第3章6話『未知の領域 その④』
翌朝。
(なんだろう。ミズキさんとカズミちゃん、どこかで会ったことが……気のせいかな?うーん……)
陽菜はそんなことを考えていた。
陽菜は人との関わりを強く持ちたいという想いから、昔会った人でも覚えていることがある。幼少期から成長後の場合は成長度合いが大きいため判別が難しいが、ある程度成長した後を比較した場合かなりの精度で判別できる。陽菜はその能力が人より少し高かった。
先生と民研部員たちが集まって今後のことについて話をしている。
「今日は街の人に聞き込みを……と言いたいところだったけど、こんな大雨になったら何もできない。仕方ないから今日は中で自由行動にするしか無いかな……もしここに誰か呼べれば話は変わるんだけどね。」
ミズキが落ち着いた声で言う。
「することが無いようですので、ぼくは図書室に本を読みに行きますね。」
「安全……」
「あ、茉希ちゃん待って〜!」
ハルキは本を読みに図書室に向かった。茉希もそれについていく。陽菜は茉希についていく。
茉希は何故かハルキにくっついていた。
図書室に入り、ハルキは図鑑を手に取る。茉希はハルキの傍にいる。
「どうかしましたか?きみの名前を聞いていませんでしたね。」
「……」
「……失礼しました。何か事情があるのでしょうか。」
依然と、茉希は名前を言いたがらない。
「きみも虫の図鑑に興味があるのですか?」
「……うん。」
茉希は力無い返事をした。
「あまり話すのが得意な子では無いのですね。」
「そうだね。この子はあまり話したがらない子だから……」
「ほう、きみも陽菜さんのようにツェツェバエが気になるのですか?」
茉希が興味を示したのはツェツェバエのページだった。
「そうですか、わかりました。」
ハルキはポケットから紙とペンを取り出し、スケッチを始めた。途中で眼鏡がズレたのか、くいっと眼鏡の位置を直す。
「はい、できましたよ。」
ハルキが振り向き、紙を茉希に渡す。茉希に渡されたのはツェツェバエの絵。ハルキの画力はとても高く、殆ど図鑑の通りに描かれていた。
「きみがツェツェバエを興味津々に眺めていましたので。」
「うん……っ!」
茉希は嬉しそうだ。
「そろそろ戻りましょうか。」
ハルキは皆のいる広間に戻った。
陽菜は暇を持て余していた。本を読みながら民研の話でも聞こうかと考えていたが、既に目的は決まっておりそれが雨で一旦保留になっていたため面白い話を聞くことはできなかった。
(話を聞けないと情報も得られないし、もし不用意に話しかけてストーリーが変わってバッドエンドに……なるかはわからないけど、もしわたしたちが
そんなことを考える。
この時、陽菜は知らなかった。茉希が不自然にハルキにくっついている理由と、別人格の『もう平和になった』という言葉の意味を。
(しっかしクリア条件わかんないな……陰陽師じゃないのにわかるわけないっての。綾ちゃんの結界みたいな即死は無いと思いたい……何らかの条件に即死がある可能性を考えると迂闊に行動できないかもしれないけど、何もしなかったら条件がわからないから。)
目を閉じて静かに考える。
(
陽菜は女子部屋のソファに座っていた。女子部屋とは言うがこの部屋が女子専用なのでは無く、部屋割がこうなっただけ。
カズミは椅子に座り、ユミはソファにもたれかかっていた。
「ユミちゃん……うちの民研が発掘した梧村の『神隠し』ってどう思う?この村の犯罪者が流れ着くって噂もそうだし、色々と……なんていうか、何かありそうだよね。」
「お、またゲームか?」
「う、うん。」
タクヤはシンイチの作業を横から覗く。
「なあ、そのゲーム完成したらやらせてくれよ!」
「シンイチくんのゲームをプレイした感想としては、とても興味が惹かれるものでしたね。」
「ははっ、これは期待できるぞ!」
「あ、ありがと。」
タカシ、ハルキ、タクヤの言葉にシンイチが少し嬉しそうな表情をする。
「……」
「どうした?」
タクヤが、シンイチの微妙な表情に気づいた。
「いや、ナオヤくんのこと思い出しちゃってさ……」
「あー……」
タクヤはシンイチと似たような微妙な表情になり、
「わりぃ、ちょっとトイレに行ってくるわ」
そのまま外に出た。
「ふぁ〜あ。」
あくびをする陽菜。
(にしても暇だなぁ……こんな大雨じゃ外に出れないし、出たところで黒い霧の外には行けないし、民研部の話が進展しないからミッションクリアの手がかりが掴めない……普通に飯食わせてもらってるから飢え死にはしなそうだけど。)
涙で潤んだ目を擦ると、茉希が女子部屋を出てどこかに行こうとしていた。
「ん?茉希ちゃんどこ行くの?」
コンコン。
男子部屋の扉を叩く音。
「どなたでしょうか……」
ハルキが扉を開くと、茉希が立っていた。
「おや、きみでしたか。」
「安全……」
茉希はハルキにぴたりとくっついて複雑な表情を浮かべている。
「ハルキどうしたんだよ、女の子に懐かれるようなことでもしたのか?」
タカシがハルキと茉希の方を見ながら言った。
「昆虫図鑑を読んでいてこの子に渡したら、この子が興味津々にとある虫のページを見ていまして。その昆虫の絵を描いてあげたのです。」
「ハルキくん優しいじゃん。」
シンイチが机に座ったまま振り向いた。
「そうですか?生憎ぼくは優しいだとか人の感情の理解が酷く難しいと感じていまして。何故懐かれたのかよくわからないのです。」
「ここ、いてもいい?」
「いいですよ。」
茉希が小さい声を絞り出し、ハルキはそれに快く了承の返事をしたその時──
「うぐぁぁぁぁぁぁっ!!」「きゃぁぁぁぁぁっ!!」
どこからか聞こえる男女の悲鳴。全員が瞬時に、この建物の中から聞こえた声だと理解した。
「ひぃっ!な、なんだよ今の!タクヤとユミの声だよな?おい、まさかこの村の噂……犯罪者が流れるって……そういうことなのか?」
怯えるタカシ。
「ここの大きさからするに、オーナーやミズキ先生も今の悲鳴を聞いているはずです。何かある前に全員で固まるべきです!」
ハルキが提案を出す。それに反対する者はいない。
陽菜、茉希、ハルキ、タカシ、シンイチ。全員で固まり、男子部屋を出た。
「ねえ!今の悲鳴何!?」
廊下でカズミと会った。
「カズミさん!単独行動は危険です、なのでついてきてください!」
「わかったわハルキ!」
廊下を走り、木を踏む音が鳴る。この人数で鳴る足音は大きい。徐々に集団に緊張感が生まれる。
「ねえあなたたち!何があったの?」
「わかりません。ですが先ほどの声量、並の驚き方ではああはならないはず。ミズキ先生、僕たちも何があったのかわかりませんが全員で固まって行動すべきかと。」
ミズキも集団に加わった。途中でオーナーも合流し、ユミとタクヤ以外の全員が集まった。
今現在集団にあるのは、緊張感と恐怖。特にタカシはガタガタと震えており、茉希はプルプルと震えてハルキにくっついている。
「さっきのってどっから……」
「「トイレ……」」
ハルキと茉希が同時に呟いた。
「トイレだな!?気をつけていくぞ、おれの後ろに隠れていろ!」
オーナーが先頭に立つ。
この中ではオーナーが最も体格がいい。例えるなら、半袖ハチマキでタバコを吸っている漁師のようなムキムキの体格。
陽菜も自分の身体能力に自信があるのか、自然と先頭に立った。
トイレに近づくごとに震えの速さと心拍数が上がっていく。
あと10メートル、5メートル、3メートル──
オーナーとミズキが、トイレの扉を開け中を覗く。
「うわあっ!」
声がしたのはオーナーの方からだった。
「な、なにこれ……」
「これは一体……」
「こわいよ……」
シンイチ、ハルキ、茉希が
赤く染まった、タクヤとユミ
「うっ!おぼぇ──」
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
陽菜と茉希を除いたこの中で最も臆病タカシが嘔吐し、カズミがミズキに抱きつく。シンイチも今にもものが口から出てしまいそうだ。
(!!!?)
陽菜はまた強烈な既視感に襲われた。
(この状況、何か知ってるような……)
2人の死体は、食いちぎられたような傷があり内臓が飛び出ている。
「こ、これは……これを人間がやったと言うのですか?悲鳴が聞こえてからの時間から計算して、人間が短時間でこれほどの傷をつけて姿を消すなんて……」
高身長、眼鏡に読書と優等生で普段から寡黙さ、冷静さを周りに感じさせているハルキにさえ焦りの表情が浮かぶ。
「じゃあ何!?梧村の怨霊の噂が本当だったって言うの!?」
「いえ、そんなはずはありません!怨霊など非科学的な……」
ハルキが今回の活動に参加したのは、お化けに興味があるからでは無く村の文化や成り立ち、そして昆虫に興味があったから。
「と、とにかく急いでここを離れるんだ!」
オーナーが焦った表情でそう言い、全員で玄関に向かう。
途中、この宿泊施設で最も広い場所に出た。
「た、たたたタクヤとユミが死んじまった……怨霊だ、怨霊にやられたんだ!!この村の噂──」
「ばかなこと言わないで!」
頭を抱えてしゃがみ、ガタガタと震えるタカシ。恐怖に耐えきれなかったのか、カズミがタカシに怒鳴る。
「そうです、これは何かのトリックです……そういえばきみはどうしてさっきタクヤくんの居場所がトイレだとわかったのですか?」
ハルキが茉希の方を向いた。
「それ何か変なの?」
「カズミさん。悲鳴の数分前にこの子は女子部屋を出て男子部屋に来たと思われるのですが、時間を計算するとタクヤくんがトイレに行くと言ったのはそれより前なのです。詳しい説明は省きますが、トイレに行くまでの時間とこの子が寄り道せずここに来た時間から計算すると、この子はタクヤくんがトイレに行ったということを知らないにも関わらず『トイレ』と言ったということになります。男子部屋に訪ねてきてからぼくに抱きつくまで部屋を見渡しているようには見えませんでしたし、ここに来るまで皆さん怯えていたり緊張したりしていたでしょう。その状況で、ましてやこんな幼い子が、ぼくたちの関係をよく知らない子がタクヤくんの居場所を分かるでしょうか?」
ハルキは自身の持論を述べた。
「要するにこの子は何か知っているいうことです。何があったかは知りませんが。」
茉希以外の全員が茉希に視線を向ける。茉希はそれに怯えるような仕草をした。
(茉希ちゃんが何かを知ってる?どういう──)
そこで陽菜は、陽菜が芭那、舞、希万里と星乃家に訪れた時、星乃和華と星乃悠真が、真偽不明の星乃家の未来予知能力について話していたことを思い出した。
(未来予知!茉希ちゃんが未来予知したからそれを知ってたってこと?いや、それよりこうも
陽菜は内心焦っていた。茉希はハルキの問い詰めのような言葉に黙ってしまっている。
「ねえ何か知ってるの?知ってるなら早く教えてよ!!」
カズミが茉希の肩を掴む。その顔は明らかに冷静さを失っていた。
「あ、あ……」
茉希は今にも泣き出しそうだ。
こう話している間にも犯人らしき者は来ない。しかし陽菜を含め焦っていつも通りの正常な判断ができなくなってしまっており、ここからすぐに逃げることができずにいた。
それもあるが、ハルキの考えではあの短時間で死体をめちゃくちゃにしたということで複数犯説が浮上していた。外に出たところで待ち伏せされている可能性もあった。
「あれ、そういえばユミちゃんも男子トイレで死ん──」
「ママそこは今突っ込むところじゃ無いでしょ!」
ミズキの疑問にカズミが慌てたようになった。ミズキはカズミの母親でもあり教師でもある。
「いずれにせよ、この子から知っている話を聞く必要がありますね。」
「知らない……」
ハルキの問いかけに茉希は知らないと答えた。しかしハルキから見れば明らかに何かを知っていた。
「ぼくたちには想像もつかないようなことなのですか?」
「言っても何もわからない!誰も信じてくれない!」
茉希は涙目になる。
(まさか茉希ちゃんは怨霊に襲われるところを予知して──)
「もしかして、きみがこの事件の首謀者なのですか?たまに天才が生まれる可能性もありますから事件の計画くらいは」
「違うもん!」
ハルキの問いかけは続く。
ハルキは知的好奇心を抑えられないタイプであった。それはこの状況でも例外では無く、ましてや全員の命がかかっているため少女が怯えていてもお構い無しのようになっていた。
「いいかげんにしろ!冷静になれ!」
ハルキの胸ぐらに掴みかかったのは陽菜だった。
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