
放課後の勝負に向けて、俺は演説原稿を再確認する。
恭も幸次も崇も神妙な面持ちだ。今から緊張しても仕方ないんだが、部活勧誘とはわけが違う。致し方なし。
※
宮島、鈴木、謙一が欠席していること。臨時生徒総会の開催。一部の連中(いじめ加担者)は一昨日に何があったかの大枠は知っているらしく、出ないとまずいのまずくないのと、ゴチャゴチャ話してる。オレに何か聞いてくるやつもいないし、おとなしくしていよう。
オレにとって一番の心配事は未来のメンタルだから。
※
昼休み。生物部部室。
「よ!やってる?」
と入ってきたのは写真部の部長で生徒会の庶務も兼ねている多美川雄慈。あだ名はユウさん。
チャラめで乗り物オタだが、恭とは違いガチ不良。俺や恭、幸次、謙一とは初等部からの付き合いの同級生。
「お邪魔する」
と、ユウさんのあとに付いてきたのは、阿良川拓夢。今期の生徒会長だ。
「ユウさんは、今は呼んでないぞ」
「えー、幸ちゃん冷たい。喧嘩だろ?混ぜろよ」
「阿良川、こいつは生徒会クビにした方が良いと思う」
「うーん、器用に役立ってくれるんだよね、多美川って」
「ほれ、会長お墨付き」
「うるせえよ」
「ま、謙ちゃんの件は、おいらも腹立ってるわけだし、撮影の件でも絡ませてもらう話だったし・・・邪険にしないでくれよぉ」
「ウザい。ほんとウザい」
「崇ちゃーん、つれなくしないでおくれよぉ」
と、雄慈が崇に絡み始めたのをチャンスとばかりに、幾美が阿良川に話しかけた。
「会長、総会はそっちの呼びかけで俺達が壇上に上がる、でいいんだよな?」
「もちろん。勝手に壇上に上がるようなやつは停学必至だろうけど、生徒会が証人として呼び出すなら問題ないからな」
「生徒会長、主も悪よのぉ」
「誰が悪だ!」
「のれよ、そこは!」
何じゃれ合ってんだか。
※
あっという間に放課後。
改めて総会の案内放送があり、大半の生徒が会場である体育館へと足を運んだ。
「参加生徒は7割強ってとこか」
「思ったより多いと、おいらは思う」
「なんやかんやで、基本は良い子のお坊っちゃまなんだよ、うちの学生たちは」
「自分だってそうなくせに、会長の上から目線w」
「お前は不良だもんな。さて、さっさと始めて、さっさと終わらそう。前代未聞の学校改革なんて」
「軽いなぁ」
「雄慈ほどじゃないさ」
「うん。こういうのを終わらせないとな」
「今のもいじめに入れるのか?」
物陰から生徒会の戯言を聞いているんだが、そもそも生徒会が会長と庶務しか来ていないのは、この行動が問題視されたとき、この場にいない生徒会役員に後事を託せるから、なんだろうな。
なんで、ここまで乗ってくれるのかね?会長と接点があるのは幾美だけだし。謙一にそういう人徳は無いし、雄慈は・・・ノリで付いてきてるだけ感だし。
来ている教師陣も岡中を含む、各学年の学年主任くらいだ。
大事にしたくないのか、大事とも思っていないのか。
※
今日は5時間授業だったので、いつもよりは早く帰れる。
当然、わたしは謙一のお見舞いに行く。
お母さんに釘を差されてるから、あまり長居は出来ないけど、顔を見ないと落ち着かないから。
そしてちょうど病院に着いたタイミングでLIMEにメッセージが入った。
【バトルスタート】
生物部のみんなが、頑張ってくれる。
わたしも頑張る・・・何も出来ないけど。
「謙一、みんな頑張ってるよ」
※
「これより臨時生徒総会は開催します」
壇上に立った阿良川がマイクを持って話し始める。
「本日、急遽みんなに集まってもらったのは、噂で聞いてるやつもいるかも知れないが、本校の生徒が学外で傷害事件を起こして補導された件、だ」
ざわつく生徒たち。
「生徒会としてお願いしたいのは、本件をいたずらに吹聴しないようにしてほしい。本件の対応は当然、先生方並びに対象生徒の保護者が行うことになっている。その点は強く、留意されたい」
教師たちが頷く。
「生徒会からのお願いは以上・・・さて、次は本件の証人を名乗る生徒からのお願いだ!」
幾美を先頭に、おれ、恭、崇が並んで壇上に。
教師たちが立ち上がりかけるが、雄慈が「まぁまぁ」とか言って座らせてる。なんなんだ、あいつのコミュ力。
「ほら」
「サンキュー」
幾美が阿良川からマイクを受け取る。
「生物部部長、2年B組の黒沢幾美だ。今回の一件は、俺達生物部が対処を間違えたことで発生したことを皆さんにお詫びする」
おれたちが一斉に頭を下げると、さらにざわつく生徒、そして教師。
「本件の被害者である2年E 組の進藤謙一は、加害者たる当該生徒たちから、日常的にいじめを受けていた。今回はそれがエスカレートしてしまった」
「それにお前たちがなんの関係があるんだ!」
あ、いつの間にか下に降りた阿良川が野次るように声を上げた。マッチポンプにもほどがある。
「止められなかった!止めるべきだった!こうなる前に!俺達は加害者が誰かを知っているし、加担していた奴ら全員を知っている!なのに、謙一の俺達に対する気遣いに甘えて、何もしてこなかった!結果がコレだ!今もあいつは意識が戻らないまま入院している!今ここで加害者の名前を上げたりはあえてしない。個々の弾劾が目的じゃない。こういうことの再発を防ぐためにも、俺達は生徒会に提案したい。いじめが起きた場合の相談窓口や目安箱でも良い、設けてほしいと」
生徒たちは静かに聞いている。数名、目を逸らしているが、皆、名前を知っている同級生だ。
それくらいなら、という感じで安堵している教師たちに、幾美は
「その訴えに記載するのは被害生徒、加害生徒、そして明らかにその件を見過ごしている教師がいる場合は、その教師もだ!」
「黒沢!」
ついに岡中が怒鳴った。
「岡中先生、なにか?」
「教師の名前を書く、だと?」
「被害を見過ごしたり、あまつさえ加担している教師がいる、ならです。今回と違って、今後は出ないはずですよね?今回の件は、気づかなかったのか、見過ごしたのか、どうだか知りませんが、授業中に加害生徒が進藤を揶揄した際、一緒に笑っていた先生はいらっしゃいましたけど」
「・・・」
黙ってしまった岡中を冷たい目で見、幾美は話を続けた。
「話を戻します。生徒会への提案の件。被害者からの訴えは非公開とし、調査は教師側で行い、結果と対応に関しては生徒会と情報を共有の上、被害者へ申し伝える。被害者が調査結果や対応を不服とする場合は第三者として弁護士や警察への依頼、通報を可とする。で、ここからは学校側への追加の提案だ」
「聞かせてもらおう」
さっきまで下にいた阿良川が、いつの間にか壇上に上がり、おれたちの後ろにいた。
「加害が真実であった場合、加害生徒の排除が必要だ。口先だけで謝らせたりしても、どうせ再発する。これは世間一般、他校でも観測される事実だ」
「言い過ぎだ、黒沢!」
「岡中先生、事実を言ってるだけ、ですよ。言い過ぎも何も無い。加害が明確になった段階で、被害者と加害者を同じ空間に置くのが異常だと思いませんか?」
「生徒の将来とか、諸々考えろということだ」
「簡単ですよ。いじめなんかしなきゃ良い。それだけでこの提案自体が無効になります。自分の将来を賭けてまでやらなきゃいけないなら、その理由を学校側で鑑みてやればいい。被害者も納得行く形でね」
それが簡単であれば、世の中から、とっくの昔にいじめなんてなくなってる。理想論にもほどがあるが、理想は大切であり、脅しでもある。
「確かにな。生徒会として提案を受け入れ、後日、生徒による本件に対して実施の可否の投票を行わせてもらう」
「ありがとう、会長」
「生徒代表として、当然のことだ」
と、幾美と阿良川は笑顔で握手した。
嘘くさすぎる展開に目眩を覚える。
岡中は無言だ。この場にいる生徒たちからの視線の意味を感じたのだろう。
厳しい指導者と単なる敵としての立場の違いを。
何より、きちんと生徒の意思を投票で確認する。この件が実行されない可能性もあるのだから。
※
総会が終わり、おれ達は生物部室にいた。
「なぁ、おれちゃんがいる意味あった?」
「そりゃ、幾美一人で壇上にいても、迫力みたいなものはないだろ?」
「はくりょくぅ?」
「いや、まぁ、圧力でもいいや。個人の意見じゃなくて複数の人間の意見ってことを感じさせないと」
「ふぅん、謙ちゃんのためになるなら、別にどうでもいいけど」
うん、根はいい奴なんだよな。アレなだけで。
「さて、学校側で出来ることはした。あとは俺達BOTHメンバーの問題だ」
「なに、ぼーすって?」
「お・れ・た・ち・の・サークルの・な・ま・え!」
恭のツッコミもご尤も。誰も名乗らない、コミエのカタログでしか見ない名称・・・
「そんな名前だったっけ?あははは」
「そういや、そうだったな」
と恭も崇も適当。
おれも似たようなもんだけど、言うと名付け親の幾美が怒るから・・・すでに不機嫌そうな顔してるし。
「とにかく、謙一の様態とムリョウさんのメンタル!だ」
「ムリョウさんに関しては、崇が頑張るしか無いか。女子たちも困ってるみたいだし」
「それは、頑張るけどさ」
相当の苦労が偲ばれるが、和尚だし修行の一環でいいだろ。
「謙一の件は、望も力貸してるみたいだし」
「なんなの宝珠さんって」
「さぁ」
「彼氏がそれでいいのかよ!」
「積極的に説明してこないから言いたくない事なんだろうし、いずれ話してくれたらな、くらいだが?」
「くらいだが?って言われても・・・まぁ本人たちがそれでいいなら、なあ」
「突っ込むと怖そう、だろ?」
「そうそう」
「おれちゃんは怖くないよ。うん。平気」
「怖がらないのは結構だけど、空気は読めよ」
「善処する。うん」
そういや、宝珠さんとリリーナさん、同級生だったな。
※
謙一が目を覚まさないまま、あれから一週間が過ぎた。
週末は朝から堂々と付き添える反面、一週間経ってしまった事が悲しい。
望さんの御札、ずっと枕の下に入れてあるけど、いつ効くのかな。
わたし、辛いよ。このまま目覚めなかったら、わたし、どうなるんだろ?
怖いことは頭から振り払って、いつものように、わたしは謙一の手を握って、学校での出来事(特には無いんだけど)を話し始めた。
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