第17話:なんか普通の魔人じゃなかったらしい
さっさと寝ようとねぐらにしている安宿の一室に戻ると、部屋の前で二人の女性が俺たちを待ち構えていた。
金髪の神官少女と赤毛の獣人少女…見覚えのある二人の名前を、俺はまだ覚えている。
「エレナさん、リエルさん、何か御用でしょうか」
俺が訊ねると、その二人は酒気に赤みを増した顔のまま俺に詰め寄ってきた。
「クサナギさん、単刀直入に申し上げます」
酔っているのが明らかにわかる顔で、しかしエレナは極めて真剣な声で、言った。
「クサナギさんは本物の女性の肌を知るべきだと思います」
…真面目な顔でなんてこと言うのかなこの神官少女は。
いや、宗教上、産めよ増やせよ地に満ちよみたいな神の御心に従う意味では、まあ、そういう行為を推奨するというのはギリギリ正しいのかもしれないが…。
「まだ若いのに人形遊びに夢中なんて…ひくっ…心配になっちゃうよねえ…ひっく」
しゃっくり交じりに話すレベルに酔っぱらっている獣人少女リエルの言うこともまあ、分からんではない。
転生者的な感覚でも15歳という若さで本物の女性との交際に夢中になるならまだしもラブドールに夢中というのはその少年の将来が心配になること請け合いである。
その危惧に共感し、その諫めに共鳴し、俺は心底からの感謝を込めて頭を下げた。
「ご忠告に感謝します」
そんなことを言うためだけに、わざわざ宴の席から抜けてきてくれたこの二人に、俺は心底から感謝した。
しかし。
「じゃあ、さっそくあたし達の肌を堪能してもらおっか♪」
なんでそういう話になったのかよくわからない理由で、獣人少女リエルは服を脱ぎだした。
「わ、私も…頑張りますから…っ!」
真っ赤な顔で、両目をぎゅっと閉じて拳を握って力説する神官少女エレナに至っては、
いくらなんでも、歪んだ性癖の少年を救うために一肌脱ぐお姉さんの役割に駆り出していい人物ではない。
一肌脱ぐお姉さんの役割自体誰にやらせるのも酷だというのに、一生忘れられないとまで比喩される初めての男が性癖の矯正を必要とする変態というのはもう、なんというか悲劇でしかない。
「もうちょっと自分大切にしてくださ…」
「そうだね。二人はもっと自分を大切にしたほうがいいかも」
二人を制止しようとする俺を遮って進み出たのは
「オタク君は起源種魔人だから、普通の女の子が肌を重ねると取り返しがつかないことになるよ。サフィーネみたいにね」
ミラが言ったことの意味が、俺は何一つわからなかった。
まず、起源種魔人とは何か。
俺は自分を魔人だと思っているが、何か違うのか。
肌を重ねると取り返しがつかなくなるというが、何がどうなるのか。
そして、姉さんがそれに当てはまるらしいが、どういうことなのか。
「ミラ、すまん、起源種魔人って、なに?」
俺が訊ねると、ミラは目を見開いた。
「気づいてなかったの…? オタク君…
何か、ミラは俺について誤解しているようだが、下手なことは言わずに無言でミラに続きを促す。
「えっとね、魔人って、傷つき苦しんだ誰かの、すり減った魂が生まれ変わるとき、その魂の歪み故に生まれる存在とされているの。その中でも、魔人以外になれないくらいに愛を失い、憎悪に染まった魂が至る、魔人の極致が起源種魔人…というのが、
ミラのようなオーパーツと言っていいゴーレムを作れる古代文明の通説なら、まあ、そこらの魔術師が唱える仮説よりは世界の真理に近いのだろう。
それに、あまり覚えていないが、異世界転生するときに神様的な光の塊から、俺は生前がろくでもない人生だったせいで愛がなくなっているんだったか憎悪に染まりすぎているんだったか、そんな感じの理由で魂が歪んでいて、魔人以外にはなれないみたいなことを言われた気がする。
「オーケー、とりあえず俺がそれなんだな。で、肌を重ねると取り返しがつかないっていうのは?」
とりあえず分かったということにして、俺は次の質問に移る。
「起源種魔人の魔力に染め上げられて、魔人になっちゃうの」
なるほど、まあ、そういう行為は魂同士のつながりとか心と心のつながりとか、そういう魔術的な側面での強い結合を意味する場合も多い。
まして、俺はそういう行為において自分の生命力を相手に注ぎ込む、男という性別だ。
これもまあ、そういう世界のルールだと理解するほかないだろう。
「…姉さんがそうだというのは、どうやって知ったんだ」
俺はいよいよ、本題をミラに向ける。
「私の前で初めてサフィーネが魔神化したとき、魔力の波形がオタク君と完全に一致したんだ。普通の魔人なら、魔神化しても波形自体はその人のものなのに…」
その言葉に、俺はようやく、姉さんが初めて武装美少女に変身したあと、ミラが不思議そうな顔で俺を見ていた理由が分かった。
あの時ミラが疑問に思っていたのは、姉さんの魔力の波形の変化と、それが俺のものと一致しているということだ。
そしてそれは、ここまでの話が全て本当なら、俺は知らないうちに姉さんと肌を重ねていたということを意味する。
「…肌を重ねる以外の接触で起源種の魔力に感染する可能性は?」
一縷の望みをかけてミラに尋ねてみるが、ミラはため息とともに首を横に振った。
「私は知らないかな…」
俺は、決して浅くない絶望を感じながら姉さんに目を向けた。
「…姉さん、考えたくないけど、もしかして1年くらい前に魔神化を見せてくれた日とか、その日以外でもいいんだけど…俺の寝込みを襲ったことある?」
姉さんは気まずそうに俺から目を逸らし、滝のように汗をかきながら、心底気まずそうに白状した。
「その時から結構頻繁に…たとえば今日のお昼寝の時も…」
悲報:俺氏、すでに複数回姉に襲われていた模様。
つーか今日もかよ!
「起きたら全裸だったのそういうことかよ!? え、ちょっと待って、ミラも裸だったのって…」
そして、俺はさらなる絶望を感じながらミラに目を向ける。
ミラは、ややご機嫌斜めな女の子が恋人に拗ねて見せるようなしぐさでぷいっとそっぽを向いた。
「
悪びれてすらいねえ!
つーか何だよその理論!?
お前愛玩用ゴーレムだろ!
「おっと、話しが脱線したな…だが、確かにそういうことなら…」
俺は神官少女エレナと、獣人少女リエルに向き直り、もう一度頭を下げた。
「俺のためにそこまでの覚悟を決めてきていただいたのに申し訳ありません。それでも、俺が子供のころから受け続けてきた差別の苦しみをお二人に負わせるのは嫌です。どうか今日は、お引き取りください」
俺は誠心誠意、二人の女性からのお誘いを拒絶した。
「クサナギさん…」「クサナギ…あんた…」
何かを言いたげに口を開いたエレナとリエルは、しかし、顔を見合わせて頷き合い、何も言わずに宿の部屋の前から立ち去った。
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