1話 又郎とレレ子

 俺こと鳴川又郎とレレ子の出会いについて語りたいと思う。彼女について俺が知っていることは貧しく、不透明な部分も多い。決して面白い話にならないかもしれないがご容赦していただきたい。

 レレ子と知り合ったのは俺が劇団「ふくわらい」に入って二年目のことであった。

その頃、座長の大石と相性が悪く、演技の方向性で度々衝突していた俺はほとんどセリフのない役ばかりをやらされていた。

「お前の演技は独りよがりで周りへの配慮を欠いている。演劇とは皆で協力して作り上げるものだ。舞台の上でマスターベーションをしているような奴の演技では観客は感動しないぞ」

 協調性を身に付けろと、横柄な態度で大石は俺に言った。

 大石の言っていることには一理ある。目立ちたい一心で周りが見えていない自覚はあった。同期からも「お前は先走り過ぎている」とよく言われていた。内心でもその通りだとは考えていなかったわけではないし、舞台に上がらせてもらえるだけまだ温情をかけられていることにも気づいていた。

だが、大石よ。お前はどうなのだ?

お前の考える身内の人間だけ面白いというような内容の脚本と、お前が趣味趣向だけで選んだ人間しか良い役を貰えない舞台が演劇と呼べるのか?

あんなものは俺の中では演劇とは呼べない。独善的で見てくれが良いだけの人形遊戯だ。

 演劇とは舞台という世界の中で役を与えられた人間たちが自我をむき出しにしてぶつかり合う熱いものであるという考えから俺はこの劇団で役者をしてきたのである。決して人形遊びに付き合うために入ったのではない。

俺は大石を問いただすことを決起し、納得がいく決着を目指してこの身一つで抗議を続けることを決めたのである。セリフのある役を貰えないことに対する私怨などでは断じてない。

しかし勝手に奮い立っている俺の姿勢とは裏腹に他の団員の心境に変化を及ぼすようなことはまるでなかった。

それもそのはず、「ふくわらい」の団員のほとんどは座長である大石の人脈によって集められた人間ばかりであった。当然ながら殆どの団員たちは大石に心酔していたため俺の声が耳に届くわけもなく、逆に輪を乱す厄介者という扱いを受ける始末であった。俺が燃え盛る革命の炎と思っていたものは、他人からしてみれば遠くで燃える線香花火でしかなかったのである。

革命に失敗した俺は劇団での居場所を失い、ただ孤立と確執を深めただけの愚かな道化となり果てたのだ。

そんなときであった。ある日、大学の友人から俺が劇団を改革しようとしたことを聞いて劇団に入ったという女がいることを聞いた。

最初は孤立している俺への冷やかしだろうと最初は思った。なにせ、セリフも何もない舞台の脇で目立てない俺の何を見て加入を決めたなんて話を信じられるわけがない。

「そんな人間が存在するなら目の前に連れて来い」と、俺は同期に言った。

するとその翌日、その友人は本当に連れてきたのである。

その妙な女である令和坂麗子——レレ子はおそらく俺が演劇に求める理想像を体現したような人間で、演技が抜群に上手かった。

 先にも述べたが、レレ子という人間を語ることは並みの人間には難しい。

 歳は二十二、俺の大学の後輩であり泡美市内にある神社近辺のマンションに住んでいる。感情の浮き沈みが激しく、物憂げな表情でぼぉっと虚空を眺めている日もあれば、裏返ったようにゲラゲラと笑う日もあって何かとせわしない。本人は正直ものを自称しているが、よく意味のない嘘をついて俺や周囲の人間を困惑させる。

 慌ただしく走り、泥のように眠り、安い蕎麦ばかりを好んで食べ、脈絡もなく池に飛び込む。己の道を進み、かつ他人に己の道を譲ることはないというレレ子の姿勢は決して少なくない反感を買いながらも舞台の上での仕事ぶりで全て帳消しにしてしまうため、結果的に劇団内で孤立するようなことはなかったようである。

 これだけのことを並べていると、レレ子という人間がはた迷惑なだけの人間に見えてしまう。(間違ってはいない)だが、彼女がどんな奇行を見せようと、周囲の人間——特に劇団の人間は彼女を恐れたり、邪険に扱ったりはしない。むしろ奇行を繰り返す彼女の人間性こそが彼女の演技力に繋がっているのではないかと大石やその他彼の取り巻きどもは賞賛する始末である。

 大石たちと同じになのは癪に障るが、レレ子の持つ掴みどころのない言動が演技に反映されているというのは俺も同意見だった。

 ただ、そのことをレレ子本人に言うことはない。決して照れ隠しなどではなく、彼女が他人に理解されることを極端に嫌う女でもあるのが理由である。

「他人に私のことを理解ったような口ぶりで言われるの、凄い腹が立つんですよね」

 何かの拍子にレレ子が俺に言った言葉である。

「私ですらちゃんと理解できていないことを勝手に定義づけされて語られるのって、なんというか『お前はこういう人間だ』って言われてる気がして嫌なんですよ。又郎くんもそう思いません?」

 柔和なまなざしを向けながら同意を得ようとレレ子は俺を見た。

 自分が理解されることは嫌いと言いながら、自分の考えには共感してほしいという矛盾した問いかけに俺は感じた。

 その時なんと答えたのか俺は思い出せない。おそらくあっけらかんとした中身の無い返事をしたのだろうが、俺の言った言葉ににこやかにしながら何か見透かしたような視線を送るレレ子を、俺は忘れることが出来なかった。

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