第8話 揺れる心

 高校生活にも慣れつつあったが、俺の中で拭えない違和感があった。教室の風景、教師の口調、クラスメートの話題――どれも懐かしいはずなのに、自分だけが浮いている感覚。


 俺は48歳だ。

 しかし、今の俺は18歳の肉体を持ち、高校生としてこの時代を生きている。

 頭では理解しているつもりだったが、心がこの状況に追いついていないのを自覚していた。



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 放課後、いつものように教室を出ると、氷川優奈が俺を待っていた。


「ねえ、最近ちょっと気になってるんだけど……」


 優奈は俺の横に並びながら、少しだけ声を潜めて話し始める。


「斉藤って、やたらと経済に詳しいよね?」


 一瞬、心臓が跳ね上がる。


「……まあ、親が株とかやってたし、その影響かな。」


 適当にごまかしたが、優奈はじっと俺の目を覗き込んでくる。


「それだけじゃないでしょ?」


 この目は……他のクラスメートとは違う。興味本位ではなく、確信を持った探りだ。



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 優奈の視線から逃げるように、俺は目を逸らした。

 彼女は単なる好奇心で聞いているわけではない。勘が鋭い。


 以前、競馬の話をしたときもそうだった。冗談混じりで「次のレース、どの馬が来ると思う?」と聞かれ、適当に答えたら、それが当たった。俺は適当な顔を装っていたが、優奈の目はごまかせなかった。


「たまたまじゃない?」


 そう返した俺に、優奈は笑って言った。


「私は偶然って言葉を信じないタイプなの。」


 ――こいつ、怖いな。



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 48歳の俺なら、この程度の探りには動じなかっただろう。

 だが、今の俺は18歳の肉体を持っている。なぜか、それが影響している気がする。


 授業中、ふと気づくと、優奈のことを考えている自分がいる。

 彼女の聡明さ、直感の鋭さ、そして時折見せる無邪気な笑顔。


 こんな感情を抱くのはおかしい。俺は48歳だ。彼女とは生きた時間が違う。

 なのに――


(……俺は、優奈に惹かれている?)


 そんな考えが頭をよぎり、思わず首を振った。



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 その日は、優奈と二人で帰ることになった。


「ねえ、もし本当に未来がわかるとしたら、どうする?」


 不意に、優奈がそんなことを聞いてきた。


「……どうするって?」


「例えばさ、未来に起こることが全部わかってたら、その情報をどう使う?」


 一瞬、足が止まった。


「もし、未来の大災害を知ってたら? もし、大成功する企業がわかってたら? もし、人の運命まで見通せたら?」


 優奈の言葉に、俺は思わず息をのんだ。


(まさか……こいつ、何か勘づいてるのか?)


 いや、そんなはずはない。ただの仮定の話だ。

 それでも、俺の心はざわついた。


「……そんなことができるなら、俺はできるだけ慎重に使うと思う。」


「慎重に?」


「未来を知ってるからといって、それをそのまま使えばいいとは限らない。情報の使い方を間違えれば、思わぬ結果を招くこともある。」


 優奈はじっと俺を見つめた後、ゆっくりと頷いた。


「なるほどね。斉藤って、意外と慎重派なんだ。」


 彼女はそう言って微笑んだが、その瞳にはまだ何かを探るような色が残っていた。



---


 家に帰る道すがら、俺は考えていた。


 この時代に戻ってきて、俺は何を成し遂げるべきなのか?

 金を増やすだけなら、競馬や株でいくらでもやれる。

 だが、それだけでは満足できない。


 富だけでなく、名声も欲しい。


 未来を知る者として、俺はこの世界にどんな爪痕を残せるのか。

 だが、そのためには慎重に動かなければならない。


 優奈のように勘の鋭い人間がいる以上、俺の動きが怪しまれれば、予期せぬ障害が生じる可能性がある。


(氷川優奈……お前は、俺にとって脅威なのか? それとも――)


 彼女の存在が、俺の計画にどんな影響を及ぼすのか。

 それが分かるのは、もう少し先のことになりそうだった。

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