〈酒場にて〉Ⅳ

 でたらめな建築物の隙間を、砂と朝日が駆けていく。砂埃舞う石畳に、濃紺の夜を裂いて、網目のように太陽が道をつくっていく。…砂漠の街に、ひたひたと乾いた朝が満ちていく。

 市場が活発化するのと同時に、いくつかの傾いた建物が店じまいする時間帯だった。血液のように、人々が入れ替わる。

 流砂のように絶え間ない人通りの中で、ぽつんとひとつ、火の消えた紅い房飾りのついた黒いランタンの下に、人影が立ち尽くしていた。

 体つきは少年のように見える。砂色の厚手の布をかぶって、蝶のようなリボン飾りのついた紐を胸元で結びあわせていた。真珠の光沢をもつプラチナ・ブロンドの巻き毛が、深く垂らしたフードのへりからのぞいている。

 そのランタンの下がった酒場の戸口が開き、栗色の髪を結い上げた女が顔を出した。ちらりと辺りを見渡して、少年の姿に気がつくと、まだいる、というような顔をして、ため息をついて口を開いた。

「ねえあんた、もう夜は終わりさ」

 女が声をかけると、砂色のフードの下から、ちらりと目が覗いた。青みがかった白目に、瞳孔の小さな緑の瞳がぎらつく、美しくおそろしい目だった。女は一瞬息を呑む。

「……宿があるなら帰りな。ないにしても、ここにそうやって居座られちゃこっちだって困るのさ。誰か探してんのかい? ユィルマズなら、もうだいぶ前に自分のねぐらに戻ってるよ」

 女がそう告げると、彼はゆっくりとまばたきをした。少年の目がばちりと瞬いた瞬間、火花が散った気がした。燃ゆる銅に似た、あざやかなエメラルド・グリーン。

 一呼吸、間があった、女は息を殺して、少年の目を見ていた。少年は身じろぎもせず、その目を見返しているかと思われたが、不意に氷が融けたようにすっと首を動かし、通りを見渡した。女はまだ、息を止めている。

 少年は黙って踵を返した。その背を見送った女は、ふとその足元に目を留めた。踵が高い深緑のブーツの、絞った足首や尖ったトゥが、こんな砂漠の土地には不釣合いに良い品だった。

 女は、自分が深く息を吐きだしたことに気がついた。……手には、わずかに汗がにじんでいた。

 美しい緑の目。ぞっとするような、刃物のように鋭く、つめたい瞳。

 少年のみえない痕跡が、冷え切った夜の気配と共に、酒場の入口にゆらりと残っているような気がした。





「そういえば『神の子』に逢いたいっていうのはどうなったの?」

 揺らめく火が、ゼン・タチアライの頬を舐める。

 酒場は今日もそれなりに賑わっていて、猥雑で、向かい合う青年二人の声は喧騒にまぎれる。

 切れ長の瞳を瞬かせ、彼は薄い唇をひらいた。

「………………そういえば」

「いや、そういえばじゃなくて。ねえもしかして忘れてた」

「いや、そんなことはない」

「忘れてたよね。まあいいや、忘れてしまえる程度なら、別に逢わなくていいんじゃないの」

 決闘目的じゃないんでしょ? とユィルマズは杯を傾ける。ゼンも微かに目を細めたまま、「……まあな」と、ここへ来てから連日頼んでいる酒を呷った。

 謎の東洋人がこの酒場にあらわれてから七日。もともと旅人の多い地域であり、それがどんな奇妙な風体をしていても結局は溶け込ませてしまう、流動的で生物的な街のなかで、ゼンは既に雑然と街を行きかう血液の一滴にすぎなかった。奇妙なキモノをきた、長い長い黒髪の、血液。人の流れ。生きている、流れ。

 ユィルマズは杯をふり、濁ったガラスの内部で金色の液体が踊るのを見つめて問う。

「なんで、あれに逢いたいなんて言い出したの?」

 ユィルマズや他の人間が”あれ”と呼ぶ存在――『神の子』に、この東洋人は逢いたいと、最初のうちは言っていたのだ。

 『神の子』の素性は誰も知らなかった。この地帯がまだ今よりも混沌に満ち溢れていた頃、ふらりと姿を現し、いくつかの勢力図を瞬く間に均してしまい、ただひとり頂点に立ったという信じがたいような噂が、神話のようにまことしやかに語られている。それ以前にどうしていたのか、どこからきたのか、知る者はいない。名乗った名から推測して、西の地域からの奇体な旅人であるともいわれるが、真相は不明だ。

 単純な強さのアイコンである彼を倒し、いわば武勲をあげたいと願う男は、最初のうちはもちろん山ほどいた。引きも切らず押し寄せる挑戦者たちで、元から流動的なこの町の人口が一時期大幅に膨れ上がったほどだった。

 ゼンは少し思案気な眼差しをしてから、口を開いた。

「探している人がいるんだ」

「それはまた。あては?」

「ない」

「どのくらいないの?」

「夏に降る雪のひとひらほども」

 ユィルマズは片眉をあげて舌を鳴らした。「砂漠で十年前の足跡を探すようなもんだね」

 ゼンは顔色一つ変えずに酒を啜った。「そうかもな」残り少なくなった酒を見つめ、無言で懐から銅貨を出す。なかなかの酒飲みであるらしい東洋人の、赤みひとつささない黄色っぽい横顔を見つめながら、ユィルマズは低く続けた。

「本気?」

 ゼンは黙って酒を飲み干した。

 真実の意味で”あてもなく”人を探すことの狂気、愚かさを、ゼンは知らないはずではない。

 ボタンひとつで世界中とつながれた時代は今は遠い戦禍の彼方だ。失われた叡知はもう戻らない。戻すに足る需要もなかった。人が減りすぎたのだ、と、かつてを知るものは言った。

 今や空を飛ぶ鉄の翼は伝説に立ち返りつつある。いくつかの大陸を結ぶ連絡船も不定期で、無事にたどり着けるかも定かではない。陸路も、ほとんどを砂漠か、死の灰が降った汚染地域を、自分の脚で抜けていかなくてはならない。国境ひとつ越えるのも命がけだった。文明的な通信手段が完全に断絶している地域も多い。世界が球体だということすら知らずに人生を終える者も多いだろう。女であれば、あるいは生まれ育った土地を出ることなく。

 その大きさを知覚するには、世界はあまりにも広く、人間はちっぽけだ。ある砂漠を、幾つもの昼、幾つもの夜を、血を吐き、倒れ伏すほど歩いても、それが本物の――真実の地球の上ではたしてどれほどのものになるのだろうか。安価で手に入る一地域の地図も、娯楽以外に使いようのない古い世界地図も、ほんとうの世界の広さをあらわすことはけしてできない。

 世界は無数のものでできている。

 海も、地も、砂も、途方もない。

 途方もないのだ。

 ゼンは瞑目し、無限に広がり始める虚無を追いだす。……あてどもない旅をしているのに、あてどもないことを考える余裕はないのだ。追加の酒を注文するついでに、ユィルマズに声をかける。

「お前は逢ったことがあるのか?」

 ユィルマズは一瞬丸い目をゼンに固定して首を傾けたが、すぐに”神の子”の話だと気づくと、視線をちらりと横に外して、少し考えるようなそぶりを見せてから、首を振った。

「見たことがある」

 ほう、とゼンは少しだけ瞠目した。「一度だけ」ユィルマズは目を伏せて指を鳴らす。手慰みに、というように、調子を取りながら、その小さな乾いた音は続く。

「このあたりにいるのか?」

「棲み処はこの地域の端にある廃墟。誰も近づかないから、よくわかんないけど……」

 ぱちり、高く鳴らした指を、何かを紡ぐように踊らせ、吐息と共にいくつかの単語をはきだす。

 星と花と……この世の美しいものすべてを……したがえる人……金無垢の……、フレーズが歌のようにつづく。ゼンは首を傾げて「なんだそれは。天使か」

「神の子」

 ユィルマズは目を閉じて、深く深く息を吐く。子守歌を聴いたように。

 抽象的に過ぎる、まるで詩のような言葉に眉をひそめたゼンは、「具体的に、どういう奴なんだ」と無粋に情報を請求する。ユィルマズは片目をちらりと開け、そのあざやかなターコイズ・ブルーが、ふらりと過去の記憶をたぐり始めた。




 眠れない晩などないはずだったが、眠らない晩はあった。

 鉄の蔓のなかで揺れる火は、昼の無慈悲な太陽よりもずっと頼りなくやわらかく、好ましく思える。飛び散る火の粉の熱量にそんなものは錯覚だと知るのだが、ユィルマズはかすかにちらつく街燈をひとつひとつ数えながら、冷え切った夜のとばりが降りた街を歩いていた。最も酒場や決闘場が盛り上がる時刻は既に過ぎて、完璧なる夜の支配下におかれていた。……太陽はあと少しで昇るが、まだ昏い地平線に光は見えない。そんな頃合いだった。

 大通りが途切れるところまでくると、石畳で舗装されていた道は砂に埋もれ、その先の道なき白い砂漠へ消える。いつしか建物もまばらになり、自分が街から出ようとしているということに気がついた。

 夜空を見上げ、瞬く紅や菫色の星と澄み切った無音の空気から砂嵐もしばらく来ないと判断し、町の明かりが見えるところまでなら問題ないだろう、と、まだ砂の下に地面を感じられる砂漠に一歩踏み出した。砂地が深くなっている場所に這入り込んでしまうと、砂に足を噛まれて抜け出せなくなる。慎重に進まなければならなかった。

 夜の砂漠は、白い海より涯てがなく見える。息づく者のいない、鉱石じみた永遠。

 昔、水晶のなかに、砂漠のようにインクルージョンが閉じ込められたものを見たことがある。その中に、夢で立っているように、はっきりと知覚できることはなにひとつなかった。頬をすべる風は冷たくて、なびく紗がその薄色のむこうに夜と月を透かしていた。靴の下で砂が崩れる。かすかに鳴る音は星のささやきよりほのかで悲しかった。

 静寂の音という概念がある国が、ずっと東にあるらしい。

 視界に広がる、定形のない白だけがかたちづくるまぼろしの丘陵、窪地、そこにたまる夜……。

 かつてみた冬の湿地、あるいは北の氷河、あるいは……無数に雪崩れる、白い布。あるいは、……剥がれ落ちた羽根のような石膏におおわれた廃墟。

 ふと、風のような音が聴こえた気がした。

 ユィルマズは顔をあげ、息をひそめて虚空に耳を澄ます。砂嵐の前兆だとしたら、すぐに引き返そうと思っていた。振り返ると、まだかすかに、ランタンの火の群れが見える。

 しかし空気の震えや、砂のぶつかる音はしない。ではこれはなんだ。この、静寂の音のように、美しく澄みきった響きは。ユィルマズはあたりを見渡す。

 楽器? 隊商か旅人が、音楽を奏でているのか? つめたい夜の空気は、きよらかな旋律をきわめてやさしく、かき消さないように、細心の注意を払って届けているようにすら思える。

 あれは声だ。

 気づいた瞬間、衝撃で動けなくなった。

 ラ・ヴィ・アン・オール、金色の人生、という、あえかな響きが、耳に届いたのだ。

 まるで楽器のように澄んで美しく、薔薇のように複雑な声が、螺旋を織りなしてくるくると天へのぼって消えていく。

 それは娼婦のうたう歌だった。吐息混じりの甘ったるいフランス語が、まるで祝福の歌に聴こえた。その余韻が朝靄のようにただよって、あたりの空気に溶けていく。

 唖然と立ち止まっていたユィルマズは、我に返り、その声の主を確かめられないかと、より耳を澄ませた。もう少し街から離れた方角から聞こえてくるような気がして、一応火が見える距離までにしておこうと理性に言い聞かせながらも、押し殺した衝動がそれでもなお彼を動かした。

 数分も歩かなかったに違いない。

 一段と高くなった白い丘に、輝くものがみえた。

 それは光が凝ったような、美しい金色だった。かすかに夜の青と砂の白が踊る、まばゆい流れ。水面のように、波のように、やさしくたなびく、金色……。

 不意に風が吹く。命をなぜる、夜の手。青と白に支配された世界を、黄金が舞う。

 それが人間の髪であるということをユィルマズが確信したのは、真っ白な服の裾を翻し、こちらを振り返った、そのかんばせを見たからだった。

 一対の、淡く細められた黄金の瞳は、確かに彼をとらえていた。月の光のように白く、不吉なほどに美しいその面ざしには、無垢そのものの微笑みが浮かんでいた。

 足元まで届く、黄金の髪。人間とは思えない美貌。

 神の子。

 噂に聞く容貌と違わない、いやそれ以上に、現実味のないすがただった。白い百合の花弁に似た、幾重にもかさなるヴェールのような、ふしぎな外套。物語の挿絵のように、枝垂れた黄金の花の群れのような、純粋そのものの、金色の髪……。

 その瞳が、やさしく、――天使のようにやさしく、彼を見て、そしてその唇が、動く……。


「……――――…」


 その瞬間、ひとつの風がすべてをさらった。

 無数の針のようにつめたく濃密な夜を切り裂く、砂漠の風―――白と青が吹き上げられユィルマズの視界を襲い、まとった布が身体に絡みつく。咄嗟に窒息しないように口を押さえ、目も閉じる。

 数秒も立たず、風は奔り去ったようだった。砂嵐でなくてよかった、と薄眼をあけ、そこで思わず身を硬くした。

 いない。

 先ほどまで立っていた丘陵の上から、”神の子”のすがたが、忽然と消え失せ、皓々とした月と星の光が降り注ぐ夜が広がっているばかりであった。

 風にさらわれたのか? いや、そんなことが―――。

 咄嗟に丘を駆け上がり、白砂を散らしてその頂に立つ。見渡す砂の海には、人影ひとつ見えなかった。あの金色も、なにひとつ。

 ユィルマズは茫然と、その白い砂の丘に立ち尽くして、朝日が彼の瞳を射るまで、ただ白い地平線を見つめていた。





「夜の砂漠で、歌をうたっていた……?」

 面妖な男だな、とゼンは首を傾げる。何もかも面妖な男だったよ、今でも悪夢みたいに思える、とユィルマズは背もたれに身を預けて頭を振った。

「奴さん、あんまり普段は出歩かないんだけど、ときどき、ふらっとどこかしらに現れるんだよね。

 ……棲み処自体は、この酒場から一本東の通りに出て、そこをひたすら北に真っすぐ、砂漠が見えてくるまでずっと歩いた先。たとえば今から向かうなら、夜が明ける頃まで、ずっと歩いていると、東側に――…奇妙なものが見えてくるんだけど」

「奇妙なもの?」

「本当に奇妙だよ。見ればわかる」

 指先で花が開くようなジェスチャをして、ユィルマズは「なんていうか、人知を超えたっていうかね……」と、もはや何か諦めたように呟いた。

 人知を超えた、とゼンは口の中で繰り返す。頭上で、ランプの火が、ぱちりと金色の火の粉を散らした。思案げなその表情に、ユィルマズは何か含むところのありそうな――しかしそれが何かは悟らせない――ターコイズ・ブルーで見つめている。

「逢いに行って問題はないだろうか」

「さあ。逢いたきゃ行けば? 俺は行かないけど」

 ゼンは思わず向かいの男の顔を見た。ここへ来てから一週間、どこへ行くにしても奇妙に甲斐甲斐しく世話を焼いてきたおせっかいともいえるこの男が、ひどく冷淡ともいえる反応だ。

 ユィルマズはゼンの顔を見ずに、テーブルに視線を落としている。長い指が、卓上に施された精緻なモザイクタイルの細工模様をたどっていた。低く唱える。

「上には挑まない主義なの。挑みもしないし、…近づくこともしない」

 かすかにくれた一瞥は、賢い獣にも似た瞳の鋭さで以てゼンを射抜く。

 あの邂逅の瞬間の、五感の記憶を呼び起こそうとするように、ユィルマズは身を緊張させて続けた。

「正直、感覚だけじゃあれがどこまで"やばい"のかはわからない。ただの人間なはずだし、あの夜みた姿は、たしかに髪はとても長くて、夢みたいに美しかったけど、神のように強くは見えなかった」

 むしろ、美しいだけの、それだけの生きもののようにすら見えた。

 視線を合わさず、低い声で語るユィルマズは、何か彼の裡に巣食う本能的な感覚をどうにか言語化しようと努力しているようだった。多少もどかしげに唇を噛む。

「……だから、まったく、その力量がわからない。なんであれが強いのか、なんであれがここにいるのか、何もわからない」

 急いたように、長い筋張った指で、タイルを叩いた。モザイクの六芒星の中央に硬い爪が当たる。腕をおおっていた布がまくれ、浅黒い肌に這う刺青が覗く。首元の麻布を唇をかくすように引っぱり上げながら、ユィルマズは早口で続けた。

「何もわからないから、俺は絶対に手を出さない。

 だって今、ここは、”平和”なんだから。力のカースト制度が三角形の土台をつくってて、俺たちはそれに身を預けてる。西部の自警団や、行政の目も、あの金色の生きものがいるかぎり、ここに手を出そうとはしない。

 何もわからないけれど、あれがいるかぎり、ここは平和だ。俺は均衡を崩そうとは思わない。たとえそれがどんなに未知の怖ろしいものによって成り立っている均衡だとしても」

 そこまで言うと、ユィルマズはゼンに視線をやった。つややかなターコイズ・ブルーの表面には、均衡を崩そうとする存在への批難が含まれているようにも見えた。

 ゼンは、その目を、切れ長の瞳でぎらりと正面から見返す。

 あざやかな宝石と、うつくしい黒炭が交錯する。

 ややあって、急に、ゼンが立ち上がった。ひるがえる長い黒髪がランプの光に鈍く輝く。もう視線はユィルマズを見ていない。戸口を――まだ夜がその向こうに透ける、稚雑な扉の外を見据えている。

「”あてもない”旅のなかで、”あて”が見つかるかもしれないんだ。俺は絶対に行く」

 銅貨を指先で音高くテーブルに置き、ゼンが外套を翻して大太刀を手に取る。背に手早く結わえ付けたあとに、振り返らず「情報、感謝する」とだけ言うと、店を出て行った。

「ちょっと、あいつ、ほんとに『神の子』に逢いに行くの?」

 女がカウンターから身を乗り出して慌てたようにユィルマズに問いかけた。途中から聞いていたらしい。残り少ない酒を飲み干しながら、ユィルマズは「そうみたいだけど」と返す。

「戦いにいくわけじゃないんだから、問題ないでしょ」

「そうかもしれないけど……」

 女は不安そうに戸口の方を見つめている。ゼンが出ていくときに閉めた板切れでしかない扉はまだ揺れている。…店内の客らも、ざわつきながらその揺れる扉を見つめている。蝶番の音を響かせて、まだ名残惜しげに扉は揺れている。その向こうに広がる夜の闇が、その動きに合わせて、酒場の入口でちらついている。

 不意にユィルマズも立ち上がった。女が驚いて息を呑む中、彼は手早く衣擦れの音を響かせて身支度を整える。「ねえ、ちょっと」女が慌てて声をかけるが、ユィルマズは答えず、金貨をモザイクタイルの上に置き、店を出た。

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