十七日 #空蝉
雨は一刻も降らずに上がり、巡業を担う者達は旅立ってしまった。
川の水は戻らず、黒い雲は当然とばかりに居座る。明くる日も明くる日も、青い空を見せてはくれない。
ヤヨイが一番好きな神社に影を落とす。山の木々もどこか余所余所しく揺れ、蝉の声も風鈴の音も何処か遠い。
稽古場を出たヤヨイは立ち尽くした。
「ヤヨイったら」
すぐそばで響いた声に我にかえる。目を瞬かせるヤヨイに、ハツミは小さく息を吐いた。
「ちょっとトウマがいなくなったからって気が抜けすぎだわ。何度、声をかけても返事をしないんだから」
トウマに比べたらかわいいものだが、ハツミが語気を荒げるのは珍しい。
トウマ相手なら目尻を上げるヤヨイも友に対しては、へへと誤魔化した。
「今度は何を考えてたと言うの」
眉を下げたハツミは嗜めるように言ったが、声色には気遣いがにじんでいた。
じぃと見つめられたヤヨイは悩んだ。トウマが相手なら、あとの心配などせずに口にできる言葉を彼女に言っても大丈夫だろうか。鳥居の方へ視線やり、友に視線を戻した。
ハツミは辛抱強く、ヤヨイを待ってくれている。
きっと笑いはしないと信じて、感じたことをさらすことにした。
「山の力が弱くなってる」
戸惑いを見せるハツミに、ヤヨイはぐっと耐えた。ヤヨイが正しいと思って伝えた言葉は、信じてもらえないことが多い。困惑されるならまだ良い方で、下手な冗談だと取られることもあった。
トウマは言葉の意味通りにとってくれ、意味が分からなければ率直に訊いてくれる。叱ることはあっても、感情まかせに怒られることはない。
途端に心細くなったヤヨイは、気にしないでと言う前にハツミの顔を見て息を飲んだ。
深慮深い瞳は黒い雲よりも暗く、感情が汲み取れない。周りには、何もないはずなのに身を投げようとしているようだ。
ヤヨイがハツミの腕を掴めば、彼女に似つかわしくない無理した笑顔を浮かべる。
「川が渇れて、山も元気がなくなったのかもしれないわね」
「ねぇ、ハツミ。私に何か隠してない?」
ヤヨイは考えるよりも先に言葉を口にした。直感で間違いないと騒ぐ胸をなだめながら、ハツミの反応をうかがう。
ハツミは何か言おうとして、口を閉じた。囲いの向こうにある山を見て、稽古場の戸に目を向け、瞼を伏せて考えあぐねる。最後に、吐息のような落とした言葉を、ヤヨイの耳は拾った。
――腹をくくりましょう。
力を取り戻したハツミの瞳が少女を捕らえる。
「明日の夜、家を抜け出してこれる?」
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