第9話 親の都合

 いやぁな空気だ。すげぇ張り詰めてる。

 居間のローテーブルを挟んで四人が向かい合っている。こちらは俺と母ちゃん、そして聖奈ちゃん。反対側は聖奈ちゃんのお母さんひとりだ。

 その聖奈ちゃんのお母さんが口火を切った。


「聖奈にご飯をご馳走していただき、ありがとうございました。聖奈を連れて帰ります。帰るわよ、聖奈。こんな小汚いところでご飯食べて……病気になったらどうするのよ!」


 切れそうになったが、グッと抑えた。

 母ちゃんからも絶対に手や口を出すなと言われている。


「聖奈ちゃんのママさん、それはできねぇ相談だわ」

「はぁ?」

「聖奈ちゃん、家に帰りたくないって言ってっから」

「なに言ってるの? こんな汚い場所で――」

「帰りたくない!」


 母親の言葉を遮り、聖奈ちゃんが叫んだ。

 驚くママさん。


「聖奈ちゃんもこう言ってるしさ、あとお願いがあんだわ」

「お、お願い?」

「聖奈ちゃん、ウチの養子になっから」


 バンッ


 ローテーブルに右手を叩きつけるママさん。


「な、な、何を馬鹿なこと言ってるのよ! そんなのあり得な――」

「私、武くんの家の子になる! もう決めたの!」


 先ほどと同じように、聖奈ちゃんは叫んだ。


「え、なにを……えっ? どういう……聖奈?」

「ずっと武くんの家に憧れてた! ずっと! ずっと!」


 言葉のないママさん。そりゃそうだよな。


「なぁ、ママさん。聖奈ちゃんの顔見るの?」

「えっ……いや、今日授業参観で……」

「そうじゃねぇよ。その前の話をしてんだよ。授業参観で顔を合わせるまでのかって聞いてんだ」

「…………」


 ママさんは何も言えない。


「黙ってんじゃねぇよ。言ってみろよ。何ヶ月だ、あ?」

「…………」

「じゃあ、あーしが言ってやるよ。八ヶ月だ。その間、何してた」

「…………」

「まただんまりですかぁ? ずぅっと大好きな仕事をしてたんだろぉ?」

「…………」

「八ヶ月振りの再会なのに、授業参観では聖奈ちゃんの頑張りを見ないで、廊下で仕事の電話してたもんな。聖奈ちゃんが気付いてないとでも思ってんのか?」

「…………」

「ちょっと聞き方変えようか。この三年間、何回聖奈ちゃんと顔を合わせた?」


 俺もこの話を聖奈ちゃんから聞いた時、本当に驚いた。

 聖奈ちゃんは自分の母親を睨みつけてる。


「あーしはシンマシングルマザーで、おまけにウチは貧乏だし、住まいだってこの小汚くて狭いアパートだ。でもな、アンタよりは聖奈ちゃんを幸せにできるぜ」


 勢いよく顔を上げるママさん。


「わ、私だって! 私だって聖奈の幸せを願って仕事して、お金をかけて、それで――」


 バンッ


 今度は母ちゃんがローテーブルに右手を叩きつけた。



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