第3章5話『未知の領域 その③』

「ユミちゃんって、わたしの知り合いに似てる。」

オレンジがかった明かりが陽菜たちを照らしている。

陽菜とユミの雑談。カズミもそれを聞いている。

「知り合い?」

「そ。角谷春菜っていう子。背はわたしより低いから、わたしより年下であろうユミちゃんと大して変わらない。ユミちゃんは、あのタクヤってイケメンくんが好きなの?」

陽菜は大学生にしては少し幼い見た目と雰囲気であるが、春菜は大学生相応の雰囲気を感じさせつつも陽菜より背が低い。

「うん、そうだよ。付き合ってる。」

ユミは少し照れくさそうに、にこっとしている。

「なんか体鍛えてる?陸上部か何かかな?その筋肉の付き方……」

「あ、わかった?そうそう!」

ユミは上機嫌だ。

「ユミちゃんとカズミちゃんは、みんなとどうやって出会ったとかある?」

「みんなきっかけは単純だと思うよ。」

陽菜の問いに答えたのはカズミだった。

それから少し雑談をし、陽菜は部屋の外に出て廊下を歩いていた。

その途中で、教師のミズキに会った。

「陽菜って言ったね。その服、オーダーメイド?」

ミズキが陽菜に話しかけてきた。

「いえ、ちょっとむしゃくしゃしてた時期に服を改造しただけです。この頭のメッシュも。でも、むしゃくしゃしてやったつもりが結構気に入ってるんです。」

陽菜はメッシュをまるでぬいぐるみをもふもふするかのように触りながら、悲しそうでありつつもにこやかな表情を浮かべる。

ミズキと少しの間会話をした後、次に陽菜が向かうのは男子部屋。

(会話するだけでも色々わかったりすることがある。)

念の為入ってもいいかノックしてから確認し、中に入る。

男子は4人。ハルキは図鑑を読んでおり、シンイチはパソコンを操作している。タクヤとタカシは、シンイチのパソコン作業の画面を興味津々といった表情で覗いている。

「え、何してるの──何これ、ゲーム?シンイチくんってゲーム作れるんだ、すごいね!」

陽菜の口から出たのは本心の褒め言葉だった。

「月城さんは、ゲーム好きなの?」

シンイチがおそるおそるといった感じで陽菜に聞いてきた。

「好き!めっちゃ好き!」

陽菜はまた笑顔で言葉を並べる。

「ハルキくんも参加しないのー?」

ハルキは昆虫図鑑を何冊も所持しているようで、病的ともいえるほどそれに熱中している。陽菜はそんなハルキに呼びかける。が

「そうですね……実はシンイチくんのゲームは気になっていたのです。やってみましょうか。」

案外シンイチのゲームにも興味を持っていたのか、図鑑を閉じてシンイチのパソコンの前に来たハルキ。

(ハルキくん、眼鏡をかけてて見た感じちょっと堅物めの優等生かと思ってたけど意外と好奇心旺盛なんだ。)

陽菜は、純粋な好奇心に加えて人と仲良くなりたい気持ちが強いため、精度はともかく人間観察の頻度は他人より圧倒的に多い。

しばらくゲームをプレイしていたハルキ。

「充分楽しめました。なのでぼくは先程見つけた図書室に行ってきます。」

「いいの?」

「月城さん、いいんですよ。まだ完成品では無いでしょうしプレイしている間は開発が進みません。」

「なーる。確かにね。」

ハルキは部屋を出て図書室に向かった。

(いろいろ話したりしたけどミッションクリアの条件はわかんないな……マルチエンディングじゃなきゃ攻略が楽なんだけど。)

普段からゲームも多くプレイしているオタクだからか、少しゲーム脳になっている陽菜。

(どうしよ……)

少し考えた結果、ハルキの方についていくことにした。ゲームの方が興味はあったのだが、シンイチの方はゲーム開発に集中させてあげようと、陽菜なりの気遣いでもあった。

「ここに何か良さげな図鑑でもあればよいのですが……」

「虫の図鑑?虫が好きなの?」

「ええ、そうです。ですが過去に読んだことがある図鑑ばかりですね。」

陽菜の質問にハルキが答えた。

「すご……何見てるの?」

陽菜は好奇心をツンツン刺激され、ハルキが見ている図鑑を見たくなった。

「ふーん。ハエ……そういうのも図鑑にの──」

そこで陽菜ははっとした。

「ツェツェバエ……ツェツェバエじゃん!」

陽菜のよく知っているハエだったからだ。

「ツェツェバエは吸血性で、アフリカトリパノソーマ症の病原体となるトリパノソーマである、ガンビアトリパノソーマやローデシアトリパノソーマなどの媒介種として知られています。」

(知らない……)

陽菜が知っているツェツェバエの特徴は姿だけで、そこまで詳しい情報は知らなかった。


日が暮れた頃。

雨が降ってきていた。数十分で雨はどしゃ降りになり、外に出ることもままならない状況であった。

「さぶい……また、見えた……痛いよぉ……」

少女は、顔が濡れた髪の毛で隠れて貞子のようになっていた。


「え?」

誰かが宿泊施設に入ってくる音がした。

陽菜はその音を聞き、玄関に向かう。

(女の子……)

幼い女の子だった。年齢は10歳くらいだろうか。

長時間雨に打たれて震えている。今にも風邪をひきそうだ。

「ねえきみ、大丈夫?」

「今タオル持ってくるから!」

オーナーに事情を話し、急いでタオルを持ってきて女の子の髪を拭いた。

(早く水分を取らないとこの子が風邪をひく!着替えも用意しないと──)

素早く髪を拭く。髪をどけて女の子の顔が見える。

(え──)

その顔は陽菜がよく知っている顔だった。

「嘘、でしょ……茉希ちゃん!?なんで茉希ちゃんがここに?」

陽菜が知っている茉希の姿は4歳くらいの姿であるが、陽菜はそれを茉希だと理解できていた。

茉希との思い出が頭を駆け巡る。

「茉希ちゃん!死んでなかったんだね……よかった!寂しかったよ!」

陽菜は涙ぐみながら茉希を抱きしめる。

「あの、わたしたちと同じ部屋でもいいですか?」

「ああ。その前にまず服だ。」

オーナーが服を持ってきた。子供サイズの服上下が3つ、同じデザインのもの。

「ぴったりじゃないか。色々なサイズ用意しておいてよかった。」

オーナーはその場を離れ、茉希は2人しかいない場所で着替えた。

「茉希ちゃん……だよね?茉希ちゃんはここに来る前に何してたの?大丈夫?」

「迷子になっちゃった……どこにも行くところが無いよ……頭が痛い……」

茉希はしんどそうにしている。

「茉希ちゃん!」

陽菜は茉希をぎゅっと抱きしめた。

(まさか茉希ちゃんも禁足域に巻き込まれてたなんて……)

するとカズミが玄関近くに降りてきた。どうやら陽菜と同じく誰か入ってきたのが気になり、陽菜と茉希の一連の流れを見守っていたようだ。


「ん、その子は誰?何があったの?」

何があったの?と、部屋に戻ってきた陽菜、茉希、カズミにユミが尋ねる。

「迷子……」

茉希が悲しそうな表情で俯き、答える。

「名前は?」

委員長のカズミが聞くが、

「………………」

茉希は名前を答えたがらなかった。陽菜は茉希の答えたがらない理由を知ってか知らずか、答えたがらないのだと察して茉希の紹介をしなかった。

「それでここの部屋を使うってこと?いいんじゃない。1人じゃ寂しいのね。流石に出て行けとは言えないわ。」

ユミがそう答えた。

「かわいいね……」

カズミが頭を撫でる。

「えへへ……」

茉希は照れくさそうに、嬉しそうに笑っている。

(茉希ちゃんが心を開いてる?わたしや星乃家のみんなでさえ心を開くのには苦労したのに……)

星乃家で過ごしていた時、茉希は家族や陽菜に心を開かなかった。しかしそれでも陽菜は諦めず茉希に接し続けた。

コミュニケーションの甲斐あってか、茉希は心を開いた。しかし心を開いてからすぐ茉希は行方不明になった。

そんな茉希と久しぶりに会った。陽菜は茉希が生きていたことがとても嬉しかった。

「もういいよね……いっぱい甘えちゃう!」

茉希はユミとカズミに甘え始めた。陽菜がこっちにおいでと言うと、陽菜にも甘えた。

「にへへ〜」

陽菜は茉希とぬいぐるみを一緒に抱きしめ、ぼけーっと幸せそうな表情になっている。

「ねえ、いま何年の何月何日?」

そう聞いたのは、茉希だった。

「ふふっ、年まで聞くの?1997年の7月27日だよ。」

ユミが茉希の質問に答えた。

(1997年か……わたしと茉希ちゃんが来たのはその年代……禁足域に巻き込まれた茉希ちゃんをわたしが早く見つけていれば、茉希ちゃんは雨に打たれずに済んだ……過去の記憶のようなものらしいけど五感は働いてる感じがするから茉希ちゃんはマジで風邪ひいたかも。ごめん茉希ちゃん……)


そして、その日の夜。そろそろ寝る時間。

陽菜は茉希とぬいぐるみを抱きしめながら幸せそうな表情ですやすやと寝ている。

「ッ!いたい……いたい……あ、ああああ

ああああ!!!」

茉希が頭を抱えて苦しみ始めた。しかし他は誰も起きていない。

「……死んじゃうんだ。誰が……誰が生きるの……」

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