婚約破棄された私は、元婚約者の破滅を優雅に見届けます

ネコ

第1話

 大きく響く音楽に合わせて、豪華絢爛な衣装に身を包んだ貴族たちが華やかに舞踏を楽しんでいる。

 私はその眩い光景の中、淡いピンクのドレスを揺らしながらゆっくりと歩いていた。

 舞踏会はリューゲン王国の首都レイフォードでも指折りの社交の場だ。

 この日のために作られた生演奏が、会場の空気をさらに高揚させる。

 周囲に漂う香水の甘やかさは、まるで私たちを別世界へ誘うようだった。


 そんな夢のような会場で、私はグロスター伯爵家の嫡男レオナルドの隣に立っていた。

 彼との婚約は貴族社会の中でも大きな話題となり、多くの人々が私たちを取り巻いている。

 華やかな祝福の声が響くたび、私は上品に微笑み返すことを心がけていた。

 しかし、その夜に起こる出来事など、私を含めてまだ誰も予想してはいなかった。


 レオナルドは黒髪を短く整え、金の装飾が施された派手な上着を着ている。

 宝石をこれでもかと散りばめた姿は、どこか虚勢を張っているようにも見えた。

 口元に浮かべる笑みには、わずかな意地の悪さが滲んでいる。

 私が彼の横顔を見つめていると、突然、彼が壇上へと歩み出した。


 人々が一斉に視線を集中させる中、レオナルドは朗々とした声で宣言した。


「この場をお借りして、一つ大切な発表がございます」


 その一言に、会場はさらに静まりかえった。

 私もつい足を止め、彼の次の言葉を待つ。

 周囲にはアーチ状の飾りや煌びやかなシャンデリアが輝き、静寂と豪華さが混じり合っていた。


「私、レオナルド・グロスターは、本日をもって公爵令嬢との婚約を破棄させていただきます」


 まるで空気が凍りつくような衝撃。

 さまざまな色のドレスやスーツに包まれていた人々が、一斉にざわつくのがわかった。

 一番驚いているように見せねばならないのは私……。

 唖然とした顔を作りながらも、私の胸中は騒ぎ立てるどころか、ある種の冷静さで満ちていた。


 レオナルドは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、私に向けて手を差し出すでもなく見下ろす。


「突然で申し訳ありませんが、グロスター伯爵家とアルトレイド公爵家の縁談は、ここで終わりです。

 理由は……そうですね、私の理想にそぐわなくなったから、とでも言いましょう」


 彼の言い草に、周囲が驚愕と好奇の視線を私に投げかけているのを感じる。

 相手は伯爵家といえども、私たちアルトレイド公爵家は王国でも重んじられる家柄だ。

 その私を堂々と侮辱し、ここまで公衆の面前で婚約破棄を言い渡すとは……。

 だが、私は冷静に息を整えた。


「……わかりました」


 周りが息を呑む。

 私は驚いたふりをしながらも、取り乱した素振りを見せずに静かに頭を下げる。

 少しでも動揺を見せれば、彼の思う壺であることはわかりきっていた。


「ええ、ですから、今後はいっさい関わりを持ちたくありませんので」


 レオナルドが追い打ちをかけるように告げる。

 しかし、私の内心はむしろ落ち着いていた。

 なぜなら、彼が不正な手段で資金繰りをしている可能性を私は少し前から掴んでいたから。

 この破棄宣言は、彼自身にとって大きな破滅の入口になりうる。


 私は壇上から降りてきたレオナルドを横目に見ながら、心の中でそっと宣言する。

 この瞬間こそが始まりなのだ。

 彼が築きあげてきた見せかけの地位が崩れる、その時まで。

 私は優雅に振る舞いながら、その全てを見届けると決めた。

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