落ちぶれた元子役の婚約者モドキになったら、修羅場に囲まれた

@Arabeske

序章

第1話



  「あんたなんかと付き合いたいわけないでしょ!」

 

 

 ……まぁ、そうだろうなぁ。

 気持ちはわかるわ。全然オトコらしい顔じゃないしな。

 

 しかし、初対面でここまで言ってくるとは、

 やっぱり勝気な娘だな。

 

 小中こなか朱夏あすか


 芸名、北川きたがわ明日香。

 泣きの演技で一世を風靡した子役だ。

 僕でも知ってる。二時間ドラマでさんざん見たもの。

 

 まぁ、ともかく、泣くのが上手い。

 ぽろっと泣けるし、わんわん慟哭できる。

 全国の親も、同世代の子どもも、可憐な彼女の泣き顔を見て、

 ぼろぼろと貰い泣きさせられた。

 生涯で10億リットルの涙を絞り出しただろう。


 しかし。

 子役を卒業して以降、鳴かず飛ばず。

 映画でもテレビでもほとんど顔を見ることはないらしい。

 

 その娘と。

 まさか。


 こんな形で、逢うことがあろうとは。


*


 僕の名前は、春野はるのつむぎ。

 オトコだ。


 大事なことだから、もう一度だけ言っておく。

 オトコだ。

 ちゃんと、ムスコがついてる。

 

 血統上の母親が、どうしても娘が欲しかったらしい。

 そして、娘に予定していたはずの名前をつけてしまった。

 それを取り消されないでいる時点で、の状況を察してほしい。

 

 実質、僕の親は、爺ちゃんだ。

 

 といって、爺ちゃんには、いまだに何人子どもがいるか分からない。

 乱脈を極めた交際関係なので、誰が誰だかわかりゃしない。

 親戚と称する人たちが次々と爺ちゃんの家を出入りしていたので、

 かえって僕にとってはよかったのかもしれない。

 

 自分の両親から愛情をまったく受けなかった代わりに、

 子どもの頃から、色々な人に遊んでもらい、そして遊ばれてきた。

 

 そう。

 要するに、僕は、女性顔なのだ。

 

 どうしてこう生まれついたのかは分からない。

 ともかく、子どもの頃から、女性に間違われた。

 間違われたというレベルではない。男性に見られるほうが珍しい。

 男らしいことをしようとはじめたはずの剣道で、

 白袴女子用を着させられた時にはさすがに言葉も出なかった。

 

 なので、女性から見たら、戸惑うのは分かる。

 少なくとも、交際相手として考えたい相手ではないだろう。

 

 しかし。

 こうも不機嫌をぶつけられると。

 

 「きみ、さ。」

 

 「なによっ!」


 まぁ、美少女ではあるわ。

 気の強そうな子だし、合うとは思えないけど。

 

 「そんなに嫌なら、僕のほうから断ってもいいけど、

  断った場合、きみの親は、次の交際相手を持ってくるだろうね。」

 

 「っ!?」

 

 気づいてなかったのか。

 意外に直情径行型だな。

 

 ひょっとして

 

 「あの泣きの演技は、演技じゃないってこと?」

 

 「!!

  ち、違うわっ!!

  ち、緻密に計算されたカンペキな演技よっ!!」

 

 ……うわ。

 予想外、だ。

 めっちゃ、子どもっぽい。

 

 ……って、ことは。

 

 「ねぇ。」

 

 「な、なによっ!」

 

 無視しないところが律儀だなぁ。

 あの人たちとえらい違いだ。


 ……なんか、可愛いな。

 それ、なら。

 



  「僕と、契約しない?」



 

 「け、契約?」

 

 うん。


 「きみが、1億円稼いだら、

  ぼくから、婚約を破棄してあげる。」

 

 「い、い、いちおくっ?!」

 

 え?

 

 ……あぁ。

 これは、深刻だな。

 

 子役の時に、あれだけCMに出たんだ。

 1億くらい、簡単に稼いでいたはずなのに、

 まったく想像できないって顔をしてる。

 

 と、いうことは。

 

 ……

 だから、爺ちゃんは、僕に言ってきたんだろうか。



 (そうじゃよ、つむぎ!

  ちょうどええじゃろ! 歳も近いしな!)


 ……

 まったく、もう。

 

 「そうだよ。

  それだけあれば、きみは一人で生きていけるでしょ?」

 

 「!?」


 ……

 それ、なら。

 初手は、ここになるか。


*


 「なんですって!?」

 

 ……はは。

 物凄い勘違いババアだな。

 

 「ええ。

  お伝えした通りです。

  

  祖父の知り合いの芸能事務所ツツジプロが、

  手をあげて下さいましてね。

  

  貴方と縁を切るのであれば、

  北川明日香を、預かってもいいと。」

 

 「そ、そんな勝手なこと

 

 「……勝手な?」

 

 「っ!?」

 

 ……はは。

 一応、役立ちはするわな。

 

 「祖父の顧問弁護士による身上調査書です。

  貴方の素性は、、調べ上げられております。

  御覧になって頂いても構いませんよ?」

 

 「か、貸しなさ

  ……!!

  !?!?」

 

 壮大に自滅したなぁ。

 1ページ目の要約に悪行がびっしり書いてあるもんな。

 少なくとも3人の男性と同時に不倫たぁお盛んなこって。

 しかも、外国人男性に貢ぎまくってると来たもんだ。

 

 「まさかとは思いますが、

  僕が女性的な容姿で、くみしやすそうな

  大人しそうな人間だとでも思いましたか。」


 手首をぎゅっと捩じってやる。

 

 「ひっ!?!?」

 

 ただの護身術だが、素人には効果は抜群だ。

 すっかり怯えた顔に変わっている。

 僕が蚊を怖がるような奴と思われてたということだろうな。

 

 「春野家の婚約相手の母親に対しては、

  護衛監視がつけられることになります。

  どうぞお生まれを穢さず、御身を慎まれますように。」

 

 ……ぁ。

 泡を吹いてひっくりかえっちゃったな。

 借金返済と引き換えの下り、使わずに済んだ。

 これはこれで取っておこう。


*


 「………ぇ

  ……?」

 

 あれ?

 予想外のリアクションだなぁ。

 

 「だから、言ってるでしょ。

  きみの事務所は替わるの。

  少なくとも、きみの親には手だしはされない。」

 

 ツツジプロダクション。


 中堅芸能事務所だが、その歴史は古い。

 もともとは学習教材会社の出資で、

 自社の雑誌に出すためのアイドルを育成していたが、

 いまでは女優の育成に力を入れている。

 

 派手さはないが、潰れることはない。

 なにより、取り分は会社6対本人4。

 老舗事務所としては良心的なほうだろう。

 

 「……だ、だ、だって。」

 

 「前の事務所の社長と、

  きみの両親が、よってたかってきみを脅してたとしても、

  所詮、私人間のもめ事だよ。」

  

 爺ちゃんの顧問弁護士が監護権を取ったのは大きいな。

 資産なんて持たせなきゃいいだけだし。

 

 「……だっ、て。」

 

 ……まぁ、混乱するか。

 縛り付けられているものが強すぎるほど、

 そこから外されたら、かえって縛られたくなる。

 

 だから。

 

 「まぁ、きみは、

  ぼくに縛られてますけどね。」

 

 「っ!?」

 

 「ま、3000万でいいよ。」


 さすがに一億はハードルが高すぎる。

 でも。

 

 「きみの本来の力なら、十分、稼げるでしょ。

  3000万あれば、慎ましく暮らすなら、10年は生きられる。」


 あと、2年。

 

 18歳になったときに、この娘が自由になれるように。

 あの親を、あらゆる大人からの支配を、

 二度と受けずによくなるように。


 「そのあいだ。

  ぼくは、きみをみてる。

  ぼくのそばにいてもらうからね、婚約者として。」


 形だけ、なんだけど。


 「……。」


 

 ぇ。

 

 「……っぅ、

  ぅ……っ……ぁ……っ。」


 そう、か。

 この娘は、泣くこともできなくなってたんだ。

 

 なら。


 「?!」

 

 ……あぁ。

 誰かの身体に触れたのは、何年ぶりだろう。

 爺ちゃんの家にいた時は、いつも触られてたけど。

 

 「……婚約者なんだから、いいよね。」

 

 声にならない声を出しながら、

 ただ、しゃくりあげ続ける。

 

 

  (あんたなんかと付き合いたいわけないでしょ!)

 

 

 付き合うことは、ない。

 ありえない。

 

 でも、

 いま、この瞬間、

 少なくとも、この娘は、ぼくを拒絶してはいない。

 

 あったかい、な。

 僕まで泣きそうになってしまうのを、必死で堪える。

 

 ……2年間弱、か。

 なんとか、やっていけそうだよ、爺ちゃん。

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