◇EP7

 15歳の時、わたしは教会の本部に呼び出された。


 わたしを迎えたのは髭を蓄えた厳めしい人相の枢機卿だった。


「呼び出しに応じてくれて感謝する、『慈雨じうの聖女』どの。貴女の功績は私も把握している。素晴らしい事だ。貴女の奉仕の精神こそ、我々が目指すものに他ならない」


『慈雨の聖女』。


 誰が言い出したのか分からないが、それがわたしの異名として定着してしまっていた。そしていつの間にか教会もその名称を使うようになった。プロパガンダに効果的だったという事だろうか、と勘繰ってしまう。


「光栄極まるお言葉、感謝致します」


 しかし、わたしはそういった感情をおくびにも出さず、謝礼の言葉を言った。


「さて――貴女を呼び出したのは、貴女にとある特別な任務を伝える為だ」


 わたしたちが居る広い空間の壁には精緻なステンドグラスがあった。しかし、何が描かれているのか良く分からなかった。


「特別な任務、ですか……?」


 わたしは小さく首を傾げた。


「人間と魔物による戦争が長きに渡って繰り広げられている事は貴女も承知している事だろう。魔物によって多くの悲劇が生み出されている……それを目の当りにしてきた筈だ」

「はい……」

「魔物。知性を持たず、人間に害を為す異形の獣だ……そして、魔物の中には魔族と呼ばれる高位の存在が居る。私は直接目にした事は無いのだが、魔族は奇妙な事に人間と似通った容貌をしているそうだ。人間のように高い知性を持ち、小さな体躯にも関わらず通常の魔物よりも高い戦闘力を有しているのだという」


 わたしは固唾を呑んだ。魔族。わたしも話で聞いた事があるだけだ。何でも、人語を解するのだという。その話を聞いた時、何故人を殺すのか魔族に対して質問を投げ掛けたいと思ったのだった。


「その魔族の中に『七導罪しちどうざい』と呼ばれる特別な七体の魔族が居る。『七導罪』は通常の魔物より強力な魔族の中でも更に強力だ。その為に、過去に『七導罪』の首を取った人間は一人として居ない」


 過去に一人として――それ程強力であれば、その『七導罪』は今までに一体どれ程人間に被害を齎しただろうか。そう考えてぞっとした。


「この世界には七つの大陸があり、そしてそれぞれの大陸に一つの国がある。一つの大陸につき、一つの国――そして一つの国につき、一体の『七導罪』。この国、オズベクル王国も無論例外ではない。

『七導罪』はその名の通りそれぞれが七つの大罪の一つを司っている。

 この国に巣食っているのは『嫉妬』の『七導罪』。名を、スヴィジキアという」


「スヴィ、ジキア……」


 今初めて聞いた固有名詞だ。それでも、その名自体に邪悪な力が籠っているかのように、私は恐れを抱いた。

 枢機卿はわたしの方を鋭い眼差しで見て、告げる。


「『慈雨の聖女』どの。貴女に言い渡す任務とは、『嫉妬』の『七導罪』、スヴィジキアを討ち取る事だ。

 ――正確に言えば、貴女に討伐部隊に参加して頂きたい。そのように国王から要請があった」


「わたしが、『七導罪』を……!?」


 告げられた事にわたしは愕然とした。焦燥が手の中に汗を滲ませる。


「無論、貴女が戦闘用の魔法に秀でていない事は把握している。しかし、貴女の【廻復キュア】は戦闘の継続において非常に有用だ。

 討伐部隊と言っても大軍勢を率いて戦いに臨むわけではなく、少数精鋭の部隊だ。その替えの利かない兵の傷を癒し、より多くの戦闘を可能とし、更には兵たちの死を免れさせる事が重要だ。

 その為の人員として、貴女に勝る者は居ない」


 枢機卿の論理には説得力があった。確かに、わたしの力は戦局を有利に進める為に役立つ事だろう。


「ですが、戦いに身を投じるとなると、わたしは多くの人々を救う事が出来なくなってしまいます。今この時も沢山の人が野戦病院に運び込まれている事でしょう……」


「だからこそ、その悲劇の根源を断つ事が肝要なのだ」


 枢機卿はそう断言した。わたしははっとした。


「魔物は『七導罪』による加護を受けている、と研究によって明らかになっている。本来より高い能力を発揮し、人間を襲っているのだ。

 であるからして、『嫉妬』の『七導罪』を討つ事によってこの国の魔物は弱体化し、被害を減らす事が出来る。或いは、魔物の存在自体が消滅するかもしれないという説もある。

 確かに、一時的に救済の手から零れ落ちてしまう民は増えるだろう。しかし、未来の事を考えたまえ。

 もし『七導罪』を討ち取る事が出来れば、それは未来に生まれる沢山の犠牲者を救う事になる。

 それに、『慈雨の聖女』どのといえど、死者を蘇らせる事は不可能であろう」

「はい……」


 わたしは弱々しく返事をした。枢機卿の言う通りだ。


「未来の死者を救う為に貴女が出来る事はそれだけなのだ。理解頂けただろうか」


「理解、しました」


 戸惑いはあった。


 それでもわたしは決意を固めた。

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