【KAC20252】あこがれの連鎖

内田ヨシキ

あこがれの連鎖

 この作品を書き上げたら、もう筆を折ろう。


 もう疲れてしまった。


 おれにも人並みに憧れはあった。


 仕事で精神を病んでしまった時期に、ある作品に出会った。


 楽しくて、優しくて、心を癒してくれる、そんな小説だった。


 おかげでおれは立ち直れた。それどころか生きる目標も持てた。あんな作品を世に送り出して、おれと同じように心が疲れてしまった人に、癒しを届けたい……。


 そう思っていたのだけどな……。


 おれは未だにプロになれていない。公募では一次や二次選考は通っても、最終選考には届かない。


 web小説サイトで投稿してみても、思うようにPVが伸びない。コンテストで中間選考は突破できても受賞はできない。書籍化の話など夢のまた夢。


 いわゆる、そこそこレベルのアマチュアに留まっているだけなのだ。


 おれ自身がどんなに誰かに癒しを届けたいと思っても、他人はもっと優れた作品を勝手に見つけて、おれの知らないところで癒されているのだ。


 おれが……おれの作品が、存在する意義なんてあるのか……?


 長いこと思い悩んでいたけれど、おれより後から投稿を始めた作者があっという間に書籍化を勝ち取ったのを知って確信した。おれの作品に意義なんてなかった。


 おれには憧れを叶えられない。


 だったらこれ以上書く必要はない。ただ疲れるだけだ。だから筆を折る。


 事後処理として、連載途中だった作品を締めくくる。それだけが、いまおれが執筆する理由だった。


 そんなある日、おれの作品に新しい読者が付いたようだった。


 1話1話、読んだ話に毎回律儀に「応援をする」ボタンを押していってくれている。


 たまにある。読者となる人は何万人もいるのだから、ごく稀におれの作品を惰性で読み進めるような奇特な人間もいなくはないのだろう。


 でもその読者は、さらに珍しかった。いま連載中の作品のみならず、過去作にも順番に目を通していっているようなのだ。


 なにがそんなに気に入ったのだろう。こんな存在意義のない作品群に……。


 1ヶ月もしないうちに、いよいよその読者はすべての作品のすべての話に「応援」を残してくれた。


 その日はちょうど、連載中の作品の最終話を投稿した日だった。


 あの読者は、投稿直後にすぐいつもの「応援」を残していってくれた。


 ただ、今日はそれだけで終わらなかった。


「応援」から1時間くらい経った後、「応援コメント」が残されていた。その時間が、コメントを書くためにかけたのは明らかだった。それだけ長文の熱のこもったコメントだった。


 その内容は、初めましての挨拶から始まり、連載終了を惜しみつつも楽しんでくれた感想、そして……。


「あなたの作品はいつも楽しくて、優しくて、毎日の楽しみです」


「こんなこと聞かされても困るかもしれませんけど、死んでしまおうかと思うくらいつらかった時期があったんです。でも、あなたの作品の読んでいる間はそのつらさも忘れられたんです」


「おかげで今はなんとか前を向けています」


「私もあなたのようなお話を作れるようになってみたいです」


「憧れます」


 それらの内容を、おれは何度も何度も……数え切れなくらい読み返した。


 この読者は、おれと同じなのかもしれない。


 人生で一番つらい時期に、憧れを見つけられたのかもしれない。


 だとしたらおれは……なれていたのか? あの日、憧れた存在に……。


 心が疲れてしまった人に、癒しを届ける。そんな存在になれていたのか?


 だとしたら、おれは……今までなにを考えていたのだろう。プロや書籍化に執着していたけれど、おれの憧れを叶えるのに必須なわけじゃないじゃないか……。


 それだけじゃない。おれ自身が憧れの存在になってしまった。


 だったら、ここで筆を折るわけにはいかないじゃないか……。


「さて……明日からの新連載、急いで取りかからないとな」


 おれはいつものようにパソコンに向かって、キーボードを叩き始めるのだった。


 願わくばこの作品も、誰かの心を癒せますように――。

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