ジョセフィン

「ジョセフィンさん、ありがとうございます」


 授業が終わると、すぐにヴィオラはジョセフィンのところに行って、頭を下げた。


「頭なんて、簡単に下げるものではありません。当たり前のことをしただけですから」


 ジョセフィンは言い放った。

 か、かっこいい。


「それより、今から生徒会でしょう。一緒に行きましょう」


 そうだ、ジョセフィンは生徒会の一員だった。


「あ、あの、イアンさんと一緒に行くことになっているんですが」

「さっきのこと、お忘れになったの? ヴィオラさんが嫌われている原因の一番は男子とそれも有名な方とばかり、仲良くされているからですのよ。イアンさんと一緒に行けば、また、噂が広がるばかり。私と一緒に行くのが一番ですわ」

「は、はい。じゃあ、イアンさんに連絡します。それから、すぐに着替えてきます」


 二人でしゃべりながら廊下に出ると、ジョセフィンさんの侍女らしき人が待機していた。


「ダクトにヴィオラさんは私と行くと伝えて」


 ジョセフィンさんが侍女に指示を与える。

 ダクトさんの名前も知っているんだ。イアンさんと仲がいいのかな。

 そんなことを考えていると、ジョセフィンさんがヴィオラに向き直った。


「入学式ではつねってごめんなさいね。お詫びをしたいんですけど」

「いえ、そんな」


 正直言って、忘れていたし、自分のマナーが悪かったのというのはヴィオラもよくわかっていた。


「正しいこともやり方次第だとよく注意されるんですの。だから、お詫びにもうつねらなくていいようにヴィオラさんのマナーを磨いて差し上げます」

「へ?」

「ヴィオラさん、そんな品のない声を出してはいけません」

「は、はい。でも、マナーは授業でも習ってますので、ジョセフィンさんのお手を煩わさなくても……」

「それで十分だと思っていらっしゃるの? 生徒会の一員として、マナーの行き届いてない方がいるの、我慢できませんの」


 生徒会に入るのがダメだとは言われていない。そこはよかった。王太子からの勧誘で入るのを断ることができなかったから、元のメンバーには何を言われるかと怖かった。


「ちょうどいいですわ。このドレスのまま、生徒会に行きましょう。初対面の方との挨拶と自己紹介の仕方が身についているかどうか、私がチェックいたしますわ」

「え?」

「喋り方!」

「はいっ」

「ちょっと、元気が良すぎるわね」

「はい」

「それでは行きます」


 なぜか、ジョセフィンにヴィオラは従ってしまう。


「ジョセフィンです」


 生徒会室へのドアもジョセフィンがスルッと開けてしまった。


「あれ、どうしたの? ドレスなんて着て」


 五人の人がいたが、尋ねてきたのは王太子だった。


「授業で着たんですけど、ヴィオラさんにマナーを教えることになったので、そのまま来たんです」


 ジョセフィンはそこでヴィオラに振り返った。


「さ、ご挨拶を。カーテシーを見せてちょうだい」


「は、初めまして。ヴィオラと申します」


 カーテシーには自信があった。何といっても体幹を鍛えているから、ふらつくことがない。


「ヴィオラさん、違います。まず、カーテシーを行い、頭を下げた状態で名を名乗るのです」

「ヴィオラと申します」


 もう一度、カーテシー。それから、ちらりとジョセフィンの方を見ると、目が合ってしまった。


「私の様子をうかがってはいけません。最後まで丁寧に」

「ヴィオラと申します」


 ああ、まるで修行だ。


「ジョセフィン。それじゃ、いつまでたっても、こちらの自己紹介ができないよ」


 王太子が苦笑いをした。

 その時、足音を響かせ、イアンが駆けてきた。


「ヴィオラ、大丈夫か?」


 尋ねられた時、ヴィオラがとっさに答えられなかったのはカーテシーを繰り返した後だったからだ。

 ただ、そのヴィオラの微妙な顔でイアンは勘違いしたらしい。


「ジョセフィン、勝手に連れて行くとはどういうつもりだ」

「この年になっても、まだ、廊下は走ってはいけないことがわからないのかしら」


 イアンとジョセフィンは睨み合った。


「ヴィオラをいじめるな」

「自分の行動がヴィオラに迷惑をかけてるって気づかないの」

「あ、あの、いじめられてません。迷惑もかけられてません」


 ヴィオラは二人の間に入ろうとした。


「「黙ってて」」


 二人の声がそろう。

 そこに大きな笑い声が響いた。

 王太子が腹を抱えて笑っている。あっけにとられたのか、二人の口論が止まった。


「とりあえず、きちんと中に入って。それから、イアン、ヴィオラさんを見て、何か言うことがあるんじゃない?」


 イアンがハッとして、ヴィオラを見た。


「……きれいだ」


 イアンが赤くなって言うから、ヴィオラも赤くなってしまった。すると、ジョセフィンが指摘した。


「こういう時は扇子で口元を隠し、お礼と共にお相手を褒めるんですよ」


 その後、扇子を持っていないヴィオラはジョセフィンに叱られることになった。

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