第10話 親の背中

「わ、私だって! 私だって聖奈の幸せを願って仕事して、お金をかけて、それで――」


 バンッ


 聖奈せいなちゃんのママさんの言葉に、今度は母ちゃんがローテーブルに右手を叩きつけた。


「金運ぶだけが親の役目じゃねぇ。アンタら夫婦は、聖奈ちゃんを言い訳に大好きな仕事に没頭し、キャリアアップという欲望と引き換えに、金を払って文恵さんを雇って聖奈ちゃんを突き放したんだ。それが親の責任を果たしてるって言えるか?」

「言えるわ! 私も夫も、しっかりと必要十分以上のお金をかけて、聖奈を困らないようにしているもの!」


 ため息を吐く母ちゃん。


「そうじゃねぇよ。それは『親の視点』だろうが」

「『親の視点』?」

「そのあんたら夫婦の行動を聖奈ちゃんはどう思ってんだよ」

「どうって……」

「ウチみたいな家の子どもになりたいって、それが答えなんじゃねぇのか?」

「!」


 ママさんは……ゆっくりとうなだれた。


「聖奈ちゃんが小学生になってから、何回抱きしめた?」

「…………」

「聖奈ちゃんを何回褒めた?」

「…………」

「聖奈ちゃんを何回叱った?」

「…………」

「ぜーんぶ文恵さん任せか。金払ってるもんな。それがアンタの言う『親の責任』なんだろ?」

「…………」

「なぁ、アンタはこれから先、何回聖奈ちゃんを抱きしめられると思う? あと三年もすれば中学生、六年もすれば高校生だ。子どもが子どもでいられる時間は、あまりにも短い」

「…………」

「だから、子どもが子どもでいる時に、親は精一杯の愛情を注ぐんじゃねぇのか? 親の愛情は金じゃ買えないぜ?」

「わ、私は……」

「その貴重な子どもの三年を捨てた結果がこれだ」

「私だって……」


 バンッ


 母ちゃんがもう一度ローテーブルに右手を叩きつけた。


「私が、私が、じゃねぇんだよ! てめぇの都合ばかり並べやがって! いいか、てめぇらのやってることはなぁ、『子どもの視点』から見ればネグレクトだろうが!」

「ネ、ネグレクト……?」

「分かんねぇか。じゃあ、はっきり言ってやるよ。てめぇらのやってることは育児放棄、児童虐待と変わんねぇんだよ!」

「!」


 母ちゃん、本気で怒ってる。

 俺だって「ふざけんなっ!」て怒鳴りつけたい。

 でも、母ちゃんは冷静にママさんを諭し始めた。


「忙しい親だっているさ。アンタんとこみたいに何ヶ月も、下手すりゃ年単位で子どもと直接顔を合わせられねぇ親だっている。出稼ぎ、遠方への単身赴任、病気で入院……ひとの数だけ事情がある。それは仕方ねぇよ。あーしが働いてる現場でも、そんな親がたくさんいる。でもさ、みんな必死になって子どもに愛情を注ごうとしてるぜ。子どもも馬鹿じゃねぇ。そんな親の背中をしっかり見てるんだよ。だから気持ちがつながって、絆が深まるんだ。でも、アンタらは違うんじゃねぇのか?」

「…………」


 何も言えないママさん。


「聖奈ちゃん、今夜はウチに泊める。アンタは帰れ。聖奈ちゃんをどうするのか、一晩よく考えろ。明日の朝、その答えをもってウチに来い。最後は聖奈ちゃんの判断に任せる。あーしは聖奈ちゃんを娘にすることに、何の躊躇ちゅうちょもないからな」




 うなだれている自分の母親を見て、聖奈ちゃんは何を思うのか。

 聖奈ちゃんは、ただママさんを睨みつけていた。



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