第6話 出会い

 現金を増やし、金に換えながら資産を蓄積する日々。俺の計画は順調に進んでいた。


 だが、ここに来てひとつの問題が浮上した。


 ——人間関係。


 競馬で得た金をどう管理するか、バレないようにするにはどうするか。そんなことばかり考えていたが、俺はほぼ誰とも交流を持たずに過ごしていた。


 クラスの連中とは適当に会話を合わせていたが、深入りしないように距離を取っていた。


 未来の知識を持つ俺にとって、同級生たちはただの高校生だ。考えていることも幼く、話していても退屈に感じることが多い。


 ——だが、そんな俺の平穏を壊す存在が現れた。


 ***


 放課後、俺は街の貴金属店に向かっていた。


 今日も金を買い足す予定だったが、その途中でひとりの少女とぶつかった。


 「わっ——」


 少女はバランスを崩し、手に持っていた紙袋を落とす。中から散らばるのは、ノートや筆記用具。


 「すまん、大丈夫か?」


 俺が手を差し伸べると、少女は驚いたようにこちらを見上げた。


 ——整った顔立ち、長い黒髪。大人びた雰囲気を持つ美少女だった。


 「……ありがとう」


 少女は俺の顔をじっと見つめる。


 どこかで見たことがあるような気がする。……いや、もしかして——


 「……お前、もしかして氷川(ひかわ)か?」」


 「えっ……?」


 彼女の名前は氷川優奈(ひかわ ゆうな)。


 確か、未来では……——


 「えっと……どこかで会ったっけ?」


 氷川優奈は不思議そうな表情を浮かべていた。


 俺は心の中で、大きく舌打ちをした。


 ——やばい。これは、予想外の出会いだ。


 氷川優奈——。


 俺の記憶が確かなら、未来ではとある分野で成功していたはずの女性だ。


 だが、今はただの高校生。俺と同い年の少女として目の前にいる。


 「ごめん、私のこと知ってる?」


 優奈が首をかしげる。


 「……いや、ただのクラスメイトだろ?」


 適当にごまかしながら、落としたノートを拾う。ちらりと目に入った内容に、俺は少し驚いた。


 『株式投資の基礎』『為替市場の動向』『未来の金融市場予測』


 ……なんだこれは。


 普通の高校生が持つ内容じゃない。


 「……お前、こんな本読んでるのか?」


 「えっ!? ちょ、ちょっと見ないでよ!」


 優奈は慌ててノートを取り上げた。


 その反応で確信する。


 ——こいつ、普通じゃない。


 未来の情報を持つ俺と違い、彼女は純粋に自力で金融の勉強をしている。


 「お前、投資に興味あるのか?」


 「……まぁね。高校卒業したら資産運用とかしたいし……」


 優奈は目をそらしながら答える。


 高校卒業後に投資? いや、それどころじゃない。こいつは未来では投資家として成功していたはずだ。


 もし、今から接触し、俺の知識をうまく利用すれば——。


 ——強力なパートナーになり得る。


 「なあ、氷川。ちょっと話さないか?」


 「……え?」


 俺は優奈に微笑んだ。


 駅前の喫茶店。午後の静かな時間帯、俺たちは向かい合って座っていた。


 「で、話って?」


 氷川優奈がカップを手にしながら俺を見つめる。


 「お前、投資に興味あるんだよな?」


 「……まぁね。」


 「なんで?」


 「……お金があれば自由になれるから。」


 その言葉に、俺は少しだけ笑った。


 「自由になりたいなら、なおさら慎重に動いたほうがいい。中途半端な知識で投資に手を出すと、痛い目を見るぞ。」


 「わかってる。でも、だからこそ勉強してる。」


 優奈は真剣な眼差しで俺を見ている。本気で投資をやろうとしているのは間違いない。


 だが、ここで俺の"秘密"を簡単に話すわけにはいかない。


 ——慎重に、相手を試す。


 「お前、どんな方法で資産を増やそうと思ってるんだ?」


 「株式投資と、為替相場。まずは小さく始めて、徐々にリスクを取っていくつもり。」


 「高校生が口座を開けるのか?」


 「兄の名義を借りるつもり。」


 ……なかなかやるじゃないか。


 俺は優奈の知識と覚悟を探るため、少し突っ込んだ質問をしてみる。


 「今、どの株が上がると思う?」


 「……日本株なら、NTTやソニー。海外ならマイクロソフトあたりが有望。」


 「理由は?」


 「通信とエンタメ産業はこれから伸びる。特に海外のIT企業は、日本よりも市場が拡大するから。」


 俺は心の中で驚いた。


 こいつ、ほぼ正解じゃないか。


 未来の情報を持つ俺の視点から見ても、優奈の予測はかなり的確だった。


 もしかして、この時点でも相当な才能があるのか?


 少し興味が湧いてきた。


 だが、それでも俺の"未来の知識"は簡単には教えられない。


 「まあ、悪くないな。」


 「……なんか偉そうだね。」


 「悪いな。でも、俺はもっと確実な方法を知ってる。」


 「……え?」


 「今はまだ教えられない。でも、お前が本気で資産を作りたいなら、そのうち教えてやってもいい。」


 優奈は驚いた表情を見せた後、少し悔しそうに唇を噛んだ。


 「……私が信用できるか試してるの?」


 「まあな。」


 「……ふーん。」


 優奈はしばらく考え込んだ後、ニヤリと笑った。


 「面白い。じゃあ、私も試す側に回る。」


 「……どういう意味だ?」


 「あなたの言う『確実な方法』が本物かどうか、私が見極めるってこと。」


 ……こいつ、ただ者じゃないな。


 この先、俺の計画にどう関わってくるのか——少しだけ楽しみになってきた。


 氷川優奈はコーヒーを一口飲み、じっと俺の目を見つめている。


 「じゃあ、試してみる?」


 「試す?」


 「あなたが知ってる『確実な方法』が本物かどうか、私が見極めるって言ったでしょ?」


 こいつ、本気で探ろうとしているな。


 だが、ここで簡単に手の内を見せるわけにはいかない。


 「そうだな……じゃあ、お前がさっき挙げた銘柄について、俺の予測を話してやるよ。」


 「へえ? 聞いてあげる。」


 優奈が興味深そうに身を乗り出す。


 「まず、日本株。お前はNTTとソニーを挙げたな?」


 「うん。」


 「悪くない。ただ、NTTは通信業界の巨人だけど、株価の急上昇は期待しづらい。」


 「え? なんで?」


 「NTTは強いが、国内市場が中心だ。日本の通信インフラはすでに成熟している。もちろん、安定はするが、爆発的な成長は見込めない。」


 「……なるほど。でも、安定した銘柄としては悪くないよね?」


 「そうだな。ただ、狙うならKDDIやソフトバンクのような成長戦略を打ち出せる企業のほうが面白い。」


 優奈は考え込むように頷いた。


 「じゃあ、ソニーは?」


 「ソニーは面白い。エンタメ、ゲーム、金融、半導体と多角経営で、特にプレイステーション事業が強い。これからの時代、ゲームは世界的に大きな市場になる。」


 「じゃあ、買い時?」


 「うーん……もう少し待てば、PS2が発売される。その頃には業績が一気に上向くから、そのタイミングで仕込めば利益は大きい。」


 「PS2?」


 「ああ……まあ、今は詳しく言えないけど、次世代ゲーム機が成功するのは確実ってことだ。」


 優奈は目を細めて俺を見た。


 「なんでそんなに自信あるの?」


 「……勘がいいんだよ。」


 「ふーん。」


 疑われてるな。でも、ここで焦る必要はない。


 「次に、お前が挙げたマイクロソフトについてだ。」


 「うん。」


 「これは……言うまでもなく、間違いなく買いだな。」


 「え?」


 「マイクロソフトは、これから世界のIT業界を支配する企業になる。」


 「そんなに?」


 「間違いない。理由は簡単だ。Windowsが世界の標準OSになるからだ。」


 「標準OS……?」


 「今はWindows 95が出たばかりだろ? でも、これがどんどん改良されて、世界中のパソコンにインストールされるようになる。マイクロソフトはソフトウェア業界の王者になる。」


 優奈の表情が引き締まった。


 「……確かに、パソコンの普及はこれから進むと思う。でも、それだけでそこまで成長するの?」


 「マイクロソフトの強みはOSだけじゃない。やがてインターネットが普及し、パソコンは家電のようにどの家庭にもあるものになる。そのとき、Windowsがほぼ独占するんだよ。」


 「インターネット……」


 優奈は考え込むようにカップを回した。


 「最後に、アップル。」


 「……アップルって、今はマイクロソフトほどの勢いはないよね?」


 「そうだな。今はまだ苦しい時期だ。けど、10年後には世界を変える製品を生み出す企業になる。」


 「世界を変える?」


 「……まあ、これはまだ話せないけどな。」


 優奈は興味津々といった表情を見せながらも、少し不満そうにため息をついた。


 「なんか、もったいぶってない?」


 「お前が本気で投資をやるなら、そのうちわかるさ。」


 「……ふーん。」


 優奈は俺を試すように笑った。


 「じゃあ、今の話、私の予想とどう違うのか、ちゃんと検証してみるよ。」


 「それがいい。」


 俺は余裕の表情を作ったが、内心では優奈の勘の鋭さに驚いていた。


 こいつ、本当に未来の投資家になる素質があるのかもしれない。


 ——だが、まだすべてを話すわけにはいかない。

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