第9話
「大きくは、三点です。
第一に、なぜ彼女はフードを着ていたか。
第二に、どうして彼女のような人が、
多くの人に迷惑をかける死に方を選んだか。
第三に、僕らが救出した後、彼女はなぜ気絶したか。」
「……
さすが、伯雄さんの愛孫ですね。
勿論、極限状態ゆえの行動と考えることもできますが。」
「三つ重なると、違和感を持つ、ですか。」
「……ええ。
実は、春野さん、
私は一つ、貴方に不誠実な言動を取りました。」
ん?
「実は、沢渡美緒が自殺を試みた日ですが、
引き抜きの打診があったようなのですよ。」
??
「エンクレーブとしては、
その話を受ける選択肢もあったようです。
なにしろ、相手はPBですからね。」
パウロニア・バウム。
僕でも知っている大手事務所だ。
でも。
「大手モデル事務所ですよね。」
「まさしく。
まぁ、モデルから女優になった方もおられますが。
20代前半くらいまで、沢渡美緒の優れた容姿を
前面に立てた営業ラッシュになったかと。」
「一日17時間労働、でしたっけ。
最近、某団体に帰依された方が告発されたとか。」
天草薫、だったっけな。
そこまでこき使われていたのかと思いはするが、
行った先が悪すぎたな。
「ああいう団体の広告塔ですから、
大げさに言わされているところもありますがね。」
あ。
そういう、こと。
それで、
「彼女の代わりにはめ込もうとした?」
「……少なくとも、候補の一人ではあったかと。
売れることは間違いありませんからね。
沢渡美緒にはスター性がある。
本人や周囲は気づいてはいないようですが。」
「……弦巻さんは、
それを嫌って沢渡さんが自殺した、
っていう線をお考えですか?」
「その線もまったくなくはない、
というくらいには考えてはいますが。
貴方が真相を教えてくれないもので。」
……はは。悪戯っぽく笑われてしまった。
とっくの昔に探り当ててるだろうになぁ。
これは本当に狐と狸の化かしあいだな。
それで言うと。
「北川明日香と、PBは、
因縁があるわけですか。」
「……はは。
まぁ、あります。
ただ、粗相をしたのは、お母さまのほうですがね。」
う、わ。
どこまで迷惑な存在なんだ。
コッソリ毎日の塩分量を五倍にしてやろうか。
「国営放送の深夜、というのは
『北川明日香、復帰』の足掛かりとしては悪くない線ですよ。
実質、地上波解禁のシグナルになる。」
全部バレてるなぁ。
まぁ、当然か。
あそこは彼の庭先だし、
理沙さんとかもリアタイで入るだろうしな。
「率直にお伺いします。
春野つむぎさん。
貴方は、婚約者を使って、
貴方の復讐を果たそうとされておられますか。」
……は?
「……
これは、失礼。
少し、先走りましたね。
どうか、ご寛恕願います。」
……。
「少なくとも、朱夏さんは無関係です。
ご忠告、確かに承りました。」
*
などという闇っぽい会話に浸った後だと。
「あ、ありがとうございましたっ。」
沢渡美緒さんが素直に見えて仕方がない。
この子、めっちゃ苦労してるだろうに、
全然そういうの見せないんだよな。
「理沙さんにお時間を頂けるなんて、
ほんとに夢のようでした!」
……あぁ。そっちな。
っていうか。
「もう同じ事務所でしょ。
理沙さんが、君に関心があるっていうのを、
たまたま繋いだだけだよ。
どうせ年末の事務所の忘年会とかで会うのを、
ちょっと先にしただけ。」
「ち、違いますよっ。
年末の忘年会とかで大御所とお会いするなんて、
ほんとに一瞬、顔合わせさせていただくだけですから。」
理沙さんってそこまでの大御所か?
〇〇やっとく? みたいな奴ならわからんでもないけど。
「わたしにとって、理沙さんは憧れでしたから、
すっごく興奮しちゃいました!」
そうなのか。
『暴力温泉芸者シリーズ』しか知らんけど。
まぁ、でも。
「大変な努力家ですよね。
板についた演技をされるというか、
緻密な計算を組み上げて成り立たせておられる。」
もう14年前だっけ??
リアタイで見た時とは当然見方が違うっていうか。
「はいっ! そうなんです!
舞台経験とか少ないはずなのに、
方法論や演技論とかの知識も深くて。
あの、ちゃんと、実践と繋がってて、
ちゃんと媒体ごとに意識されてて、
あと、端役とかで出た時ですらも、
エキストラの方の台詞まで、ちゃんと覚えてらっしゃるから、
その場で演技指導とかもさらっとできたりして、
そしたら、ちょっと指導しただけで、
監督さんが指導したよりもずっとそれっぽくなって、
ほんと、ほんとに、もの凄い方なんです!」
……うーん、熱が凄いな。
なんていうか、喋り方がガチのオタクっぽい。
めっちゃ清楚そうな感じなのに、食い気味で話してくる。
まぁ、声が丸いから、あんまり気にならないんだけど。
(沢渡美緒にはスター性がある。
本人や周囲は気づいてはいないようですが。)
「!
ご、ごめんなさいっ!」
……はは。
絶対、気づいてないよな。
「きみの刺激になったようで、なによりだよ。」
「!
は、はいっ!」
うん。
声が丸くてめっちゃ可憐だ。
「そ、それで、ですね。」
ん?
なんか、頬がちょっと赤くなったけど。
「……あの。
その、あすかちゃんと、
ま、毎日、
キス、してるん……ですか?」
……は??
あ、
う、わ。
めっちゃ悪い顔になった。
悪戯っぽい笑みというには、あまりに黒い。
「……やっぱり、嘘、ですね。
あすかちゃん、ほんと、変わってないです。
子どもの頃から嘘ばっかりで。」
……あぁ。
没落期のあいつの悪いところだけ見てきたクチか。
「すぐ見栄を張るんですよね。
ほんと、ばっからしい。」
うん、ばからしい。
まぁ、そういうバカなところ、
そんなに嫌いでもないんだけど。
「……
でも。
やっぱり、お芝居、
凄いんです、北川明日香。」
ん?
「あの、見ました。
国営放送の。」
……あぁ。
「休憩時間の時に、映像、廻ってきて。
……あんな風に泣けるって、
ほんと、どうやってるんだろうって。」
哀しすぎる経験が多すぎるだけだと思うけどな。
目の前の娘が味わってきた苦しみとは違う種類の絶望。
……っていうか、なんか、ゴツイよなこのスマホ。
ガジェット感が満載で、
清楚系現役女子高生が持ってるものとは思えない。
ま、それはいいわ。
「きみは明日香さんの真似をしないほうがいい。
綿貫理沙さんのような方を媒介したほうが。
基礎になる舞台演劇理論はさんざん叩き込まれただろうけど、
きみはこれから他の媒体に出るようになるだろうから。」
「……事務所が変わってよくわかりました。
もちろん、舞台は好きですし、ホームだと思ってますが、
理沙さんのやり方なら、どんな板にも立てますから。
……まぁ、あすかちゃんに負けるつもりはないです。
同じ板に立ったら、絶対に、わたし、勝ちます。」
輝く瞳のまま、完璧な笑顔で、丸みのある声なんだけど、
言ってる内容はめっちゃ怖いな。
同じ事務所なんだから、朱夏の奴が3000万稼ぐまで仲良くしてくれ……。
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